もし誰も信じてくれないなら自分が自分自身を信じるだけ
プロローグ
こんにちは。サチアレネコです。
このnoteでは、心穏やかに生きるためのエッセイを書いています。
人は自分をどういう風にも考えることができる
「自分を信じる」「自分を信頼」すると書かいて『自信』です。
人は自分をどのような風にも考えることができます。
なのになぜか自分をけなしたり、自分を傷つけるような言葉を自分に投げかけます。ひどくなるとそれが習慣になって自分でも自分を傷つけていることに気づいていません。
僕はこれまで沢山の自己啓発や専門書、成功哲学書を読み漁り、多くの偉人と呼ばれる人たちの言っている言葉を熱心に研究してきました。それほど大層なものでもないです。忘れていることもたくさんあります。
偉人たちの共通点
けれど沢山このような情報に触れているとふと共通点に気づくことがあります。人に「どうやったらあなたみたいになれるのですか?」と質問されると、偉人たちが揃って口にするのは「自分を信じることだよ」と言います。
いやいやそれは成功したから言えるんだよ…と漫才のように突っ込みたくなります。しかしどうやら、その偉人たちのこれまでのプロセスを追ってみると、自分の手に入れたい願望を叶えるずっと前からそのことを言っていることが多いです。
方法は人それぞれで自分が決めるしか方法はないが…
私たちはうまくいっている人に話しを聞く時、具体的な方法が知りたくなります。しかし結局は"自分が自分のことを信じれているか"につきるのではないかと思うのです。
冒頭で言ったように、私たちは自分をどういう風にも考えることができるはずです。「自分は価値のない人間だ」と考えることもできれば「自分は何でも成し遂げることができる人間だ」と考えることもできるはずなのです。それに気づくと、何のために自分を否定しているんだとバカバカしくはなりませんか?
「みんな自分のことを信じてくれない...」
「みんな頼ってくれない...」
「みんなにバカにされる...」
それでいいんです。
誰も自分を信じないなら、自分だけが自分を信じればいいんです。
実体験から思うこと
僕はこれまでの人生すべて思ったことが実現してきました。当然です。それはいいことも悪いこともです。自己否定ばかりしていた時は散々な現実ばかりでした。
否定的なことを頭で考えたり口にしていると、行動まで自分を傷つけるような行動をします。そうなった頃はもう自分では気づいていません。ここまできてしまったならまず休んでください。正常に物事を判断できる状態ではないです。
どんな散々な目にあったのか(全て自分のせいだが…)、どう休めばいいのかは他の記事にも書いていますしこれからもしつこく書くつもりですのでこの記事では詳細は話しません。
自分が自分の味方をするのは当然のこと
とにかく自分を信頼しましょう。自分を頼りましょう。自分との約束を守りましょう。何が起きても自己否定はしないと決めましょう。
「自信」とは自分を信頼する、自分を信じる、自分を好きになる、自分を愛することと同義です。
僕はそんなことに気づきを得ながら、今日も夕飯は何にしようかと考え中です。
今日はオムライスにします。
エピローグ
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