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【乗車記】日光への登り道[2022.3 きりふり③]


言わずと知れた観光地、栃木市にある新栃木の駅を発車したきりふりは、日光へ向けて登り坂をひた走ることになる。
今までの車窓、つまり田畑や人工物が連続的に見えていた風景とは打って変わって、家々が点在するようになり、遠くに見えていたはずの山々も、すでに眼前に迫ってきているのがはっきりと分かるようになる。

そのような景色が続くと、また新たな街へ出てくる。鹿沼かぬま市街である。
イチゴで有名な鹿沼市だが、そのほかにも東武日光線の新鹿沼とJR日光線の鹿沼との間にはかなりの距離があることでも有名だ。一部界隈だけの話題ではあるが。
それはともかく、同じ鹿沼市といえども、新鹿沼で降りるか鹿沼で降りるかによって、魅せてくれる風土が異なるのではないだろうか。また、個人的な「鹿沼市のイメージ」が、違う醸成の仕方を見せるのではないか。小難しい話になってしまったが、つまりは「一粒で二度おいしい」のかもしれない。

魅力に富んだ新鹿沼ではあるが、ホームに降り立ったのはほんの数人のみで、当然私も降りてはいない。近くに観光地として絶大な知名度を誇る日光市があるから、大半どころか大勢は素通りをしてしまうと推測する。その点が鹿沼市としては一番惜しいところであるし、悔しいところだろう。
付け加えておくと、今回は列車に乗るのを主目的にしている人がいる、というのも降りない理由の一つとして存在し得る。

新鹿沼を出ると、山登りもいよいよ本番になる。
座している身でも分かるほどの勾配であり、床下から聞こえるモーターの音も、唸りをあげ続けながら必死に登っているのが身に沁みて感じられる。雨の日や落葉が見られる季節は、非常に気を使って運転をしなければならない区間だと察せられる。

まだ山登りの最中ではあるが、いったん小休止を挟む。鬼怒川方面との乗換駅である下今市しもいまいちだ。
私がいる号車の3割ほどの乗客はそちらへ行くみたいで、向かいに停まっている列車に乗り換えをしているのが窓越しに見える。
小休止も束の間、すぐさま日光への登竜門を駆け上がり始める。

「日光と言われて思いつくものは何か」という質問を受けたら、様々な答えが返ってくるだろうが、その中の一つとして回答できるのが「杉並木」である。
その杉並木は日光への街道沿いに植えられているもので、東武線も上今市付近でそれに沿う区間がある。そのあたりに差し掛かると、東武日光に着く旨の放送が流れ始め、車内では荷物をまとめ始める様々な音が聞こえてくるのだ。
列車の速度も、東武日光手前の急カーブに向けて低速になり、いかにも終点だという雰囲気を醸し出してくれる。

そして、きりふり281号は無事に東武日光に到着した。
ホームには、浅草と同様にかなり多くの鉄道ファンが待ち構えており、列車のドアが開くやいなや、乗客だった人々とホームにいた人々が交錯しあい、雑踏と呼ぶにふさわしい状況が形成されている。
これではゆっくり写真を撮るのは不可能だと判断して、足早に改札を通る。

折り返しの浅草行きが出るのは1時間ちょっと先のことである。
せっかくだから奥日光方面へ足をのばしたい、せめて東照宮・輪王寺へ参りたいと思ったところで、1時間しか余裕はない。
そのような観光欲を上手に拭い去るのが「乗り鉄」には必要である。それを昇華させて、その欲さえ生み出させないのが「真の乗り鉄」といえよう。
私はまだまだ修行が足りないのである。猛省するばかりだ。

しかし、駅周辺も観光要素がかなり充実している。さすがは絶大な支持を得る観光地だと感服せざるを得ない。観光客のツボを突いてくるという表現が適切だろうか。

日光といえば、修学旅行で”行かされる”場所かもしれない。
私自身もそうであったし、昔から他人の計画で旅行を執り行うのが芳しくないと感じていた身にとっては、第一にネガティブな考えが想起される場所であった。もちろん、日光が悪いのではない。このことはしっかりと申し上げねばならない。
ただ、自分の足で日光を訪ねてみると、そのような想いが一掃されるほどの衝撃を受けることになる。小学生の時よりかは精神的な成熟をしていると思われるから、そのせいもあるはずだ。
しかし、それよりも自分の趣向で旅行の計画を立てているから、そのような衝撃が生まれるのではないか。

旅というのは、自分の嗜好がもろに出る。つまり、各人によりけり、千差万別の世界なのだ。
自らの好みを旅に反映させ、それを共有する。その共有物を見ることで、我々は新たな旅行観を発見して、会得していく。
旅というのは、勉強の連続である可能性を秘めているのだ。それを活かすのは自分次第である。私もそのような境地に至れれば良いのだが。


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