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水素燃料でレースをする時代を考察する! ドイツ発のHYRAZE Leagueとは何か?

こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
本記事では先月コンセプトが発表された新しいモータースポーツ "Hyraze League (ハイレイズリーグ)"についてまとめます。

変わった名前ですが、HYRAZEという言葉は、HYDROGEN (ハイドロジェン=水素)とRACING (レーシング)、ZERO EMISSION (ゼロエミッション)を組み合わせた造語です。

またご存知の方も多いかもしれませんが、一般的な自動車の燃料であるガソリンを燃やすと二酸化炭素(CO2)や窒素酸化物(NOx)が発生し、地球環境に良くありません。その一方で、水素は酸素 (空気)と反応すると水(H2O)が生成されるので、環境に優しくゼロエミッションな燃料になります。

(1) Hyraze Leagueとは?

ドイツ自動車産業が新しく立ち上げようとしている燃料電池車(FCV)を用いたレースシリーズです。2023年の創設を予定しており実現すれば、「水素を動力源とした世界初のレーシングシリーズ」になります[1]。
8月18日にドイツ・シュツットガルトで大規模なオンライン・プレスカンファレンスを開催されました。参考に2分ほどのハイライト動画です (ドイツ語)。


2021-22年に車両開発が行われ、2023年にドイツ国内でチャンピオンシップを開催、2025年に世界選手権への発展を見込んでいます。
協賛企業には車両開発を行うHWA (メルセデス系のレースエンジニアリング会社)を筆頭に、Dekra(車両検査機器/セーフティ)、シェフラー(パワートレイン、電装系)、ADAC(ドイツのJAFに相当)、DMSB(ドイツ・モータースポーツ連盟/セーフティ) が参加しており、ドイツ自動車業界が本気で取り組む姿勢を見せています。

また、eスポーツを世界的に統括するWESA(ワールドeスポーツ・アソシエイション)とも協力することで、「チームはリアルとバーチャルで、それぞれドライバーを走らせて、2人の結果をチャンピオンシップのポイントに組み込む」という新しい試みも組み込まれます。

(2) Hyraze Leagueのレース車両

競技に用いる車両は燃料電池車です。車載タンクに搭載する水素を空気中の酸素と反応させて発電し、その電気でモーターを駆動して走ります。各輪にモータを搭載する車両の最高出力は800馬力以上を想定。これは電気自動車のF1と呼ばれるFormula Eの最高出力(第2世代, 250kW = 約340馬力[2])を大きく上回ります。 トップスピードは250km/h以上で、0-100km/h加速を3秒以下でクリアする高性能レーシングカーです。

Hyraze Leagueの車両には上記に加えて他のレース車両と異なる特徴が2つあります。

1つは、レース車両開発の重要項目であるダウンフォース量が大幅に制限されることです。これはコース上での追い抜きを助長すること、また制動距離 (ブレーキで車が減速、停止するまでの距離) を長くすることで、制動エネルギーを出来るだけ回生して再利用するという目的があります。レーシングカーの目標はラップタイム短縮です。そして、一般的には制動距離が短い方がラップタイム短縮には有利です。Hyraze Leagueの考える意図的なダウンフォース不足により、制動距離を長くするというコンセプトはコペルニクス的転回であり、とても興味深いです。

2つ目は、トルクベクタリング制御が採用されることです。
トルクベクタリング制御の紹介動画のリンクを貼ります。イメージはコーナリング中に各車輪に同じトルクをかけるのではなく、コーナ進入→旋回→脱出のそれぞれの段階で前後左右の車輪のトルクを最適に電子制御することで、ドライバが意図した走行ラインを達成できるようにアシストします。

実はトルクベクタリング制御は量産車両で既に採用されているため、モータースポーツが量産車を追従している感は拭えません。しかし、量産開発では様々な電子制御技術が開発されている関わらず、近年のモータースポーツではヒューマンスポーツとして運転をアシストする電子制御は敬遠されてきた経緯があります。
プレスカンファレンスでも説明されていますが、Hyraze Leagueは量産車との技術リンクを意識しており、“走る実験室”としての役割を取り戻そうとしています。

量産車ではドライバをアシストする電子制御は年々重要度を増しており、国内においてESC(横滑り防止装置)は既に法律で義務化されており、AEBS(自動被害軽減ブレーキ)も2021年から義務化される予定です[3]。このトレンドから分かるように、運転の電子制御アシストは自動車メーカが開発に力を入れている分野です。様々な意見があるとは思いますが、僕はドライバーをアシストする電子制御をレース車両に採用することには賛成です。

(3) 水素燃料レース車両の技術的な挑戦

僕はHyraze Leagueのコンセプトは画期的だと思います。一方で水素という燃料には技術的な挑戦もあると思っています。特に難しいのは燃料タンクです。

水素が分子サイズが非常に小さい気体です。そのため一般的な鉄タンクの中に充填すると壁面を通り抜けてしまいます。約10年前の文献で、某メーカが開発した水素自動車を数週間、駐車場に止めておくと充填した水素タンクが空になってしまったという実験結果を読んだことがあります。

また、水素は非常に可燃性の高い気体です。爆発濃度域はガソリンよりも高いです。その気体が700MPaという非常に高圧な状態で燃料タンクに充填されます。レース中にマシンがクラッシュして燃料タンクから水素が漏れて、火花などをきっかけに周りの空気(酸素)と反応すると大爆発を引き起こします[4]。クラッシュ以外にもレースにはピットストップという限られた時間での燃料補給もあります。
電気自動車、ハイブリット車と同様に、燃料電池車に搭載されるモータは高電圧 (数百ボルト以上)で制御されています。もちろん安全対策には万全を期するはずですが、高電圧系と可燃性ガスの組み合わせのリスクを如何に低減できるかは難しい課題だと思います。

このように水素は取り扱いが非常に難しい燃料です。しかし、近年はトヨタがMIRAIを量産化したように、これらの課題にも目処が立ちつつあります[5, 6]。

価格面、充電ステーション不足の観点から燃料電池車の一般普及には時間が必要です。そのため、モータースポーツという過酷な環境で水素を安全に扱えるようになれば、量産開発にとっても有益なデータになりそうです。

(4) まとめ

本記事ではドイツ発の新しいモータースポーツ Hyraze League についてまとめました。モータースポーツ業界にも環境を考慮した新しいトレンドがきており、 電気自動車のF1と呼ばれるFormula E (FE) には9メーカが参戦する一方で、ホンダが活躍しているF1には4メーカしか参戦していない状況です。Hyraze Leagueの"水素燃料+運転アシストの電子制御解禁+バーチャルレース"というコンセプトは新しく、上手く時代を捉えればFEのようになるかもしれません。

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参考文献

[1] https://www.adac.de/news/hyraze-league/
[2] https://motor-fan.jp/article/10015808
[3] https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53440790X11C19A2MM0000/
[4] https://ja.wikipedia.org/wiki/水素自動車
[5] http://jisedai-jidosha.com/images/2contents/07/hyougo08.9.pdf
[6] https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/194452/032500048/?P=2

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