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現実とバーチャルの壁が溶けてきたレース業界について

こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
コロナの影響で今シーズンのレースイベントはF1、その他のカテゴリも6月頃までは殆どすべて延期 or キャンセルとなり、7月以降の開催時期も不透明な状態です (2020年4月時点)。
暗い話題が多い時期ですが、実はオンラインレースゲームが開催され多くのファンが楽しんでいます。

これまでにもグランツーリスモを筆頭に自動車ゲームは存在していましたが、ファン層は限定的でした。しかし直近1, 2ヶ月でオンラインのレースゲームがモータースポーツ業界に与えている影響は非常に大きいです。その理由を考えるとリアルレースとバーチャルの壁が溶けてきているように思います。

(1) 現在のレース業界におけるオンラインゲームの状況

レースイベントが開催できない状況を踏まえ、F1はファンを楽しませるために公式Eスポーツ・バーチャル・グランプリを立ち上げました。このイベントは本来のカレンダーに従って開催されており、現在までに第3戦中国GPまで開催されています。レースごとに参加メンバは変わり現役F1ドライバが「2019 F1」公式ゲームを用いて自宅から参戦します。参加メンバはF1以外の有名ドライバーに加えて、サッカー界からレアル・マドリードのゴールキーパー、自転車競技の金メダリスト、Eスポーツのキャスターなど多彩な顔ぶれ!

このような試みはレースファンに好意的に受け止められています。F1バーチャル・グランプリ第2戦は放送から半日で130万回再生されており、従来のオンラインレース選手権 (e-sports) に興味を示さなかった一般レースファンの巻き込みにも成功しています。

(2) オンラインゲームとモータースポーツの親和性の高さ

正直e-sportは他のスポーツでも盛り上がってはいます。しかし他スポーツと比べてもモータースポーツはオンラインゲームと相性が圧倒的に良いと思われます。

ここではファン、レースチーム、イベント主催者の3つの目線から簡単に理由を挙げていきます。

(2-1) ファン:オンラインゲーム環境を再現しやすい

ゲームコントローラの代わりとなるオンラインゲーム用のステアリング(ハンドル)、アクセル及びブレーキペダルが既に多くのメーカから発売されています。これらの製品を購入することでモータースポーツファンは自宅で類似環境を再現し、世界中のサーキットで自分がドライバーになることが出来ます。

サッカーボールを自分の部屋で蹴ってゲーム画面に反映することは難しいと思います。複数人スポーツであることも難しい点です(野球やバスケなども同様)。その点、モータースポーツはエンジニア、メカニックを含めたチームスポーツですが、車両が走り出すとゲーム同様に個人スポーツと考えることも可能です*。またレーシングカーという道具を使うスポーツのためゲーム機材との相性も高いです。さらに運転中のレースドライバーはコックピット内のシートに座って操作します。ここも画面の前に座ってゲームをする状況に非常に似ています。

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*実際は走行中もチームと常にコミュニケーションをとりますし、ピットストップもありますがゲームだと個人プレイ可能

(2-2) プロドライバー:レースゲームは使い慣れた物?

実はオンラインレースゲームは、プロドライバーにとっては新しいものではありません。実際の欧州レースチームの多くはレーシングシミュレータを所有しています。そこでドライバーはコース習熟や車両セットアップのため、実際のレースイベント前にシミュレータを使用しているのです。
もちろんレースチーム所有の高性能シミュレータとレースゲームでは実際の車両挙動、サーキット再現度が異なります。またドライバーが乗り込むコックピットはアクチュエータを用いて実際の車両のように振動したり、ブレーキ踏力(大きい時は100kgfなど)まで負荷を再現できるようになっていたりする物も多いです。しかし、そのようなドライバーに負荷をかける分を除けば、レースゲームはシミュレータとして従来からオフラインでは存在しているも同然なのです。

(2-3) イベント主催者:新たなファンとの交流手段に!

レースイベントにおいては、オンラインゲームを用いたモータースポーツの復興を考えるべきです。これまで、レースイベントにおけるファンとドライバーの交流には非常に沢山のハードルがありました。例えば、実際のサーキットでドライバーのサインをもらうためにはおよそ下記プロセスを辿る必要があります。

① サーキットパドックに入場可能なチケットを購入 (大人1名:およそ15,000円**)
② サーキット周辺のホテル or キャンピングカーの手配 (レースイベントは2, 3日開催のため)
③ 数時間かけて都心部から離れたサーキットに行く
④ 出待ち or 夏は炎天下の中、行列に並びサインをもらう(時間制限あり)
**国内レースSuperGTなど (F1は30~50万円程度・・・)

結構大変です・・・

サーキットを訪れると目前を走るレーシングカーの迫力を感じることが出来ます。また、ステージイベントのトークショーに参加できたり、沢山の屋台が出ていたり、実際に行くと楽しいです。ただし正直なところ、かなりの労力とコストが必要なのも事実です。

ドライバーとの交流については主催者側も様々なイベントを考えており、プロドライバーが運転するレーシングカーの同乗走行抽選会などもよく企画されています。当たれば最高の体験が得られますが、数万人を動員するイベントで体験できるのが10名程度はやはり少ないです・・・

つまりレーシングカーという特殊な道具を用いるスポーツのため、現実ではファンとの交流が難しいのです。ボールがあれば多数のファンや子供達と一緒にプレイできる点がサッカーなどのスポーツとは異なるところです。

しかしオンラインゲームではどうでしょうか?
プロとアマチュアドライバの交流戦などは簡単に企画できますし、ドライバーと交流できるファン数も格段に増えます。またプロドライバーの走行データをサーバに記録していれば、ファンは何度も挑戦可能です。

ちなみに実際のレース車両はブレーキ、クラッチペダルは重く、走行中は最大5Gのとてつもない横G(=遠心力)の環境下で走行します。現実にはライセンス規定で不可能なのですが、仮にアマチュアドライバーが実際のレース車両を運転する機会を得たとしても、レースどころかまともに走行すら出来ないはずです。伝わりにくい世界ではありますが、ドライバーは非常に過酷な環境下でレースをしています。

オンラインレースゲームではこのようなフィジカル的な要素が殆ど取り除かれるため、プロとアマチュアの差は縮まります。または逆転します (プロゲーマなど)。

このように、現在レース業界が抱える複数のハードルをオンラインレースゲームによって解消することが可能です。もちろんオンラインレースゲームでは"極限下でマシンをコントロール出来るドライバーの凄さ"は伝わりづらいかもしれません。しかし、先ずは多くのファンがドライバーと交流し、楽しんでもらう事の方が大切です。オンラインレースゲームは今後ますます有効活用されていくはずです。

(3) オンラインレースゲームのその先は何があるのか?

オンラインレースゲームは現在のところ大盛況です。F1に追従して他レースカテゴリでもオンラインのバーチャル選手権が毎週のように開催されています。Autosportというレース業界誌にはバーチャル選手権結果や各グランプリに対するドライバのコメントの記事がリアルレース結果の代わりに掲載されています。

そして上述した"F1バーチャル・グランプリの動画が開催半日で130万回再生"という結果は、サーキットまで足を運ぶ余裕が無かったり、動画放送で十分と考えていたりするようなライトなファン層の取り込みに成功していることを意味します。またF1スポンサーは高額過ぎて出来なくとも、オンラインレースイベントをスポンサーする企業もいるようです。

あくまで限定的な条件下であることを十分承知の上で書くと、

オンラインレースゲームはリアルレースイベントを代替可能であり、そのポテンシャルはリアル以上かもしれません。

自動車産業は変革期に直面しており、「電動化」「自動化」「コネクティッド」「シェアリング」などの技術革新はレース業界においても大きな影響を及ぼしています。近年の電気自動車世界選手権 (Fomula E)には、ジャガー、メルセデス、Audi、ポルシェ、日産など名だたる自動車メーカが参戦しており、遠くない将来にF1を超える規模になるでしょう。

また、まだ規模は小さいですが、自動運転のレース (RoboRace)など新しいシリーズもスタートしています。ドライバーが居ないとなると、もはやエンジニアの技術大会になっていきそうです。ミュンヘン工科大がSLAMを用いた自動運転制御について論文を出しています。

オンラインレースゲームの活況、ドライバーの居ない自動運転レースを考慮すると、僕はAR(拡張現実)技術を導入して一部のドライバーが自宅から操縦する遠隔レースも面白いと思います。つまりオンラインレースゲームとリアルレースの融合です。通信データは膨大ですが、低遅延、多重接続が可能な5G, 6G通信の世界では技術的には可能だと思います。無線制御は各国で周波数の規制もあるため要検討かもしれません。しかし、遠隔操作車両と現車でドライバーが運転する車両、自動運転車両など色々な操縦形態を競わせるのは面白そうです。また参加ドライバーは自動運転レース車両を追従することで、ラップタイムを短縮する走行ラインなどの運転技術を学んでも良いかもしれません。ファンは現地観戦と並行して、走行中はドローンからの中継映像を、Youtubeでも観戦します。ここまで来ると実際のサーキットで走らせる意義も問いたくなりますが、モータースポーツは車両の実験室という側面もありハードウェアの機能、性能、耐久性を極限の状態下で評価するためには実走行環境も大事ではあります。

もちろん面直でドライバーと交流出来て、満員のファンがグランドスタンドを埋め尽くすレースイベントは最高です。しかし、F1ですらチケットが売れず空席ばかりのグランプリもあります。F1以外のカテゴリで働いている僕を含む関係者は、空席のスタンドに慣れてしまっているのが現状です。このような状況を考慮すると、ドライバーやファンが移動しなくても参加できるイベント形態もあっても良いと思います。

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自動車メーカを辞めて渡独。ドイツレースチームを経て2021年からトヨタWRCチームに加入しました。データエンジニアとして働いています。技術知識がなくても読めるレース記事、自動車テクノロジー(CASE)を中心に書いています/ note公式「スポーツ記事まとめ」編集担当