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【読書メモ】暴力と不平等の人類史ー戦争・革命・崩壊・疫病

持てる者と持たざる者の間の格差は、人類の文明が誕生して以来、拡大と縮小を繰り返してきた。昨今、経済的不平等が一般の言説において再び脚光を浴びるようになり、不平等を減らす方法についての提言には事欠かない。ノーベル経済学賞受賞者たちも、受賞歴では劣るが著作の販売部数では時に勝る同業者や種々雑多なジャーナリストにならい、所得と富の均衡の回復法を書き連ねた本の出版という儲かるビジネスに参入している。「格差」「不平等」といった言葉をタイトルに含む本が跋扈しているが、その歴史は長い。本書の目的は、この脈々たる歴史をたどり、解き明かすことにある。重厚な内容であり、読了するのにかなりの時間を要してしまったが、要点をメモしておこう。


不平等是正の手立て

有史以来、最も力強い平等化は、最も力強い衝撃の帰結であるのが常であった。文明のおかげで平和裏に平等化が進んだ時代はなかった。さまざまな社会のさまざまな発展段階において、社会が安定すると経済的不平等が拡大したのだ。既存の秩序を破壊し、所得と富の分配の偏りを均し、貧富の差を縮めることに何より大きな役割を果たしたのは、暴力的な衝撃だった。

不平等を是正してきた暴力的破壊には4つの種類がある。大衆に有利な取引を促し、富裕層から富を搾り取った大量動員戦争、上位1%に加え地主や富農、ブルジョワを破滅に追い込んだ血塗られた変革的革命、余剰を搾取し私服を肥やしていた裕福なエリートを一掃した国家の破綻(崩壊)、致死的伝染病の大流行(疫病)である。

①戦争

貧富の差を解消し、不平等を大幅に是正するのが戦争である。国家レベルで大量動員し、物理的な破壊のみならず、没収的な課税、インフレ、政府規制などにより、エリート層の富はただの紙切れになる。最も効果の大きかったのが、第二次世界大戦である。筆者はこれを、上位1%の人の所得シェアの推移やジニ係数のデータで示す。日本における事例も示されており、政府規制、大量動員、インフレ、物理的破壊、財閥解体による私有財産の再分配、農地改革、企業別労働組合の創設や累進性の高い所得税や相続税の制度適用などにより、所得と富の分配が平準化され、不平等な富の蓄積もある程度抑制された。太平洋戦争を境に、日本のジニ係数は0.6から0.3に大幅に低下している。全国民の動員から完敗と占領に至る厳しい歩みのなかで、国家総力戦は全面的に平等化を果たした。日本の歴史のなかで最も血生臭い数年間、何百万もの生命を犠牲にして国土に甚大な破壊をもたらした戦争が、独自の平等化を生みだしたのだ。

ただ、あらゆる戦争が平等化をもたらすわけではない。近代以前の略奪と征服を特徴とする伝統的な戦争は、たいていは勝者側のエリートに利をもたらし、不平等を拡大させていた。また戦争の規模が小さいと、平等化の効果は一時的だったという。格差解消には、徹底的な破壊と大量の血が必要であるというのが歴史の教えである。歴史上の戦争の圧倒的多数は、社会全体に軍事大量動員をかけるような戦争ではなかった。たいていの戦争は、主として支配階級のエリートのあいだでの、人間や土地といったさまざまな資源の支配権をめぐる競い合いだった(歴史学者アーノルド・トインビーは、これを「王たちの競技会」と称している)。一方の側だけが大々的な破壊を被るような戦争では、略奪や征服がたいてい勝った側での不平等を拡大させ、破壊された側や敗北した側での不平等を縮小させた。

すなわち、軍事闘争は昔から、人間の歴史の至るところで見られる特徴だったが、所得と富の不平等を緩和した戦争は、ある一定の種類の戦争だけだった。近代の大量動員戦争は、勝者にとっても敗者にとっても有効な平等化手段だったのだ。社会全体を巻き込むような戦争努力がなされる時は、常に資本資産が価値を失い、富裕層が相応の支払いをさせられた。そしてその時、 戦争は「人を殺し、物を破壊する」だけでなく、貧富の格差を縮めもした。第二次世界大戦時には、戦争で推進された政策がそのまま維持されたため、この効果が戦時中だけでなく戦後においても働いた。先進国の国民が一世代かそれ以上にわたって不平等の縮小を経験できたのは、この世界規模の紛争の未曾有の暴力のおかげだったのだ。

トマ・ピケティ「かなりの部分まで、20世紀の不平等を緩和したのは、経済的、政治的な衝撃を伴う戦争という大混乱だった。漸進的で、合意にもとづく、争いのない変化を通じて、平等の拡大へと至った例はひとつもなかった。20世紀において、過去を消し去り、社会がまっさらな状態で新たに始動できるようにしたものは、調和のとれた民主的合理性や経済的合理性ではなく、戦争だったのである。」
ヘラクレイトス「戦争は万物の父にして万物の王である」

②革命

国家間の争い(戦争)が不平等を縮小させることがあるのなら、国家内の争いは何をもたらすのだろう。戦争の場合と同様に、どれだけ力を注ぎ込んだかが決め手であった。大抵の戦争は平等化という結果に繋がらなかったが、軍事大量動員は既存の秩序を覆すことができた。反乱にしても、徹底的な平等化が実現したのは、あらゆる市町村の資源を同じように満遍なく動員できた時だけだったのだ。

重要なのは暴力の激しさそのものだった。2つの世界大戦が人類の歴史で最も残酷な戦いだったように、平等化に最も寄与した革命も、歴史上有数の残酷な内乱だった。本書では、レーニンやスターリン、毛沢東が成し遂げたことが、平等化においてどれほど効果的であったかが検証されている。

そして戦争同様、あらゆる革命が平等化をもたらすわけではない。キューバやニカラグアでの革命政権は、暴力的な強制に頼らず、民主的共存を目指したため、有効な平等化を果たせなかったことが、データで示されている。またフランス革命のように流された血がはるかに少ない場合、それに応じて不平等の縮小も小さかった。平等化には中途半端な暴力では役に立たず、もっぱら充分な破壊と血が必要なのだ。

③崩壊

国家の破綻や体制の崩壊は、かつては平等化を実現する確実な手段だった。歴史の中の大半において、裕福な人々やエリートは政治権力の序列の頂点を占めるか、さもなくば頂点にいる人々とコネを持っていた。国家が崩壊すると誰もが苦難に直面するが、こうした地位やコネ、保護が失われ、エリート層の方が失うものが多く、不平等は縮小した。こうした事態は国家の成立以降、常に生じてきた。

④疫病

過去天然痘やはしか、ペストが大流行して人口が大幅に減ると、非人的資産に対して労働者の価値が上がった。地代が下がって実質賃金が上がったため、資本家が損を被り労働者が得をして、不平等は縮小した。

現代において、破壊的な疫病が発生する可能性は低いようだ。すばやいDNAシークエンシングや機器の小型化、デジタル資源の活用による疫病発生の監視など、テクノロジーの発展により、暴力的な破壊へ発展する前に病原菌の拡大を終息させることができるという。2020年、世界は新型コロナウイルスの猛威に苦しめられたが、mRNAワクチンの実用化(Pfizer社とModerna社)もあり、終息に向かっていくだろう。そう期待したい。

現代における平等化の手立てとは?

歴史を紐解くと、社会の格差が一気に是正されるトリガーとなるのは戦争、革命、崩壊、疫病という暴力的な衝撃だけであった。この広範な影響から切り離された環境で不平等の大幅な圧縮が実現したケースはほとんどなかった。土地改革や経済危機、国の民主化、経済成長では不平等は是正されるどころか、拡大したのである。

将来は状況が変わるだろうか。歴史的に見れば、平和的な政策改革では、今後大きくなり続ける難題にうまく対処できそうにない。だからといって、別の選択肢は今のところ見つかっていない。最も進んだ先進諸国でさえ、再分配や教育、脱成長といった提案や試みによって、不平等の拡大圧力を吸収しきれなくなっている。

経済的平等性の向上を称える者すべてが肝に銘じるべきなのは、それが悲嘆のなかでしか実現してこなかったことだ。不平等の治療法が暴力と病気しかないというのは皮肉だが、それよりはるかにひどい治療法を考えるのは難しい。





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