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「柱の傷は」・・・あっという間に読める超ショート不思議な話。

「柱の傷は」

「母さんが亡くなったぞ」

父から電話があったのが金曜日の午前10時。
その日の仕事を同僚にお願いして、九州の実家に飛んだ。

空港からタクシーで40分。
里山と田んぼに囲まれた一軒家が俺の生まれた家だ。
農家の長男として生まれた父は、25歳で母と結婚し、
生涯先祖代々の農地を守って生きて来た。

「家を継ぐ必要なんかないぞ」

俺が18の時、父はそう言って大学に行かせてくれた。

その言葉に甘えて俺は東京の大学に行き、東京で就職した。
年に数回の帰省が、年に一度になり、数年に一度になるのに
大して時間はかからなかった。

「父さん最近ボケてきちゃって」

そんな電話を貰ったのはいつのことだったろう。
言葉の向こうに、帰ってきてほしい、という気持ちがあるのは
十分感じられたが、「仕事が落ち着いたらね」と誤魔化してしまったことが
今となっては悔やまれる。

母は、父と買い物に出ている時に、車にはねられ、
病院に運ばれたが、意識不明のまま数日後に息を引き取った。

母の死を告げる電話も妙に淡々としていて、
葬儀のことや病院の支払いを聞いても、全く話が嚙み合わない。

「だから、葬儀社には連絡したのかよ。病院の支払いは?」

「ああ。そうだな。そうしてくれ」

「そうしてくれじゃないよ。払ったの? まだなの?」

「いや。駅には誰もおらんかった。もう廃線になったのかもしれんな」

あまりの反応に不安になり、急いで実家に戻ったのだが、
帰ってみると、案の定衝撃的な言葉で迎えられた。

「どちら様ですかな」

父は真剣な顔をして、玄関先に立つ俺を見た。

「俺だよ。正彦だよ」

「正彦、正彦、おう正彦か、正彦な・・・」

と言ったまま、俺を置いて中に戻ってしまった。

とりあえず、荷物を玄関に放り出して父を追った。

父はぶつぶつ喋りながら、寝室の布団に潜り込んでしまった。

起きてくる様子もないので、俺は、健康保険証やら、病院の領収書やら
今後必要になるだろう書類を探しておくことにした。

居間に入り、床の間に置かれた小さな書類入れの引き出しを
片っ端から開けて中を確かめた。

すぐ横の柱には、水平にたくさんの傷と一緒に俺の年齢が
刻まれている。

「正彦2歳」から始まって、「3歳」「4歳」と順に高い所に
傷がついていく。

誕生日になると、父が身長を計ってくれて、
柱にキズを着けていったのだ。

「正彦18歳」の傷は、今の俺と変わらない高さだった。

「俺は高校で成長が止まったからな」

体育館でいつも最前列に並ばされた光景が目に浮かんだ。

何気なく、その上を見ると、
「正彦19歳」と書かれた傷があった。
さらにその上には「正彦20歳」。

今の俺よりも、5センチも高い位置にある。

「どういうことだ。別の人間の身長を計ったのか。
まさか、そんなことある訳無い。
だとしたら、この柱の「正彦」は誰だ。
俺の他に「正彦」がいるのか?

その時、混乱する俺の背後から、乾いた声が聞こえた。

「どちら様ですかな」

家の中が少しゆがんで見えた。

      おわり


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