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「麻田君、はじける音を聞く」・・・バイト先で貰ったお小遣いは。


『封筒の中を見なかった麻田君』


もう30年ほど前の話になる。

麻田君が学生の頃やっていたアルバイトの中に、
講演会のアシスタントという仕事があった。

文化人が地方で行う講演会の案内係をしたり、
演壇に立つ講演者が使う資料の準備をする、言わば何でも屋の雑用係である。スーツ着用が必須だが、それでも色々な経済学者の普段聞けない面白い話を聞けるので楽しかった。

ある時、A山さんという経済学者の札幌講演の終了後、
学生バイト(その時は4名)が楽屋に呼ばれた。

「若いうちは、遊ぶことも大事だ。
たまには君たちも羽を伸ばして、遊んできたまえ、
勉強も大事だが、経験はもっと大事だよ」

A山さんはそう言って封が閉じられた封筒を差し出した。
かなり厚みがある、10~15枚は入っているだろう。
薄い封筒の表面から中に入った福沢諭吉の顔がかすかに透けて見える。

『これは、そういうことか』

麻田君たちはA山さんに深々と頭を下げて礼を言った。

A山さんは仕事があって東京に帰るが、バイト連中は他のスタッフとともに、翌日別の経済学者の講演のため札幌に一泊する。

会場の片づけを終えた麻田君たち学生バイトは、その足でススキノに繰り出した。

「俺に任せろ。ススキノは庭だ」

B場という一つ上の先輩が案内を買って出た。

「せっかくだから、人気ナンバーワンのキャバクラに行こう」

麻田君たちは大盛り上がりで、「C」という店に繰り出した。

気分が大きくなっていたのだろう、次にいつ来るか分からないのに
ボトルまで入れて、大はしゃぎした。こういう店に来るのが初めてで
戸惑っている者もいたが、最後は全員が大満足していた。

「B場先輩の選択のおかげっス」

「いやいや。俺じゃない。この封筒のおかげだ」

その時、麻田君たちの目には、経済学者から貰ったその封筒が
水戸黄門の印籠のように思えただろう。

やがて、会計という事になり、お代は8万円ちょっとまで膨れあがっていた。

「じゃあ。これで」

と、封筒の封を切ったB場先輩は青ざめた。

「こ、これ・・・」

一歩後ろで支払いの様子を見ていた麻田君たちが駆け寄った。

先輩の手の中にあったのは、一番上の一枚だけが一万円札で、
残りが千円札という札束だった。ご丁寧に銀行の帯まで巻いている。
何度数えなおしても、合計2万4千円しかない。

麻田君の心の中にあった自信のようなものが、パチンとはじけたような気がした。

A山さんに悪意があったとは思えない。普通ならすぐに封筒の中身を確認して、それなりに遊び心を喜んだだろう。食事をして飲むだけなら、十分なお小遣いだ。きっと軽い遊びの気持ちで、学生たちにそんな札束を作って渡したに違いない。

結局、手持ちのお金を全部出し、それでも足りずに少しまけてもらって
どうにか支払いを済ませた。

封筒の最後には一枚紙が入っていた。紙にはその日の講演で語った言葉が引用さえていた。

『油断大敵。膨れる上がる期待は、どこまでも大きくなるが、はじける時は一瞬である』


                おわり


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