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「パナマ」・・・偉大なる大自然が語り掛けてくるもの。


『パナマ 人と自然を結ぶもの』


その日、船の上は期待と興奮で溢れていた。

大西洋と太平洋をつなぐパナマ運河に近づいたのだ。

船で世界中を旅する者が一度は体験したいと願う一大イベント。

俺は、かつてない程の興奮を感じながら近づいて来るガトゥン閘門を見つめていた。

乗組員たちもこの時ばかりは
見習い水夫がデッキを掃除する手を止めていても、文句を言わない。

海の男は、若い水夫が初めて体験する感動を、つまらない雑用なんかで
邪魔をしたりしないのだ。

パナマ運河は全長およそ80km。
たくさんの閘門と人口湖を経て、約9時間かけて通り抜ける。


ガトゥン閘門を抜けると広い水路に出た。

静かだ。

船のエンジン音も普段より小さく聞こえる。

「何を考えている」

声を掛けられれ振り返ると船長が後ろに立っていた。

「しまった。長くサボり過ぎたか」

俺は、急いでモップを動かした。

船長は、少し微笑んで、俺に言った。

「もうしばらくの間、掃除の手を止めて、静かにしてくれ」

「あ。はい。わかりました」

それにしても船長は、いつデッキに上がってきたのだろう、足音も立てずに。

俺の横に立ち、水路を見つめていた船長が、
ふいに俺に問いかけて来た。

「運河の中ほどに、緑の森に囲まれたエンベラ村がある
そこに住む人々は、寡黙で多くを語らない。
だが彼らは、『自分たちは、世界一話好きな一族だ』と言う。
なぜだと思う?」

「え? 人前ではあまり話さず、一族の中でしか話さないからですかね。へへへ」


俺は照れ隠しの為に、下卑た笑いで自分をごまかして、その続きを聞こうとした。

船長は眉一つ動かさず続けた。

「村人たちは、沈黙することで、森や鳥や草花の声聞くことが出来るんだ。
もちろん言葉で会話するわけではない。
もっと大きな大自然からの語り掛けを感じ取るのだそうだ」

俺は思った。
音が溢れている世界にいると、静寂の大切さを忘れそうになる。
運河は大西洋と太平洋を結び付けているだけでなく、
人と自然を結び付けているのかもしれない。


船長と俺は、流れゆくパナマ運河の風景を無言で見つめ続けた。


「パナマ」とは、先住民の言葉で、
「魚も蝶も満ちあふれている土地」という意味だという。

そこは静寂の中に豊かな自然がある、かけがえのない空間なのである。



おわり


パナマ運河は全長約80キロメートル。
最小幅91メートル、最大幅200メートル。深さは一番浅い場所で12.5メートル。
スエズ運河を拓いたフェルディナン・ド・レセップスの手で開発に着手しましたが
途中で一時工事を放棄した。その後アメリカ合衆国によって建設が進められ、
10年の歳月をかけて1914年に開通しました。
長らくアメリカが管理していましたが、1999年12月31日正午をもって
パナマに完全に返還されました。


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