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R怪談「プラントミート」・・・怪談。画期的な人造肉の材料とは?


その合成肉は、これまでになく美味だった。
俺はもろ手を挙げて、開発者の坪方を称賛した。

「やったな。坪方。プラントミート開発室始まって以来の傑作だよ。材料は何なんだ」

「モモイロヘイシソウという植物の種子だけだ。これさ」

坪方はテーブルの上に並んだビーカーの中から、ピンク色の細長い植物を掴んで見せた。

「ああそうか。変な化学材料とか使ってなければ良いさ。ウン。美味い」

俺は坪方の説明を聞きながらも、新しい合成肉で作ったステーキを次々に
口に運んだ。その肉は、口の中でとろける様に柔らかく、それでいて適度に歯ごたえがあり、溢れる肉汁はほのかな甘い香りを放ち、どんな高級肉より濃厚でコクがあった。

「すぐに商品化できるのか?」

「いや。もう少し待ってくれ、もうひとつ実験しないといけない事がある」

「それなら早くやってくれ。これなら他社のカニ肉もどきや、ニセチキンにも負けないぞ。いやそれ以上だ。これを世に出せば、俺の評価も上がる。勿論坪方、お前もだ。たった一人でプラントミートなんか研究しているお前を、植物オタクなんて言って馬鹿にしていた奴らを見返してやれるぞ」

「ああ。すぐに結果は出るだろうし、君には最初に知らせるよ」

背中を向けた坪方の返事を俺は聞いていなかった。
それほど、新しい合成肉は美味かったのだ。

その日から俺は実験結果が待ちきれなかった。

毎日のように坪方の実験室を訪れては催促をしたが、結果は簡単には出ないらしく、ただ肉を食って帰るだけの日々が続いた。

だが、それでも良かった。
いつの間にか俺は、肉を食べる事が目的になってしまっていた。

ゴールデンウイークで会社が長期休業になり、あの肉がしばらく食えなくなると俺は猛烈な渇きを覚えた。
あの肉が食いたくて仕方がないのだ。

気が付くと俺は、研究室のドアを叩いていた。

「坪方! 肉を、あの合成肉を食わせてくれ! 頼む!」

俺は休みでいる筈のない坪方に呼びかけた。
全く、俺はどうかしている。何が起こっているんだろう。
自分の気持ちが分からなくなっても、俺は研究室のドアを叩き続けた。

ふいに、ドアが開き、薄暗い部屋の中から声が聞こえた。

「入れよ。肉なら用意してある」

喜び勇んで中に入ると、部屋の中央に置かれたテーブルの上に
いつものように合成肉のステーキが乗っていた。
俺は、自分の欲望のままに、ステーキにむしゃぶりついた。
無我夢中で食べている俺の背中から、坪方の声が聞こえた。

「君に朗報がある。実験結果が出たよ」

「そうか、ムシャ。それは良かった。で、どんな実験だったんだ?」

食べるのに一生懸命で、俺は坪方の方を向こうともしなかった。

「実験はね。この肉の材料であるモモイロヘイシソウの特性が、
肉になっても発揮されるのか確かめるのが目的さ」

「へえ。それで目的は達したのか?」

「ああ。特性は十分に発揮されると判明したよ。ところで君はモモイロヘイシソウの事を知ってるか?」

「いや。俺がそんなの知っている訳ないだろう。それより工場のラインを確保してすぐにでも量産したいんだ。能書きは良いから、兎に角これを毎日食べられるようにしてくれ」

「そうだな。でも君には知っておいてもらいたい。
モモイロヘイシソウはね。学名をサラセニアン・インマニュエルと言って食虫植物なんだ」

「食虫植物って、ウツボカズラとか・・・虫を食う草の仲間か」

俺はちょっと、不気味な感じがしたが、肉を食べるのは止められなかった。

「そう。でもこれは少し違う。ウツボカズラやハエトリソウは、
甘い香りなどで自分の中に虫を誘い込んで、消化してしまうんだが、
このモモイロヘイシソウは逆だ」

坪方が俺の左肩に手を乗せた。冷たく柔らかい感触が肩に伝わった。

「これは、動物の体の中に入って内側から食べる食虫植物、いや食肉植物なんだ」

ステーキを食べるのを止め、肩に乗っている坪方の手を見た。
白衣の袖からピンク色をした芽が顔を出していた。
俺は目線をその腕から徐々に上にあげた。

「合成肉になっても、モモイロヘイシソウの特性は変わらないみたいだ。
実験に協力してくれてありがとう」

そう言った坪方の顔は、皮膚の下から芽を出したモモイロヘイシソウに覆い尽くされていた。

「うわわああああ!」

ゴールデンウイークが開けた月曜日、久しぶりに研究室の掃除に入った清掃会社のアルバイトが、人型に植えられた二つの植物群を見つけた。それらは、窓から差し込む朝日の中でピンク色に輝き、とても甘い香りを放っていたという。

その種子を一度食べた動物は、余りの美味しさに、また食べたくなってしまうそうです。あなたの周りに、我慢できなくなって食べ続けてしまう食べ物はありませんか?
それには、モモイロヘイシソウの種子が入っているかもしれませんよ。

               おわり


*モモイロヘイシソウは架空の植物です。実際には存在しません。(笑)

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