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「手抜きの惑星」・・・ちょっとだけ怖いSF。人類初の異星交流で出会ったものとは。



『手抜きの惑星』


リカスラ星の宇宙港に着陸した時、ヤマサトが耳元で囁いてきた。

「覚悟しとけよ」

俺は息を飲んで頷いた。

地球からリカスラ星への大使就任のため、
俺たちは、はるばる銀河の辺境にある小さな惑星にやってきた

リカスラ星の総人口は40億人。
地球とよく似た環境の星で、地球人そっくりな人類が惑星を支配し、
温暖な気候も影響しているのか、リカスラ星人は温厚で親切だが、
これまで4人の大使が就任後1か月以内に退任を申し入れている。

今回俺とヤマサトが失敗すれば、地球とリカスラ星の友好関係にヒビが入りかねない。責任は重大だ。

やや緊張している俺たちを、新任大使歓迎の担当官が出迎えた。

端正な顔立ちで、見た目は地球人と区別がつかない。
しかし地球でもこれほどの二枚目は、そうそういないだろう。

「ようこそ。私は歓迎委員の●✖◎△▼です」

二枚目のリカスラ星人が自己紹介をしたが、名前の部分は分からなかった。
地球人とは全く発音が違い、聞き取れないのだ。

俺が苦笑いをすると、二枚目の歓迎委員が気を使ってくれた。

「これは失礼。私たちの名前の発音はあなたたちには、
聞きとりずらいのでしたね。
ご心配なく、あなたたちが分かるように、地球風の仮の名前を付けることにしました。こちらにいる間、私の事は『タナカ』と呼んでください」


緊張感が少しほぐれた俺たちは、一言二言社交辞令を交わし、
タナカの後について、宇宙港を出た。


宇宙港に到着してすぐに歓迎イベントとなったのは、
世界大統領が選挙後の挨拶回りに忙しく、時間が取れないためだと、
タナカは申し訳なさそうに説明してくれた。

政府専用車の中ではタナカの説明に沿って
目の前のスクリーンに選挙の様子が映し出された。

「お二人が到着される少し前に、選挙がありまして、
世界大統領が交代になりました。でもご安心ください。
新しい大統領も地球との友好関係は引き続き重視しています。
今回の歓迎会は、その意味も兼ねて盛大なものになりますよ」

画面は中央で二つに分割され、タナカと同じ顔をした二人の男が
演説をしていたが、数秒ほどで右側のタナカの映像が下に沈み、
左側のタナカが全面になった。

「全く見分けがつかないな」
分からないのは世界大統領だけではない、

大統領の回りで歓声を上げている支持者も、
残念そうな顔をしている対抗馬の候補もその支持者たちも、
皆タナカと同じ顔をしている。

移動中、町中を見回したが、個性的な流線型の建物の間を歩く人々の顔も
同じだ。

大人も乳母車の子供も皆・・・タナカだ。

「慣れてくれば、少しずつ違いが分かるようになるさ」

ヤマサトが慰めるようにつぶやいた。
俺は宇宙船の中でのレクチャーを思いだした。


これは、『相貌認識力』の違いによるものだという。

例えば我々は、同じ人種ならかなり似た人間でも見分けがつく。
人種が違うと少し戸惑うが、すぐに慣れて違いが判る。

その昔、西洋人から見ると東洋人は皆同じ顔に見えた時代もあったそうだが、今ではしっかりと違いが判る。

同様に、人とチンパンジーの顔が全く違うことは明らかだが、
チンパンジー同士では、その顔の違いを見分けるのは難しい。


それと同じことだ。

16万光年離れたリカスラ星人の顔の違いを、
地球人は見分けることができないのだ。

地球人から見ると、チンパンジーの顔が皆同じに見えるように
リカスラ星人の顔は、皆タナカの顔と同じに見える。

地球人の二枚目の顔に似ているのが尚更始末が悪い。
リカスラ星人の相貌認識力は非常に優秀で、
このハンサムな顔のわずかな違いを難なく見分けることができるのだ。

あ~あ。もう少しブサ面、いや個性的な顔つきだったら、
地球人でもう少し見分けがついたかもしれないのにな・・・。


「一卵性の六つ子や五つ子がたくさんいると思えば大丈夫だろう」

レクチャーの時はそれくらいに軽く考えていたが、
これはかなりハードルの高い神経衰弱のようなもの、
何万ピースの真っ白なジグゾーパズルをやっているようなものだ。

これまで4人も大使が逃げ帰ってきたのも分かるような気がする。
大使として失礼のないように仕事を全うできるか不安になってきた。

今のところ、職務に合わせて、金モールの点いた制服や、スーツらしき服など、違いのはっきりした服が多いので何とかなっているが
「裸の付き合いをしたい」などとサウナ(そんなものがこの星にあるかどうか分からないが)で懇親会をしたいとか言われたらお手上げだ。

『早くこの星の人間に目を慣れさせて見分けられるようにならないと、
大変なことになるぞ』

俺は、ビルの間を行く人々の顔を見つめた。

「描き分けのできない漫画家のコミックのようだな」

「いや。きっと神様がさぼったんだろう」

小声でヤマサトとそんな話をしていると、間もなく車は歓迎晩餐会の会場に着いた。


会場に入ると俺たちは、
タナカそっくりの執事の先導で
タナカそっくりの議員たちが拍手で迎える中、
タナカそっくりの世界大統領と握手をして、その横の席に座った。
タナカそっくりの幹事長と呼ばれる男が乾杯の音頭を取って歓談が始まると
タナカそっくりの司会者が簡潔に式次第を述べた。

「今回の晩餐会は、地球式を参考にいたしました。お二人にはお気に入りいただけたでしょうか」

『気に入るも何も、よく研究されている』

俺は感心した。相手を大切に扱い喜ばすことが、リカスラ星では最も価値のあることとされているが、これほど徹底されているとは驚いた。

テーブルには燭台が並べられ、各テーブルのセンターには、
少し形が違うが地球の花に見た目の近い植物が飾られている。

テーブルセットは、サイズ違いのナイフとフォークが3組、
それらしい陶器の皿の両脇に置かれている。

礼服を着たタナカそっくりのソムリエらしき男がワインと食前酒の説明を
してくれる。俺は「適当におススメを」とお任せすることにした。

料理が順に運ばれてきた。
運んでくるのはもちろん、タナカそっくりの給仕だった。

リカスラ星人と目を合わせると、つい違いを探そうと凝視してしまうため
俺はなるべくうつむいて、皿だけを見つめていた。


スープもサラダも実に美味しかった。
特にサラダは、初めて見る植物だったが、味は悪くなかった。

嬉しそうな俺の顔を見て、タナカそっくりの大統領は
サラダに使われている野菜の名前を教えてくれたが、
やはり聞き取れなかった。


続いて丸いドーム型の蓋をかぶせた銀の食器が運ばれてきた。

「○▲に続きまして最初のメイン、ソテーでございます」

発音はわからないが、とにかく焼いた料理のようだ。

揃いの黒い服を着たタナカそっくりの給仕たちが、俺たちの席の後ろに並び、目で合図してから、一斉にドーム型の蓋を取り去った。

「ぐむぅ・・・」

俺は悲鳴を上げそうになって慌てて口を両手で押さえた。

皿の上に乗っていたのは、小さなタナカだった。

裸で串に刺さって、体中に焦げ目がついている。

責めるつもりはないのだが、俺は思わず蓋を取った給仕を見上げた。

皿の上のタナカと同じ顔をした給仕が、自尊心たっぷりに微笑んだ。

人類だけではなく、リカスラ星のほとんどの動物の顔や体格の違いを
地球人は識別できない。

牧場を走るタナカ。空を飛ぶタナカ。海を泳ぐタナカ。
全ての動物が、皆サイズ違いのタナカにしか見えないのだ。


「今朝獲れた▲✖〇■◎の丸焼きです。冷めないうちに。さあ、どうぞ」

タナカそっくりの世界大統領が、皿に盛られた名前の分からない、
タナカそっくりの料理を食べるように勧めてきた。

大統領のおススメを断るわけにはいかない。
俺は意を決して、串に刺さったタナカの腕をナイフとフォークで
小さく切り取って口に運んだ。

温かい肉の質感だけが伝わってきたが、味は全く分からない、いや分かる筈がない。全く種類の違う家畜の肉だと理性で分かっていても、
心はそう簡単に割り切ってくれないのだ。


その後も、次々とリカスラ星の食材を使った、地球風の料理が出てきた。

タナカのフライの盛り合わせ。

タナカの刺身。

タナカの野菜炒め。

最後は、ゼリーの中にタナカの腕や足や胴体が散乱したデザートだった。

タナカそっくりの料理を一口食べるごとに
俺の心は音を立てて軋み、いびつに歪んでいった。

『タナカタナカタナカカカナタタタタタ・・・』

俺は横にいるタナカそっくりの大統領に愛想笑いをしながら立ち上がり、
周りにいる人々を指差して怒りを込めて叫びまくった。

「どいつもこいつもおんなじ顔だ!
おまけに動物まで同じ顔に作りやがって!
やい! リカスラ星の神様め。ふざけんなよてめえ。
これじゃあんまりにも、手抜きし過ぎだろう!」

着任早々、大使一名の地球への送還が決まった。

              おわり




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