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「箱 その3」・・・たから箱を開けたのは?


「3対3で俺んちで『打ち上げ』やろうぜ。森山も誘って来いよ。
今夜10時集合な。絶対遅れるなよ」

メッセージアプリに平井から連絡が入ったのは、
午後9時を過ぎたあたりだった。

宣伝部でイベントなどの運営をしている平井は、
時々、無茶ぶりに近い誘いをしてくる。

自分が携わったイベントが終わると、
『打ち上げ』と称して、参加したタレントや協力会社の女性社員を
自宅マンションに呼んで飲み会を行う。

そこで何が起こるのかは、言うまでもないことで、
俺たちもそれを目当てに、いそいそと参上する。

勿論、中には割り切って考えられない女子も何人かいる。
時には修羅場のようにもなるが、女が泣いても怒っても、平井はいつの間にか丸め込んで、結末は同じになる。

「脅迫や暴力なんか使わないよ。心から納得させてしまう力が、
俺の話術にはあるんだよ」

と、平井はいつも自慢げに話している。

ところがその日は、部長から緊急の連絡が入り、
翌日のプレゼン資料の修正に時間を取られて、遅くなってしまった。

会社の前で森山を拾って平井のマンションに向かった時には、
集合時間を30分も過ぎていた。

「チクショウ、あのクソ部長め。急いでるのを知ってて、
仕事を振ってきやがった」

「とにかく急がないと。さっき平井からメールが来てた。『急げよ。もうすぐ、あいちゃうぞ』だって」

「何だ? ワインのボトルを空けそうだってことかな。それとも、
一人で相手しきれなくって飽きられちゃうって意味か」

「よく分からんが、これ以上遅くなるのはマズいって事だろう」

俺はアクセルを踏み込んだ。
車が平井のマンションに着いたのはそれから10分ほど経ってからだった。

エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がった俺と森山は、
平井の部屋のインターホンを押した。

短い呼び出しの音楽が部屋の中から聞こえてきたが、平井の声は無かった。

「変だな。いない筈は無いのに」

俺はもう一度インターホンのボタンを押した。

同じだ。呼び出し音が中から聞こえるだけ。人の反応する様子は無い。

「おい。平井。いるんだろう?」

ドアノブを回すと、簡単にドアが開いた。

「開いてる」

その時俺は、平井が送って来た『あいちゃうぞ』という言葉の意味は
このドアの話だと、直感的に思った。

俺は森山に声を掛けて、一緒に中に入って行った。

リビングの灯りは点いているが、平井は勿論、女の子たちの気配も無い。

身長に歩を進め、リビングが見える位置まで入っていくと、
誰も居ない部屋の真ん中に、鍵のかかる30㎝角くらいの箱があった。

この箱は、この部屋に連れ込んだ女の子たちの持ち物が入っている。
うっかり忘れて行った物もあるが、平井がこっそりと隠してしまった物もある。
女の会社の重要書類を隠したこともあった。
その為、その女は責任を取って会社を辞めさせられ、列車に飛び込んだという噂もある。その書類もまだ中に入ったままだ。

ブリキ製の箱の胴体には、「たから箱」とマジックで書かれている。
この趣味の悪さには、ちょっと辟易する。

「開いてる・・・」

森山の口から、不吉な響きの声が漏れた。
「たから箱」の上側にある蓋が大きく開かれていたのだ。

そして、その開かれた口の周りから、大きな虫が這い出している。

いや。
虫ではない、全く動かない。それらは黒い汚れだった。

丸、四角、五角形、色々な形の汚れ。
それらが二つずつ組になり、箱の中から外に向かって続いている。

「これ、足跡か・・・」

足跡らしき黒い汚れは、箱から床の絨毯へ。
さらにはソファーや家具を越えて、壁まで続いている。

俺はさらにその先を目で追った。

床、壁、そして・・・天井へ。

「あぁ!」

俺は膝から崩れ落ちそうになり、横にいた森山の体にもたれかかった。

「うげ!」

俺の目線を追って天井に目をやった森山も、その場にへたり込んで震え始めた。

足跡は壁から天井にまで続いていた。

そして天井には、血まみれの平井が、両手の平と両足の甲を
細いピンヒールのかかとで打ち抜かれ貼り付けられていた。
その姿は、まるで針で刺して留められた昆虫採集の標本や、
何かに捧げる生け贄のように見えた。

貼り付けられた平井の体の周りには、たくさんの足跡が残っている。
幾重にも幾重にも円をかいて・・・
まるで歓喜のダンスを踊ったステップ跡のように。

            おわり



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