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「箱」その2・「開けない」・・・超ショートホラー。クローゼットに残された箱の正体は?


その段ボール箱には、「開けない」と書いてある。
「開けるな」ではなく、「開けない」だ。

出来たばかりの新居に、ずっとある箱。
妻の智花と私、お互いのマンションから、同時に荷物を送り、
おまけに実家からもいくつか送ったから、
転居してすぐの頃は、廊下にまで段ボール箱が溢れていた。

それが一つ消え、二月消え、ようやく全ての持ち物が
定位置に収まったと思ったら、クローゼットの奥に、
一つだけ、行先の定まらない箱が残っている。

箱はかなりくたびれているが、荷物が思いの外多かったので、引っ越し屋に、新品の箱だけでなく、使用済みの箱も追加で回して貰ったから、以前のものか今回のものかは分からない。

考え過ぎだろうか、俺は、ちょっと嫌な想像をしてしまった。
智花の元カレが、まだ付き合っていた頃に、彼女のマンションに持ち込んだものかもしれないという事だ。

箱の上に『勝手に開けるな』と、男の文字で書かれていて、その上に重なるように、赤いマジックペンで「開けない」と殴り書きされている。

その筆跡にどことなく見覚えがあるが、思い出せない。

「そんなに元カレのものを大事に取っておきたいのか?」

ダメだ。そんなこと聞いちゃ。聞き方も考えないと。

「いつか返そうと思ってまとめておいたのかい?
別れた男に連絡するなんて、かなり勇気が要るよね。
元カレなんて存在は、あわよくば寄りを戻したい、
と思っているのが相場だからね。
躊躇しているうちに、残ってしまったんだろう。気にすることは無いよ」

そんな風に気楽に聞けると、楽なんだが、
実は智花は、元カレや男の話をするのが嫌いだ。
冗談で男性遍歴を聞いた時には、

「そんな事、あなたに関係ないでしょ!」

と怒りをあらわにし、しばらく家に帰らなかった。

そんなエキセントリックなところが、又魅力なんだが・・・。

とにかく、今はこの箱だ。

元カレの話題には触れずに、

「君の箱なら、君が開けてくれよ」

と軽く笑って頼んでみるか、
それとも智花が留守にしている時に中身を確かめてみるか。

いや、黙って開けてしまうのはマズいだろう。
「開けない」という文字には、強い意思を感じる。
第三者への警告ではなく、自分の意志確認として
「開けない」と書いたのだろうから。

そう思うと、「開けない」は現在進行形だ。
過去の出来事なら、もっと上手く誤魔化すだろう。
もしくはさっさと捨ててしまうかもしれない。

ここに残してあるという事は、
大事な物だが、今も隠さなければならないもの・・・浮気の証拠か。

それなりの重さがある、貴金属では無さそうだ。
箱の角が濡れているように、少しシミがある。
赤いシミだ。

「スイカか? スイカなら、大きさも重さも納得がいく」

「いいえ。スイカなんかじゃないわ」

声を聞いて顔を上げると、
箱を挟んだ向こうに智花が立っていた。

「その中には、これが入ってるの」

俺を見つめていた視線がゆっくりと下を向くと、
智花の頭が、首からズルッと滑って下に落ち、箱の中にドスンと納まった。

すると、智花の頭の重みに引きづられるように段ボール箱がフローリングの床に沈み込んでいく。
床は、その重みに引っ張られてゆがんでいく。
まるで、蟻地獄の巣のように、床は一瞬で俺を吸い込んだ。

ストンと俺の体が床の下に落ちた。

気が付くと、俺は小さな部屋の中にいた。
天井も床も硬いコンクリートに囲まれた殺風景な部屋だ。

俺は箱の中に閉じ込められていることを思い出した。
あの箱は、俺を閉じ込めている、牢獄と言う名の箱だ。

だが、その前に俺は、
智花を入れた段ボール箱を、どこにやってしまったのだろう。
警官たちは皆、それを聞いてくる。
失くし物を探してくれるのだろうか、ご苦労なことだ。
申し訳ないが、たくさんあった箱の行方はまだ話せない。

でも、箱の中身はここにある。このコンクリートの箱の中にあるんだ。
腕も足も胴体も。頭だってほら、俺の周りを飛び回っている。

毎晩のように俺の首を絞め、体を蹴り、所かまわず噛みついてくる。
バラバラになっても智花は変わらない・・・。

以前と変わらず、このままずっと、なぶられ続けるのであろうか。

もう終わりに出来ると思ったのに・・・。

         おわり



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