見出し画像

「百年峠」 ラヂオつくばバージョン  方言編


久しぶりに、不思議な話をアップします。
この物語は、ラヂオつくばの朗読コーナーで昨日放送されたものに
一部修正したものです。どうぞお楽しみください。

『百年峠』

こりゃあもう、はっきりとは分かんねえけど、
明治のご一新の100年も前ぇの話だぁ。

夏前だっつうに、ひっでえ日照り続きで
たんぼもはだけも、からっからに乾いちまってよお。
いっつもなら、カエルや芋虫を狙って飛んでくるトンビや鷹たちもよぉ、
木の陰から一歩も出ようとしねえ。

そんなのに、働きもんの平助のやつぁあよ。朝っからひとっ時も休まねえで、国ざかいにある峠の入り口で畑を耕しておったんだと。

そこにさね。運よくと言うか運悪くというか
篠懸の法衣に、頭襟錫杖つういで立ちの山伏が通りかかっただよぁ。

平助の畑は、峠越えの道沿いにあるもんでよ。
出羽三山に向かう修行僧が通りかかってぇ、
水をくれだの、道はどっちだのって聞いてくることが、ままあったのさ。

そん山伏も、

「こん先の峠を越えて出羽に抜けるにゃあ、どれくらいかかるかの」

って聞いたらしいんだ。
なんね。いつもん平助なら、

「低い峠だで、半時もありゃあ越えられっよぉ」

とか何とか、親切に答えておったもんだがよ、
その日はちいとばかり虫の居所が悪かったんだな。

そりゃあ。鍬もへえらねえような乾いた土の上で一日中、日差しに当てられたら、どんな正直もんでも、おかしくなっちまわあな。

ほんの・・・ほんの小さな腹立ちまぎれに、つまらん戯れ言を言い放ったんじゃ。

「ここは百年峠じゃ。この峠を越えるには百年かかるぞ!」

・・・とな。

さぞかし、山伏ゃあ、おどれえた事だろうて、もし山伏でのうで、侍じゃったら、今頃、平助の首は、畑の肥溜めん中に落ちとったかもしれん。
じゃがな。そこは草木を枕に修行を積んだ山伏だぁ、平助の戯れ言にもそんまま答えてくれたそうな。

「それは大変な峠だ。では百年後にまた会うことにいたそうかい」

そう言って、峠道を上って行かれたんじゃと。

しばらくは野良仕事を続けておった平助じゃったが、いくらも経たんうちに、その山伏の事が気んなり出した。

『なんで仏の道におらりょう人にあげな不親切で無作法なこと、やってもうたんじゃろう』

・・・とな。

せめてひと言詫びを伝えねばと、お日ぃさんが傾きだした道ぃ、峠に向かって走り出したんじゃ。

鹿や猪にだって負けねえ足自慢の平助じゃ。半時も経たずに追いつけるとそん時は思っておったぁ。

ところがの。平助がいくら峠道を急いでも、先を行く山伏の姿ぁ見つからん。

「はあて。半時ほどで越える峠をもういっ時も走っておる。
あの山伏は、そんなに足早えようには見えんかったがのぉ。
どこか脇道に入って迷うてしまわれたか。
うんにゃ。そんな筈はねえ。峠は一本道。間違える訳がねえ」

妙じゃ妙じゃと思うておる内に日がとっぷりと暮れての。
足元が怪しくなってきた頃、平助はようやく峠の天辺に着いたんじゃ。

昼間なら、峠の上からは、広い広い田んぼが見えて眺めがええ。
夜は夜で、ほれ、この時期なら月明かりが田んぼに映って、そら奇麗なもんじゃ。わしも爺さんが若かった頃にゃあ・・・あ、ともかくな。
こう、ギザギザっと連なる山並みの向こうに、満天の星がぶわあっと見えよるんじゃ。

じゃがな。その夜、平助が見た景色は違っとった。
峠から下る道のその先にゃぁのぉ、
山の嶺が分からんほどの暗闇だけが広がっとって、
空にゃあ、ちいとばかしの星がぽつりぽつりと見えるだけじゃったそうな。
空にゃあ星がねえのによ、地面にゃあ星があるんだと。

月明かりも写さねえ真っ暗な地面にな、
キラキラと星よりも明るい、たっくさんの光の点がぁ輝いとったらしい。
その光りゃ、集まったり離れたり、あっちぃ行ったり、こっちぃ行ったり、
動き回っておったそうじゃ。
まるで光の畔道みたいじゃったと言っとったの。

あんまり奇麗なんで、平助はしばらくぼぉ~っと見とれとった。

すんとな、そん光の畔ん間を、ほうき星が斜めに突っ切るみてえに
いくつも連なった四角い光の列が規則正しゅう走り抜けていったと。

よ~く見っと、そん四角い光の列の先頭から煙がたなびいておる。
おまけに、ポッポーとかって笛みたいな音まで聞こえたんじゃ。

それ聞いて平助は、目の前ぇに広がっとる景色がほんに恐ろしくなってきての、枝が落ちる音にもびっくりしてもうて一目散に駆け出したんじゃ。

「うわあああああああ」

って、前も後も分かりゃあしねえ真っ暗闇の森の中ぁ、平助はどうにかこうにか、自分の家まで逃げ帰ってえ、家中の戸を閉めたら布団を被って眠うてしもうた。

次ん朝んなってぇ、平助は女房や子供たちゃあ勿論、村のもんまで集めて、
ゆんべの事、み~んな話したんじゃ。

山伏に道を聞かれた事、越すのん百年かかる百年峠じゃと言うてしもうた事、そん峠の天辺で、地面に星がある景色を見た事、ぜ~んぶ話したな。

じゃが、だ~れも平助の言う事ぁ、信じてくれん。
それどころか、ちいと働き過ぎで、おかしゅうなったんでねえかってぇ
思われてしもうたんじゃ。

それから村のもんは、平助の事を『うつけ平助』『百年平助』って
呼ぶようんなっちまっただよぉ。

それから、平助の子どもたちが、嫁を貰ってわらしを生んで、
その又わらしが生まれ、その又々わらしが生んだ子供たちにも、
この話ゃあ伝えられたんじゃ。

そんで、何代目かの平助の子孫はぁ、峠の天辺から電灯が灯った隣ん町の
陸蒸気(おかじょうき)さ見で、ご先祖さんは決して嘘ぉついとらんかったと誇りに思うたんじゃと。

今は不思議に思える話でも、いつかぁ分かる事があるっつう話じゃ。

とっぴんぱらり、すっからりん。

            おしまい


このお話の方言は、山形弁などを参考にしていますが、いくつかの地方を合成して、どこともつかないような語りにしています。

聞かれた皆さんそれぞれが、どこか知らない町のようでいて、不思議に身近な感じもする、そんな風に受け取ってもらえるとありがたいです。

注:ラストの「とっぴんぱらり、すっからりん。」は、民話を伝承する語り部さんがお終いに言う締めの言葉です。

この物語は、以前書いた物をラヂオつくば用に大幅に手を入れたものです。



#ラヂオつくば #小村悦子 #不思議 #短編 #ショート #百年峠 #怪談 #語り #怪奇 #謎 #タイムスリップ

ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。