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奇妙な試合を創り上げた試合巧者【カタールW杯:準決勝】アルゼンチンvsクロアチア

3-0。日本、ブラジルを相手にPK戦でここまで勝ち上がってきたクロアチアだったが、メッシが躍動したアルゼンチンの前に惨敗に終わった。

個人的にこの試合を一言で表現するとすれば『奇妙』だ。クロアチアがボールを握り失点するまでは彼らが試合をコントロールしていた。しかし、一瞬の隙をついたアルゼンチンが先制して一気に試合の流れを引き寄せた。クロアチアは相手の良さを消してのらりくらりと戦い抜くことが上手なチームだが、この試合ではアルゼンチンがクロアチアのように忍耐強く戦い抜いた。クロアチアにボールを握らせることで、クロアチアの得意とする相手に合わせて適応し優位性を出すサッカーをさせなかったアルゼンチンの試合巧者ぶりが光ったこの試合を覗いていく。

スタメン

アルゼンチン: 4-4-2
クロアチア: 4-1-4-1

ボールを"持ててしまった"クロアチア

この試合でのクロアチアのポゼッション率はアルゼンチンを大きく上回り54%。

マッチスタッツ

クロアチアからすると思ったよりもボールを持ててしまったのではないかと思う。ボールを持て過ぎてしまったことによってクロアチアには「引いた相手を崩して得点を奪う」というクロアチアが1番苦手とするミッションが発生した。

ビルドアップはクロアチアが一枚上手

5:51ではアルゼンチンがハイプレスをかけてきたが左から右へとボールを展開してフリーのコバチッチまでボールを繋ぐことができた。アルゼンチンはハイプレスのスイッチが入ると、選手が連動するのだがメッシのプレス強度は高くなく、結局撤退守備となることが多かった。

5:51のクロアチアのビルドアップ

RSHのデパウルの背後のスペースに流れてソサからのパスを受けたコバチッチ対して、ロメロが長い距離をカバーして危険なタックルに繋がったこの場面。個人的にはここでロメロがイエローをもらっていたら試合展開は大きく変わった可能性があったように思う。CBのロメロやオダメンディは釣り出されて広範囲に渡ってタイトに守備をしていたが防波堤として機能していた。しかし、この早い時間帯でイエローをもらっていたとなるとロメロはタイトに守備を行うことができなくなっていただろう。アルゼンチンからするとこの局面でイエローが出なかったことは幸運だった。

30:15ではクロアチアが自陣でボールを動かしてアルゼンチンのハイプレスを掻い潜り、最後はペリシッチのループシュートまで繋げた場面があった。

下の図のようにソサのバックパスを受けたGKまでデパウルがプレス。グバルディオルがにボールが渡ると巧みなフェイントを使いながらアルバレスのプレスを剥がしてロブレンへ横パス。ロブレンはサイドに流れてきたモドリッチへと繋ぎ、ボールを受けたモドリッチは鮮やかな股抜きでマクアリステルを置き去りにして状況を打開した。そこから鋭い縦パスをCFのクラマリッチに送り、チャンスまで持っていくことができた。

30:15のクロアチアのプレス回避

クロアチアからすればアルゼンチンが前に出て来た時がチャンスだった。アルゼンチンのハイプレスを打開することができれば前方には広大なスペースが生まれているので、ゴールに迫ることは容易になるからだ。

アタッキングサードは苦手分野

ボールは前に運ぶことができてアルゼンチンを押し込むことができたクロアチアだった。個人的にはクロアチアがずっとボールを保持して0-0の時間を長くすればするほど苦しくなったのはアルゼンチンだと思うが、あまりにもボールを前進することができたクロアチアは「ゴールを奪いにいく」という選択肢が生まれ始めた。そして、クロアチアがアタッキングサードに入ると途端に「どうやって攻めたら良いの?」というクエスチョンマークが選手たちから感じ取れた。

11:50のように中盤のブロゾビッチ、モドリッチ、コバチッチの3人が立ち位置を変えながらボールを引き出してサイドへ展開。そしてサイドへ展開したところでノッキングを起こし、バックパスでやり直すかボールロストでシュートまで持ち込めない場面が多々あった。

11:50のクロアチアのアタッキングサードへよ侵入

ラインブレークの数を見てみても、クロアチアはDFラインを超えることができたのは1回のみ。前にボールを運べたが前進からシュートに持っていくまでの形は持っていないチームだった。

ラインブレークのスタッツ(左がアルゼンチン、右がクロアチア)


2つの疑問

まずはクロアチアの攻撃の狙いは何だったのかあまりハッキリしなかったことは残念だ。クロアチアがサイドへとボールを展開した時に日本戦ではシンプルにクロスを入れていたがこの試合ではシンプルな攻撃はあまり見られなかった。かといってサイドでコンビネーションを使ってポケットに侵入する訳でもなく、SBは攻撃を自重しているように見受けられた。特にLSBのソサはほとんどペリシッチの後方でサポートすることが多く、攻撃に良い影響を与えることはできていなかった。アルゼンチンからするとゴール前に人数を集めてシンプルにクロスを上げられた方が嫌だったはずだ。アルゼンチンのDFラインは上背が高くなく、準々決勝のオランダ戦でもパワープレイを行ってきたオランダに2点を献上している。シンプルなクロスを上げるわけではなく、サイドで人数をかけてエグるわけでもなかったクロアチアは攻撃の狙いが不透明だった。

この試合でCFに入ったクラマリッチは中央に留まるのではなく、左右に流れてボールを引き出したり、偽9番の動きで中盤に顔を出していた。その動き自体は良いのだが、クラマリッチの動きに連動する選手がおらず前線にフィニッシャーがいない状況が散見した。偶にパシャリッチやペリシッチが時折中央に入ってくるも、そこから何か起こるといったことはなかった。またクラマリッチが中盤から縦パスを引き出そうとするのだが、収まりが悪く攻撃のリズムを作れなかったことはクロアチアの誤算だったかもしれない。


9人で作る堅守

アルゼンチンはメッシが守備では貢献しないので9人で守備を行う。今大会のアルゼンチンの躍進には彼らのハードワークは欠かせないキーファクターだ。メッシの守備での貢献度(これでも今大会はかなり頑張って守備を行っている)を考慮すると守備と攻撃のバランスを保つことが難しく、アルゼンチンの監督に課される最大の難点だ。しかしながら、リオネル・スカローニ監督は大会を通じて選手を入れ替えながらも上手く攻守のバランスを保っているように思う。この試合のスタメンを見てもMFの4人は全員ハードワークができるタイプで豊富な運動量でチームを支え、メッシとコンビを組むFWのアルバレスは守備では献身的にプレスで貢献し、攻撃では背後に抜け出して深さを出す役割を全うしている。

アルゼンチンが自陣に守備ブロックを作って守った際にクロアチアはほとんどチャンスらしいチャンスを作ることができなかった。そんな中でクロアチアが唯一チャンスになりかけたのが51:54の場面。中央でボールを持ったコバチッチが途中出場のCFペトコビッチとのワンツーで中央突破した場面だ。綺麗なワンツーからコバチッチはパスを選択したがシュートも打てた場面だった。

51:54のクロアチアの攻撃

アルゼンチンはメッシがいるのでボランチまではあまり圧力をかけられない。アルバレスが頑張ってボールホルダーに寄せる場面が何回かあったがモドリッチやコバチッチの技術でいなされることが多く、クロアチアは三列目まではボールを持つことができた。しかし、そこから前進してアタッキングサードに入っていくと手詰まり状態になることが多かった。

シャットアウト

アルゼンチンは61分にパレデスを下げてL.マルティネスを投入して5-3-2にシステム変更。ここからクロアチアはアタッキングサードに入ることすら難しくなった。アルゼンチンは下の図のように3枚のMFを中央に固めてFWへの縦パスを遮断。クロアチアのSBに対してはWBが前に出れる時には飛び出して圧力をかけてDFラインがスライドする形だった。

アルゼンチンの5-3-2の守備

クロアチアの失敗策

クロアチアは後半からペリシッチをLSBにして攻撃の活性化を図ったがLSHのオリシッチが左の大外のスペースを占領してしまい、ペリシッチが上がるスペースがなくなるケースが多かった。その結果、左サイドの攻撃は前半に比べて停滞。また、後半からパシャリッチに代わりブラシッチがRSHに入ったが、ブラシッチは内側に入ってプレーする機会が多く、大外のスペースが空いていたのだが、ユラノビッチもやや内側のポジションを取ることが多く、幅を十分に使って攻めることができていなかった。前半はパシャリッチが気を利かせてユラノビッチのポジションに合わせて幅を取ったり、内側に入ってプレーしていたが、後半はパシャリッチがいなくなり誰も幅を取っていない状態が散見した。クロアチアの交代策は失敗と言わざるおえないだろう。

アルゼンチンが5-3-2にシステム変更してから攻撃が上手くいった場面が83:56の場面。4-4-2のFWに入った途中出場のリバヤがアルゼンチンの中盤の脇に下りてきてボールを受けると、ペリシッチが駆け上がってきてリバヤ+ペリシッチ+オリシッチvsロメロ+モリーナの3vs2の状況を作ることができた。

83:56のクロアチアの攻撃

久しぶりに余裕のある状態でペリシッチがボールを持つことができ、ペリシッチはクロスを上げることができた。残念ながらクロスを上げた時にボックス内の人数が不足していてシュートまで持ち込むことはできなかったが、おそらくアルゼンチンが嫌がるような攻撃を作ることができた。

このシーンを除いてはアルゼンチンの守備は基本的にPA内への侵入を許さない安定した守備でクロアチアの攻撃をシャットアウト。アルゼンチンは攻め込まれる時間は長かったものの、決定機を作らせずに試合を終えた。クロアチアがドツボにハマったという見方もできるが、策に溺れるように仕向けたアルゼンチンが試合巧者であったことは間違いない。


アルゼンチンのギアチェンジ

戦術メッシ

基本的にアルゼンチンはボールを奪うとしっかりとボールを保持しながら前進していた。しっかりボールを繋ぎながら敵陣に入った時にメッシにボールを渡せれば、そこからメッシが何か生み出してくれるからだ。

21:15ではずっと攻められ続けていたアルゼンチンが久しぶりにクロアチア陣内に押し込んだ時に良い攻撃が生まれた。メッシが3人目の動きでモリーナの落としを受けると、ブロゾビッチ、コバチッチ、ペリシッチの3人に囲まれながらもアルバレスとのワンツーでPA前まで侵入した。残念ながらメッシのスルーパスは繋がらなかったが、メッシにボールが入ればチャンスを生み出せることを証明した場面だった。

21:15のアルゼンチンの攻撃

基本的にアルゼンチンはメッシにボールを預けないとチャンスにはならない。メッシ以外の選手たちがユニットで攻撃を仕掛けられるほど攻撃の精度は高くないので、今大会もメッシやディマリアがボールを持ち、相手を引きつけるところからチャンスを作っている。スタッツを見ても右の大外からのアタッキングサードの攻撃が92回と右(ディマリア、メッシがいるサイド)からの攻撃が多いことがわかる。

今大会のアルゼンチンのチームスタッツ

ディマリアは怪我持ちで準々決勝のオランダ戦では途中出場、この試合では出場はなかったのでメッシにかかる攻撃の負担は大きい。しかし、その負担をものともせずにアルゼンチンを牽引してきたのだからメッシは唯一無二の存在だ。この試合の3点目のドリブルからのアシストは圧巻だった。

奇襲の威力

アルゼンチンの攻撃はメッシに依存しているので基本的な攻撃はゆっくり攻めてメッシにボールを預けるところから始まる。しかし、偶に見せるアルゼンチンの奇襲はクロアチアに対して効果的だった。

アルゼンチンの先制ゴールとなった31:07の場面。アルゼンチンはGKのマルティネスから攻撃が始まり、オダメンディがマルティネスからボールを受けた。この時にクロアチアの切り替えが遅れていてクロアチアの守備陣形が間伸びしていた。オダメンディは凄いスピードのドリブルでボールを持ち運ぶとすかさずブロゾビッチの脇のスペースにいたマクアリステルへ縦パスを狙った。モドリッチが縦パスを読んでインターセプトを試みたが、モドリッチが触れたボールはLCMのフェルナンデスへと渡った。この瞬間にアルバレスが背後に抜け出して、GKと1vs1となり最終的にPKを獲得した。

31:07のアルゼンチンの奇襲

これまでのアルゼンチンは両SBを高い位置に上げて、2CBs+パレデスとデパウルの4人でボールを動かしながらゆっくりと前進していた。しかし、この場面ではクロアチアの切り替えが遅れていたことをオダメンディが察知して縦に速い攻撃を仕掛けた。アクシンデント的にフェルナンデスにボールが入ったこともあってクロアチアは適切な対応ができずに失点へと繋がった。ロブレンの背後に流れたアルバレスに対してLCBのグバルディオルは付いていかなければいけなかったが、プレーを見てしまったために反応が遅れた。アルゼンチンはギアチェンジを上手く使ってクロアチアの堅守が整う前に攻め切ることができた。

渋いキャラクターが揃ったアルゼンチン

今大会のアルゼンチンのメンバーは個人的に好みの選手が多く、渋いキャラクターが揃っている。この試合のMFの4人は万能タイプで様々なタスクをこなすことができる。この試合ではマクアリステルがLSH、フェルナンデスとパレデスのダブルボランチ、デパウルのRSHだったが、どの選手がどこのポジションでプレイしても問題がないくらい賢く、適応力の高い選手たちが揃っている。

47:59の場面ではマクアリステルがユラノビッチの背後のスペースに抜け出したところからアルゼンチンはチャンスを作った。この時にパレデスがバランス調整、フェルナンデスがユラノビッチとモドリッチの間の立ち位置を取ったことでユラノビッチを食いつかせることに成功。マクアリステルが中央から左に流れるスペースを作った。

47:59

キャラクターが噛み合った組織

どこまでアルゼンチンのビルドアップが作り込まれていたかは分からないが、中盤は菱形気味に機能させることが多く、パレデスが菱形の底にいて、フェルナンデスとデパウルが菱形の左右に入り、マクアリステルが頂点に入ることが多かった。その中でフェルナンデスはやや前目の位置でプレーする機会が多く、デパウルはビルドアップのサポートにも加わる。個人スタッツを見てもデパウルがBox to Boxで攻守に効いていることがわかる。

アルゼンチンの個人スタッツ

そして、デパウルがビルドアップのサポートに入るとRWBのモリーナが右のワイドに張り出して持ち前の運動量とスピードでアップダウンを繰り返す。深さを出すのはCFのアルバレスの役割で背後にスペースがあれば左右真ん中全てが彼のプレーエリアとなる。アルバレスは所属しているマンチェスターシティでは控えが多いが、試合に出ると存在感を放っている。今大会はラウタロからスタメンを奪い、明らかに良い影響をチームに与えている。特にメッシとの補完性が高く、守備での貢献度の高さと、ラインブレークを常に狙っているので相手のDFラインと駆け引きできる貴重な存在だ。メッシを警戒すればアルバレスが背後に抜け出し、アルバレスを警戒すればメッシがボールを持って魔法をかける。決勝の相手はフランスで個の質では部が悪いかもしれないが、チームとして戦うことができれば勝機は見えてくる。DF陣の粗さは気になる点ではあるが、中盤から前は面白いメンバーが揃っているアルゼンチン。メッシにとって悲願のW杯制覇まであと1勝だ。


https://www.fifa.com/fifaplus/en/match-centre/match/17/255711/285075/400128143?country=JP&wtw-filter=ALL

https://www.fifa.com/fifaplus/en/tournaments/mens/worldcup/qatar2022/teams/argentina/stats

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Gyo Kimura
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