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【読書感想文】米澤穂信を語る──『黒牢城』『Iの悲劇』『犬はどこだ』

 直木賞発表をきっかけに、米澤ワールドに耽溺しています。ちびちび『黒牢城』を読み進めた後は、未読だった『Iの悲劇』『犬はどこだ』を入手して一息に読みました。忘れないうちに感想など書き記しておこうと思います。
※ ネタバレしないよう注意したつもりですが、ヒントになる部分もあるのでタグをつけています


黒牢城

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。
「カドブン」より(https://kadobun.jp/special/kokurojyo/)

 言わずと知れた直木賞受賞作。戦国時代が舞台の歴史小説で、4章の短編から成ります。有岡城のリーダー・荒木村重が、黒田官兵衛のヒントを元に城内の事件を推理します。それでは、章ごとの感想をば。

 第1章「雪夜燈籠」。高校の古典の授業で和歌の技法、特に掛詞を習った時の、謎掛けみたい!とわくわくした感覚を思い出しました。

 第2章「花影手柄」。官兵衛の例の台詞、なんか聞き覚えがあるなぁ、と思ったら。種明かしで「あ、そうだ!」と思わず膝を打ちました。テスト前に暗唱した日々を懐かしく思い出しました。

 第3章「遠雷念仏」。……集中力が切れてきたのか、日本史に明るくない私には少々複雑で。誰が誰だったっけ?と登場人物の関係に混乱したり、ページを繰って少し前から読み直したり。謎解き場面の面白さは相変わらず、引き込まれます。

 第4章「落日孤影」。ひっそり推していた人物の語りが圧巻で……。いちばん夢中になって読んだ章です。何故そんなことを?と腑に落ちなかった部分も、語りの後では納得したというか、感嘆したというか。米澤作品は登場人物のモットーや哲学を大事にするのが特徴だと思っているのですが、それを一際強く感じた章でした。

 私に日本史の素養があったら、もっと楽しめたのに!と思います。黒田官兵衛は「テーマ曲がかっこいい大河ドラマの人」のイメージしかありませんでしたし、荒木村重に至っては名前すら知りませんでした。かたじけなく(世界史選択という言い訳をさせてください……)。当時の文化にも疎く、知らない言葉に出会すたびGoogle先生に頼りました。でも謎解きはほんとうに面白かったですし、短編集なので読み易くもありました(これが長編だったら挫折していたやもしれません)。しばらくしたらもう一度読み直すのもいいな、と思っています。

 それと!米澤先生の直木賞受賞会見を見て、真摯に話されるお人柄が素敵だなあと。10年以上作品を追ってきたのに、顔も、喋っている姿を見るのも初めてで。YouTubeで見ていたのですが、覗き込んできた恋人も賞賛していて、そうでしょうそうでしょう!と得意になりました(おまえは誰だ、という感じですね)。アニメ好きの彼には『氷菓』を布教しました。


Iの悲劇

山あいの小さな集落、簑石。六年前に滅びたこの場所に人を呼び戻すため、Iターン支援プロジェクトが実施されることになった。業務にあたるのは南はかま市「甦り課」の三人。
人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香。出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和。とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣。
彼らが向き合うことになったのは、一癖ある「移住者」たちと、彼らの間で次々と発生する「謎」だった-–。
徐々に明らかになる、限界集落の「現実」!
そして静かに待ち受ける「衝撃」。
「文藝春秋BOOKS」より(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910963)

 目標は移住者を定着させること。彼らが持ち込む数々の事件を前に、市職員の万願寺が奮闘します。

 ひよっこですが、組織で働くいち社会人として涙がちょちょ切れる思いでした。癖のある移住者たちの理不尽な暴言にも耐え、粛々と仕事をし、彼らのために力を尽くす万願寺、なんて健気なことか。労いたい。プライベートを充実させて幸せに暮らしてほしいと願わずにはいられません。じーんとしたのが、東京に出た弟とやり合う場面の台詞。

「ひとはどこに住んでもいいし、何を幸せと思ってもいい。他人を害さなければそこでどんなふうに生きてもいい。生きてもいいことを具体的に保証するのが俺の仕事だ」
『Iの悲劇」単行本 P.245より

 刺さりました。私は仕事に意味付けをしたことがあっただろうか。ただ会社に従い、感情を押し殺してやれと言われたことをやり、日々を乗り切ることで精一杯だ……。

 それにしてもラストは衝撃でした。限界集落を取り巻く問題については大学のゼミで扱ったこともありましたが、当時も今も答えが出ません。自分が都市圏で暮らしてきたので体感でわかっていないのでしょうし、あくまで想像することしかできず。財政的には……、でも住んでいる人がいる限り……、難しいですね。


犬はどこだ

開業にあたり調査事務所〈紺屋S&R〉が想定した業務内容は、ただ一種類。犬だ。犬捜しをするのだ。――それなのに舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、このふたつはなぜか微妙にクロスして……いったいこの事件の全体像とは? 犬捜し専門(希望)、25歳の私立探偵、最初の事件。新世代ミステリの旗手が新境地に挑み喝采を浴びた私立探偵小説の傑作。
東京創元社HPより(http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488451042)

 銀行を退職し地元に戻った紺屋が、高校の後輩・半田を雇い、探偵業務に勤しみます。

 高校、大学、就職と順風満帆な進路を辿ってきた紺屋。彼の挫折が苦く切なく感じられました。去る事になったとはいえ、銀行でも彼は有能だったのでしょう。でも人に対して「使える」「使えない」と言うのは、ちょっと嫌だな。余談ですが、米澤作品の主人公とその周囲は、賢く、教養があり、有能な人物が多い印象です。ミステリが軸だからそうせざるを得ないのかもしれませんが。私みたいなタイプは米澤作品に登場できないなぁ、と言っても詮無いことで悲しくなったりします。笑

 そこかしこに伏線が張られ、続きが気になってページを繰る手が止まりませんでした。そして米澤ワールドらしく何とも言えない読後感。様々な感想がありそうですが、私は、納得しました。綺麗事で終わらせない結末が好きだなと思いました。紺屋が当事者を諭して解決、という展開は見たくなかったので……。尊厳を踏み躙られた人間が、あの結末を選ばざるを得なかった、というのはわかる気がするのです。


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 今は本にまつわるエッセイ集の『米澤屋書店』を読んでいます。米澤先生の文章力と教養はこうして培われてきたのか……と頭の中を覗いているような心地です。

 長々と書き連ねましたが、好きな本を語るというのはやっぱり楽しいですね。そして、私はミステリが好きだ!と再認識しました。最近はキュンキュンする恋愛ものよりも、謎を解き明かすミステリのほうがドキドキして面白く感じます。他のミステリ作家さんも開拓したいなぁ、と思うこの頃です。


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