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ラバーズ・オータム

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甘い、苦い、切ない。 まるでコーヒーやウィスキーのように微妙で不安定な恋人たち。
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2018年12月の記事一覧

章 「ん」

千章(ちあき)は左向きに眠る。左肩を下にして左耳を枕にぎゅうっと押し付けて、膝を折り曲げてひらがなの「ん」みたいになり、手を脇の間に挟んで眠る。それがベストなのだ。それがベストだということに気づいたのは、千章が高校生の時で、インターハイ予選前日の眠られない夜に、なんとか見つけた眠ることのできる体制だった。それから彼女は毎日その「ん」ポーズで眠ったし、素敵な夢を見ることもあった。例えば、目がさめると

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エラーキャンセル

 チカは店に入るやいなや、大きなあくびを一つして赤いマフラーの結び目を前に持って来て、解いた。わあー、あったかい。

「今日は、冷えますね。夜、遅かったんですか? 」

と、Barケイの常連であるシンジが尋ねる。彼はどす黒いビールを飲んでいて、いつもチカはその黒いクラフトビールをよく飲めたものだと思っていた。アフターダーク。

「動画、見てたら眠れなくなっちゃって」
「動画? 」
「はい、MLBの

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ザクロ色のなみだ

 オリオン座が光る、香織と拓磨は狭い六畳間でカップラーメンが出来上がるのを待っていた。オリオン座、見えないかなあと拓磨は言ってベランダに出ると、香織の座っているソファは急に温もりを失って星屑が入ってこようとするのをモスグリーンの遮光カーテンが遮った。
 今、何時かな? とベランダから帰って来た拓磨に香織が問うけれども返答はなくて、ただ、曇っていて星なんて見えなかった、と拓磨は落ち込み、ピピピとスマ

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