夜逃げと親友


親の仕事や病気やらなんやらで転々とし続けた子供時代、その動きがようやく落ち着いた頃の話。

最後の転校先で早々に親友ができた。

彼は古びた商店街の閑古鳥の鳴く個人商店の子供で良く言えば逞しく、悪く言えば貧しい子供だった。

どういう経緯か仲良くなり、もう毎日と言っていい程に一緒に遊んだのではないかと思う。

当時は既にファミコンが広まり始めた時代であったが諸事情から我が家では友達と遊ぶことが出来ず、まだ彼の家も貧しいからかファミコン的なものとは無縁だった。

それでも子供というのは元気なもので彼の家の庭で穴を掘っては秘密基地を作ったりと飽きずに色々とアナログな遊びをした。
尚、庭に大穴を開けた時は二人共しこたま怒られた(笑)

遊ぶ内容では無く、とにかく共に時間を過ごす事が大切だったのだと思う。

そんな彼だが次の学期を待たずして姿を消してしまう。

彼だけではなく家族全員・・・そう、夜逃げだった。

ある日私が不在の間に彼が家にやってきた。私に借りたものをわざわざ返しにだ。
夜逃げの当日だった。

夜逃げの事実と彼の訪問を知った際は正直泣きじゃくったのかどうかも覚えていない。ただぽっかりと心に穴が空いた感触だけが残り、この空虚さは何年も続いた。

私の親は彼の家の状況を薄々気づいていた様で記憶は曖昧だが出資して助けるかどうかすら聞かれた気もする。私の回答は「否」だった。彼を助ける事に迷いはない。但し彼の家が夜逃げに至った理由があまりにも愚かだった事が私に「否」を選ばせた。親友の為になるどころか、砂漠に水を撒く行為だったからだ。

正直なところ与えられた情報から現実的な回答を誘導された気もするし、その時の親の考えは今となってはわからない。ただ救えたかも知れない友人の手を自ら手放した自覚だけは残った。

最初に貧しい子供と書いたが彼は信念を持ち知識と礼節を身に着けた気品に溢れた子供だった。

これがファンタジー小説なら滅亡した王家の忘れ形見である事は疑いない。

反対に私は無能で世間知らずな貴族のボンボンだと自分でも納得(笑)できる配役の妙だ。(だいたい物語冒頭で哀れに○ぬ)


彼の夜逃げの話が広まった頃だろうか。少しずつ慣れてきた小学校でスネ夫(何処の世界にも必ず一人は存在する)が彼の事を馬鹿にしていたのを耳にした。
自分の力では何も出来ない、した事もないスネ夫が既に自分の足で歩いている親友の名誉を汚したのだ。

その時握りこぶしを作った事を覚えている。でも私はようやく得たばかりの落ち着き先と彼の名誉を天秤にかけ、我が身可愛さにその拳を振るう事はなかった。以来、僕の右拳は振り下ろす先のないまま彷徨っている。


彼と会うことはもう二度と無いだろうが自分のなかには一つの確信がある。どんな逆境があろうと彼が負ける事はないだろうと。それ程までに彼の魂は高潔なものだと当時の僕は無条件に信じていた。自分が汚れた魂を持つからこそ、彼の魂の輝きが本物であるとわかるのだ。

それでもふと思い出す。
元気に幸せでいてくれれば良いなと。


<別の親友の話>


<どくのぬまちをあるくのにそんなそうびでだいじょうぶか>

ちょっと真面目な話やネタ的に笑えない内容が放り込まれたマガジンです。他のマガジンはこれとは逆で緩めです(゚∀゚)


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