夕暮れ時に少年が心躍らせたこととは...『夏の日の少年』
飛行場が近くにある以外は、
のどかでなにもない街。
ゆったりと流れる時間にやきもきする。
もうすぐ夏休みも終わり。
だいたいの子供が憂鬱を感じているだろう。
でも僕はそんなことよりも、
早く明日になって欲しい。
太陽の日差しがまだ優しくなっていく少し前、
通りから緩やかな坂道を下っていく。
車の音が聞こえなくなり、
静かに流れる風の音が気持ちよくなった頃、
いつもの公園が顔を出す。
今日は日曜日。
木漏れ日が揺れて遊ぶ中、
寄り添ってるカップルがたくさんいる。
夢中でボールを追いかけている同級生や近所の子らに声をかけ、
僕は抱えていた子犬のペスを放す。
ペスもボールを追いかけるように、僕らの仲間に入る。
この地域はサッカーが盛んだ。
野球よりも断然人気があるし、多くの子供たちは小さな頃から
サッカーボールに慣れ親しんでいる。
強いクラブチームや、強豪の高校は僕たちの誇りだ。
だからこそ、強いクラブチームには4年生にならないと入れない。
小さいうちから入れるクラブももちろんあるが、
一旦入ってしまうと他のクラブにはいそいそと移籍できない。
ここにいる連中は、憧れのあのクラブに入りたいやつばっかだ。
なにも考えずにボールを追いかけているのは、楽しい。
いや、その瞬間は楽しさを感じている余裕さえない。
タイムマシーンにでも乗ったかのように、
あっという間に時間が過ぎる。
僕はこの感覚が好きだ。
もしも時間がゆっくりとしか過ぎないのであれば、
一番の楽しみが来るのを待ちぼうけする時間も長くなってしまうから。
夕焼けが終わる頃、みんな
「腹減ったー」って言いながら走って帰る。
早く夕飯が食べたいってのもあるんだろうが、
やっぱみんな家が好きなんだと思う。
僕だって家は好きだ。
お母さんは優しくて、ごはんもおいしい。
でも僕の家は普通の家とはちょっとちがう。
ジグソーパズルの最後のピースが揃わない。
ぽつんと残された僕は、物静かな街には不釣り合いな
浮かんだ雲を引き裂くジェット機の音を聞きながら、
空を見つめる。
沈む夕日と満月が、
空の端っこに浮かんでる。
夕闇が迫り来る足音は、
その間を走っていた飛行機雲を散らかしていく。
なんとなくいい予感がした。
僕はペスを抱きかかえ、電話ボックスに駆け寄る。
お母さんに電話してみると、やっぱりだ。
こぼれ出す笑顔の僕の頬を、
ペスがはしゃいで舐めてくる。
明日帰ってくるはずだったお父さんは、
今日の夜にはこっちに着けるって。
月に一度しか会えないお父さん。
パイロットをやっているお父さんは、
ふだんは東京に住んでいる。
強くて優しくて、帰ってくるときには
いつもなにかプレゼントを持って帰ってくる。
ゲームのカセットだったり、
ラジコンだったり、
プラモデルだったり。
でも僕が一番嬉しいのは、
お父さんという最後のピースが揃うこと。
お父さんとお母さんとペスとの4人の時間。
まあ、ほとんど僕がお父さんを独占しちゃって
お母さんには悪いんだけど。
赤い空をさえぎって、
ポツポツと街灯に灯がともる。
僕は急いで公園を背に走り出す。
途中でひっかかった信号機。
ガードレールを叩きながら足踏みする。
この坂道を上ったら、
サッカー以上の楽しみが僕を待っている。
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