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座ることは本質的に不健康 『運動の神話(上)』 書評その2

『運動の神話』より引き続き、私たちの身体は「狩猟採集社会に適応した身体である」ことを前提に「座ること」「睡眠」について考察。

■座ることは本質的に不健康

ちなみに平均的なアメリカ人は、1日に13時間座っているとのことですが、本書第三章では、

1日3時間以上座ることは、世界の死亡原因の推定4%を占め、1時間座るごとに20分の運動で得られる利益が失われているほど有害

本書第三章。以下同様

壮健な男性でも1日をほとんど座って過ごしている人は最も座っている時間が短い人に比べて2型糖尿病などの炎症関連疾患のリスクが65%も高かった。

週に7時間以上の中強度または激しい運動をしている人でも、それ以外の時に座っていることが多いと、心血管疾患で死亡するリスクが50%高くなる

一度に12分以上座り続けることをほぼしない人たちの間での死亡率は低く、30分以上立ち上がらずに座っていることが多い人たちでは特に死亡率が高かった。

ということで、座ることは不健康なんですが、より具体的には「背もたれのある椅子に長時間じっと座っている」のが不健康だということらしい。

そもそも原始狩猟採集社会においては、まず「背もたれの椅子」というのが存在しません。

王様や貴族が使う椅子は除き、背もたれの椅子が大衆に普及したのは、ドイツの家具デザイナー、ミヒャエル・トーネットが1895年に「カフェチェア」という椅子を大量生産する方法を考案してから。

背もたれのない椅子は、状態を支えるために背筋や腹筋を無意識に使っているし、椅子がなくてしゃがんでいる時は、脚、特にふくらはぎの筋肉を使っています。

つまり背もたれの椅子は最も効率的な座り方(=カロリー消費の少ない=筋肉を使わない)なので、運動不足になってしまうのです。

一方で、原始狩猟採集民は、前回1日平均7時間働いているとしましたが、我々と違って歩いては立ち止まり、そして根茎を取るために掘り、など全てが肉体労働でデスクワークなるものは存在しません。

そして休んでいる時、つまり座っているときは、背もたれ椅子はないので地べたに座り、会話をしつつ、足を入れ替えたり、ちょっとものをとったり、と長時間じっと座っていることはありません。ちなみにタンザニアのハッザ族の例では、調査した結果、通常15分間同じ姿勢を続けることはない、ということが判明。

要するにじっとしているのがよくないのです。なので座りながらも落ち着くなく手足を動かしていることが大事。

落ち着きなく動く腕や脚には有益なレベルの血流が促進されることが判明した。さらにある研究では落ち着きなく体を動かす人の死亡率は、他の運動、喫煙、食事習慣、飲酒などの要因を補正した後で、30%も低いという結果が出ている。

なぜなら、筋肉をじっと動かさないままに放置しておくと、血液中の脂肪や糖が使われずに血中濃度が高くなって炎症を起こしてしまうから。しかも筋肉を動かすことで放出される炎症を抑えるタンパク質「マイオカイン」も放出されず、更に炎症を悪化させてしまうから。

整理すると、

長時間、背もたれ椅子に座っている
→筋肉が動かない
→血中の脂肪・糖濃度が上がる
→炎症が起きる
→2型糖尿病などの炎症関連疾患を引き起こす

なので、デスクワークする場合は、

*背もたれのない椅子を使う(背もたれがあっても使わない)
*1時間のうち、4回以上「足首」や「手首」を動かす

のが効果的。

なお、フリーアドレスのオフィスでよく見かける「立ち机」ですが、今の所、立ち机に大きな健康メリットがあると「お墨付きを与える綿密に計画された慎重な研究」はまだないそうです。

■最適な睡眠時間は7時間

最適な睡眠時間とは、一日約7時間です。多すぎても少なすぎても良くないというエビデンスが数多くあります。そして原始狩猟採集民も平均7時間睡眠をとっています。

狩猟採集社会=暖かい季節:5.7ー7.5時間、寒い季節:6.6−7.1時間
先進国社会 =暖かい季節:約6.5時間、    寒い季節:7ー7.5時間
非工業化社会=   通年:6.5ー7.0時間
           ※先進国:米国、ドイツ、イタリア、オーストラリア

●2002年ダニエル・クリプキ100万人以上の米国人の調査
一晩に時間睡眠をとるアメリカ人の死亡率は、時間半〜7時間半の睡眠をとる人よりも12%も高かったのだ。さらには時間以上睡眠をとる「ヘビースリーパー」と時間半の睡眠をとる「ライトスリーパー」の死亡率も15%高かった。

一般に草食動物は危険回避のために睡眠時間が短く(シマウマ→3−4時間)、肉食動物は睡眠時間が長い(ライオン→13時間)。大部分の哺乳類は8−12時間の睡眠時間で、人間は、平均値より若干少ないのが理想的ということ(チンパンジーは11-12時間→樹上生活なので人間より安全だからでは、といわれている)。

■人間にとっての睡眠の役割

○成長促進

 成長の約80%はノンレム睡眠時に生じます。

○記憶の定着・整理

脳の部位「海馬」が、ノンレム睡眠中に1日の記憶を整理・分類し、役に立たない記憶を廃棄し、役に立つ記憶を大脳皮質に送り込みます。

○脳内ゴミの排出

脳は体全体の20%のカロリーを使うため、高濃度の代謝産物を大量に生成。肝臓や筋肉などの組織は、代謝物は直接血液中に送れるのですが、脳は血液が直接脳細胞に触れないよう血液脳関門によって隔離されているため血液中に直接送れません。

したがって脳内ゴミを廃棄するという特殊なシステムを持っていて、このシステムがノンレム睡眠中に稼働(覚醒中は脳が活発に働いているので、このシステムが稼働できない)。

ちなみに長時間睡眠を取らないと、認知機能が急激に低下し、認知機能障害やパラノイア、幻覚などを引き起こします(脳を持つすべての生物も睡眠は必須)。

■「暗くて静かな寝室」は、近代化以降の特殊な慣習

これも面白い。夜寝るのは人間が哺乳類の中でも特殊な部類に入る昼型(大半の哺乳類は、捕食者回避の目的から夜行性)なので、人類誕生以降からそうだったと思いますが、実際には、近代社会以前では、火の焚かれたウルサい環境の中で寝ることが多かったといいます。

数多くの文化では、寝ている人の隣で話をしたり、セックスをしたりするのは普通のことであり、母親が常に赤ん坊と寝るとは限らないのは、欧米化した現代の家庭においてのみ見られる慣習だ。

本書第四章、以下同様

狩猟採集社会でも

概して採集者たちは混乱に近い状況で眠っている。人々は大抵、騒音や光を遮るもののない、かなり賑やかな環境で、焚き火の横に集団で横たわって寝る。

そして

現代人が暗くて静かな環境で眠ることを好むのは、文化により定着した習慣だ。静かで暗い場所でないと眠れないという人は、進化の面からみて異常なのである。

とのように、人類が20万年前に誕生して以降、個別の寝室で寝るという慣習は、現代の先進国と発展途上国の一部富裕層だけに見られる特殊な社会慣習。

■不眠症の克服

アメリカの成人の約10%は診断可能な不眠症で、3040%は何らかの睡眠不足で、アメリカ人の%は睡眠薬を服用(厚生労働省HPによれば、日本も全てアメリカとまったく同じ比率でした!)。

ちなみに睡眠は二つの生物学的プロセスによって制御されています。それは「体内時計」と「恒常性維持システム(ホメオスタシスという)」。この二つのシステムが協調して働き、睡眠と覚醒のサイクルを維持。

【体内時計】
脳の視床下部にある特殊な細胞群(=視交叉上核)のこと。朝になるとコルチゾールを分泌させて覚醒を促す。夜になるとメラトニンを分泌させて眠りを誘う。
【恒常性維持システム】
起きている時間が長ければ長いほど、脳がエネルギーを消費した時に残るアデノシンなどの分子が蓄積されて、睡眠圧が高まるようになっている。そしてノンレム睡眠中にリセットさせる。

○なぜ多くの現代人は、眠れないのか?

なぜなら著者曰く、生命を脅かす危機に反応する「闘争と逃走」システム(※)を活性化させているから。一般的な言い方では、過剰に交感神経系を活性化させてしまうから、です。

※「闘争と逃走」システム
危機的状況になると人間は、アドレナリン(本書では米語の”エピネフリン”と表現)とコルチゾールというホルモンが放出することで、心臓の働きを速め、血液中に糖をみなぎらせ、消化器系の機能を停止させ(だから緊張するとお腹が痛くなる?)、注意力を高めます。これにより「睡眠プロセス」は阻害されてしまう。

現代人の場合は、人間関係のストレス、通勤のストレス、時間のかかる宿題のストレスなど、慢性的なストレスによってコルチゾールなどのストレスホルモンが過剰になり、眠るべき夜に目が冴えてしまう。

○不眠症の具体的克服方法

【運動】

一番副作用がなく効果的なのは運動です。ただし寝る直前の運動は交感神経を刺激してしまうのでダメ。一日の早い時間にサッカーを1試合したり、ガーデニングを1−2時間したり、長い散歩に出かけると、睡眠圧を高め、体を刺激して副交感神経を活性化(休息と消化反応)させます。具体的にはコルチゾールとアドレナリンの分泌量を低下させ、体温を下げ、体内時計を同期化。

「あらゆる年齢層の2,600万人以上のアメリカ人を対象にした調査結果」
週に150分以上の中・高強度の運動を定期的に行なった人は、睡眠の質が65%向上しただけでなく、日中に過度の眠気を感じることも少なかった。

【睡眠薬】

「睡眠薬は危険だ」と著者は警告しています。

3万人以上を対象としたある観察研究では睡眠薬を定期的に服用しているアメリカ人の成人はその後2年半以内に死亡するリスクが5倍近くに増加していた。

他の多くの研究でも睡眠薬はうつ病、がん、呼吸器系疾患、精神錯乱、夢遊病および他の危険性との間に強い関連性があると報告されている。

【飲酒】

アルコールは最初は眠気を誘うことはできても、睡眠を維持する神経伝達物質を混乱させてしまうため、避けた方がいいと言います。

私も飲酒ですぐに寝るタイプですが、なぜか必ず午前2時に必ず目が覚めてしまいます。


以上、ここでも「運動が大事だ」という結論。次回は上巻の最後「筋肉と暴力について」。追って紹介します。

*写真:越後湯沢にて「山の湯」より(2023年1月撮影)


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