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「日本の分断」三浦瑠麗著 書評

<概要>
政治領域の価値観調査によって日本国民と既存政党の政治的価値観の状況を分析した上で、日本には健全な民主主義を育む観点から「いい意味」での分断による対立軸が必要だと提言した著作。

<コメント>
前半の日本人価値観調査とその分析は見事で、調査結果に基づき与野党を分ける属性や属性に基づく与野党それそれの戦略など、興味深い政治的イシュー(格差、グローバル化、ポピュリズムなど)に関する説得力の高い論が満載。ただタイトルにもなっている後半の「日本の分断」については、これがメインな主張でもないのでタイトルのせいで内容を誤解されるのでは、と思ってしまった読後感でした。

■経済的・社会的嗜好の分析について

テレビのコメンテーターとしても著名な三浦瑠麗さんの価値観調査は、政治的領域を対象にした調査。文藝春秋オンライン版でも目にしていたのですが、これはとても興味深い分析。

以下トライしていない方は是非トライしてみてください。自分の政治嗜好が自覚できます。

そして、本書の価値観調査に基づく分析は、政治の世界でもやっとマトモなマーケティング調査がされたんだなと、感慨深いです。民間同様、マーケティング調査で難しいのは「軸の設定」。何を軸(属性)に分析するかという点。

その点、三浦さんの設定した軸は真っ当で、この軸に基づいた分析は以下の通りで綺麗に分類できています。

*経済:成長重視(経済保守)⇄分配重視(経済リベラル)
*社会:伝統重視(社会保守)⇄多様性重視(社会リベラル)

まずは縦軸横軸設定。これによって4つのクラスター(感染症のクラスターじゃありません)を設定。

この結果、クラスターは以下のようになったのですが、これまでは軸は「保守」「リベラル」か、がメインで「自由主義」「介入的保守」のクラスターは、マスメディア等でも今まであまり議論の俎上に上がっていなかった気がします。でもこれが意外に多いのです。

①保守   (28.8%):経済成長と伝統嗜好  →自民党保守派に多い
②自由主義 (27.2%):経済成長と多様性嗜好 →自民党一部と維新に多い
③リベラル (26.3%):分配重視と多様性嗜好 →共産党・れいわが典型的
④介入的保守(17.7%):分配重視と伝統嗜好  →既存政党に該当なし

ただ、日本の場合は、どのクラスターも極端な傾向がなく、全てマイルドな嗜好だということ。どうりで原理主義者が少ないわけです。一応、既存政党の傾向も、所属議員の結果を参考に併記しましたが、党派によって大きく差がありません。特に立憲民主党や国民民主党、公明党は縦軸にも横軸にもよらず、中心に近くて明確な色がなく、ある意味ファジーな政党。

「自由主義」も著者が米国にならって「リバタリアン」という呼称にしてますが、一般的なリバタリアンのイメージには程遠く、適度な分配も認めるマイルドなリバタリアンというイメージ。

一方、米国の場合は、共和党と民主党で完全にクラスターが真っ二つに割れ、日本で27%を占める「自由主義者」が「4%」とほとんどいないのが特徴的(米国研究チーム:ボーター・サーベイ調査結果)。

これは、著者曰くの「価値観の定食メニュー化」現象。行動経済学的にいう、いわゆる内集団バイアスが強く、価値観によって支持政党を決めているのではなく、支持政党によって価値観を決めているのです。例えば「マスクをするしない」は「共和党支持者はマスクをしない、民主党支持者はマスクをする」。気候変動対策に関しては「共和党支持者は対策は重要ではない」「民主党支持者は対策は重要」というようになります。

【共和党】伝統的価値観を重視しつつ、経済面は分配嗜好(トランプ支持のポピュリスト)、成長嗜好(昔からの共和党支持者)双方を取り込んでいる。

【民主党】社会的には多様性重視で経済的には分配嗜好。

私自身は、経済的には「経済成長重視・絶対貧困ゼロ」、社会的には「多様な価値観重視」な世の中が誰にとっても幸せな世の中を作ると思っています。

経済的には経済成長させて全体の富を継続的に増やし、その上で絶対貧困は撲滅(格差は認める)。社会的には多様性を認めたうえで、個人個人は、それぞれのよるべき術となる価値観(伝統・宗教・文化・芸術・スポーツ・学問・祭祀などなど)やコミュニティ(家族親戚・地域・勤め先・趣味仲間・ボランティア仲間など)を大切にする社会。

したがって著者設定の軸にはどれも当てはまりません。強引に当てはめると「個別のコミュニティを重視するマイルドなリバタリアン」か。それでも、どの分類かといえば診断結果は、典型的な「外交安保リアリズム(後述)&自由主義」でした。

■「外交・安全保障」が与党と野党を分ける属性

米国のように経済面、社会面で明確に党派が分かれない日本。それではどのような「属性=軸」が日本の党派を分けているのかといえば、調査の結果「外交・安全保障」と判明。これは政界の人にとっては画期的分析ではないでしょうか?

*与党支持者(外交安保リアリズム)
日米同盟強化しつつ憲法改正して自衛隊を法的に積極的に認めるという立場。

*野党支持者(外交安保リベラル)
憲法改正や日米同盟強化に反対し、自衛隊の役割拡大にも賛同しない立場。

ただ外交安保リベラルは支持層が少ないので、これが野党の支持率が伸びない理由だとして、野党は外交安保リアリズムに転換した上で、行き場を失っている自由主義者(外交安保リアリズムと相関あり)を取り込めば十分政権交代も可能だというのは、説得力があります。

そういう意味では立憲民主党は、共産党とタッグを組むのではなく国民民主党や維新の会とタッグを組んで政権に挑んだ方が現実的なようです。

■ルサンチマンに基づく活動は回避すべき

カルト宗教の活動のように「世界は破滅に向かっている」みたいに恐怖心を煽って賛同を得るみたいな手法に似ているのがルサンチマン的志向による政治活動。

トゥーンベリさんや#metoo運動も例に出し「人間が自然を破壊してしまう」「強欲資本主義が世界を滅ぼす」的なルサンチマン(弱者→強者への怨恨)に基づく支持は、全てをシステムのせいにして責任転嫁してしまえば気は楽になるかもしれませんが、その先がないため、短期的な賛同しか得られない、としています。

個人的には、格差批判もルサンチマンみたいなもので、絶対貧困を解消し全員が衣食住満ち足りればそれ以上のものは経済的には問題がないのに、貧困を格差のせいにするのは問題を履き違えているように感じています。

同じように他者に自分の信条を強制する「教条主義」や「原理主義」もルサンチマンの産物であり、抑圧や差別を受けた人たちが「正義の名の下に相手を糾弾すること」に陥り、多様性を認めない方向に陥ってしまうのは回避すべきでは、と思っています。

■日本はもっと分断すべき

三浦さんがいう「分断すべき」というのは、先進国中、日本だけが政治嗜好が偏っていないマイルドな層がメジャーなので、政党選択の必然性が薄くなってしまい、自民党政治が長期政権になってしまって健全な民主主義が機能しない、という現状を憂いて。

更に現状の「安保・安全保障」軸だけでなく、経済面・社会面など多様な価値観に基づいて有権者が有効な選択肢が取れるよう、与野党双方がもっと政策面で意図的に分断し、どの政策をより支持したいのか、という政策面での選択権を有権者に提示することでより多くの人に政治に関心を持ってもらえれば、より幸福な日本が将来に向かって築けるのでは、という理由です。

ただし「分断推進」についてはおかしな方向にいかないことを祈ります。アメリカのように党派性=内集団バイアスが強くなりすぎて、「マスクをするべき」などの真っ当な政策が通用しなくなったり、自分で考えずに党派性で安易に価値観を決めてしまう、というようなことが起こってしまいます。

またアメリカの分断で問題なのは、分断そのものが問題なのではなく「対話なき分断」が問題。地理学者ジャレド・ダイアモンドが「危機と人類」で述べていたように「昔は意見が違う党派間で対話が成立していたが、今は対話が成立していない」と嘆いていたのを思い出します。

以上、三浦さんは「テレビのコメンテーターよりも文筆家の方が合っているのでは」と思わせる、読む以上の価値のある著作でした。

※写真:千葉県 鎌ヶ谷市にて

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