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言い切るのは苦手である

私は、物事を言い切るのが苦手です。

なので、こういった文章だと、意識して言い切り型にしています。

人は多様である=答えはそれぞれにあっていい=?

私はそれぞれの中に答えがあっていい、と思っています。そうすると、「絶対的なもの、正解や一般常識」といったいわゆる「普遍的なもの」は究極はないように思っているのです。

だから「GTDやコーチングが人生にとって有益なものだ!」という考えも押しつけるものではなく、私がただ感じている、個人的なものでしかないように思うのです。だから、断言はできないと思いますし、そうなってくると、主張を言い切るのは、あまりしたくない、と思うのです。

それでも言い切るのは・・・

言い切ることは、自分の考えや個性を相手にぶつけることになるのだ、と思っています。おそらく、何かをこういった場で主張する、というのは私という刺激をもとにして何か気づきが生まれることを願うからこその行為なのです。

ちょっと怖いことですし、誤解されたらどうしよう、といった気持ちもありますが、それは認めつつも、気づきのための刺激になるように、自分の気持ちよりも断言度合を高めて、言い切りにするようにしています。

実は・・・

私は結構なビビり人間です。人の目を見るのは苦手だったりします。見るということは、見られることでもあるからです。

でもそういった刺激が自分の考えや感情、色々な気づきを生むことも事実です。だからそういったこととも付き合って生きていこうと思っているわけです。怖いもの見たさ、というヤツでしょうか。

というわけで、たまにはGTDではなく、個人的な気づきみたいなこういう記事もありますが、興味があればお付き合いいただければ幸いです。





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