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くしけずる

7年前に買ったさつまつげの櫛。
辻忠商店さんの彫解櫛・桜4寸中歯、美しい桜の模様が彫り込まれている。
手に入れた当時は髪を伸ばしていたのだけれど、今はショートヘア。
それでも髪を梳く時間はとても気持ちがいい。
サクリ、サクリと地肌を滑る歯の心地よさ。
歯の間を通る髪の毛の感触。
そのほんの少しの違いで、痛んでいるかどうかがわかる。
時折椿油で汚れを落とし、油分を補給する。
少々くたびれてもそのたびにツヤツヤと蘇る姿はとても美しい。

正直に言うとここ数年、櫛をしまい込んでいた。
生活も道具も、自分自身すらも蔑ろにしていた時期――そのころは何かを手入れする時間より使い捨てて済むスピード感が重要で、消費と消耗に溺れた苦い記憶。
けれどうつ病が良くなるにつれ、最近はじっくり自分と向き合う時間が増えた。川が流れるように、自然と、心がその方向へ整ったと言えるように。
体のこと、心のこと、部屋のこと、掃除のこと……
たかが櫛、されど櫛。
そうして、道具を扱うことの大切さを再び思い起こすことができた。
髪を梳くことは、すっかり朝晩の習慣である。
ほんのり飴色を帯びる櫛を使っていると、待たせてごめんねと思わずにはいられない。

良い櫛は三代先まで使えると言う。
いつか誰かの手に渡るその時までは、わたしが大切に預かっていよう。
この櫛で、白くなった髪を梳くのが今から楽しみでたまらない。






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