見出し画像

それで命って、どうやってやるんだっけ。

アメリカの大統領選挙まで、いよいよあと3週間。
時代の大きな転換期。
いよいよ世界が壊れていくなんて、ファンタジーだろ、頭おかしいの?
って思っていた風潮が、いよいよ変わりつつある。
おかしなこと、
理不尽なこと、
怒らずにいられないことが世の中に溢れて、
みんな、豆鉄砲を食った鳩みたいにただいま、思考停止の考え中。
あるいは何か、怒りの対象を見つけて怒っている。
そりゃあその悪いことした奴を捕まえて糾弾することも大切だけれど、
そろそろ真剣に、これからの次の世の中がどうなっていくのか、考える段階に来たんだなとひしひしと感じる。
それは、新しく私たちが1から創って(作って、造って)いく、
ということでもあるけど、
まずはとにかく、私たちがもっとぐにゃんぐにゃんに自由になって、新しいものを想像するということ、だと思う。

NESARA((国家経済安全保障及び改革法)National Economic Security and Reformation Act
GESARA((世界経済安全保障及び改革法)Global Economic Security and Reformation Act


1.違法な銀行および政府の活動により、すべてのクレジットカード、住宅ローン、およびその他の銀行債務を債権放棄します。多くの人がこれを「ジュビリー」または借金の完全な赦しと呼んでいます。
※銀行債務の取り消しで、完全な債務免除と呼ばれている。
2.所得税を廃止します。
3.アメリカ合衆国内歳入庁(IRS)を廃止します。IRSの従業員は米国財務省の売上税地域に移されます。
4.政府に対して17%の定額の非必須アイテムのみの売上税収入を作成します。但し、食料と医薬品には課税されません。古い家などのアイテムも売上税になりません。
※食料品と薬、中古住宅のような中古品には課税されない。
5.高齢者への年金給付を増やします。
6.すべての裁判所および法律を憲法に遵守します。
7.貴族継承の名を復元します。
8.GESARAの発表から120日以内に新しい大統領選挙と議会選挙を確立します。
暫定政府はすべての国家緊急事態を終了し、私たちは憲法のもとに戻ります。
9.選挙を監視し、特別利益団体の違法な選挙活動を防止します。
10.金、銀、プラチナの貴金属に裏打ちされた新しい米国財務省のレイボードル通貨を作成し、1933年のフランクリンルーズベルトが始めた米国の破産を終らせます。
11.米国運輸局による米国の出生証明書の記録を、奴隷財産債として販売することを禁止します。
12.憲法に沿った新しい米国財務銀行システムを開始します。
13.連邦準備銀行制度を廃止します。移行期間中に、連邦準備制度は、マネーサプライからすべての連邦準備制度のノートを削除するために、1年間、米国財務省と遵行して活動することが許可される。
14.財務的な個人のプライバシーを回復します。
15.憲法上において全ての裁判官と弁護士を教育します。
16.世界中のすべての攻撃的な米国政府の軍事行動を停止します。
17.世界中に平和を確立します。
18.人道目的のために莫大な金額で前例のない繁栄を解放します。
19.自由エネルギー装置、反重力、音響治療装置など、国家安全保障を装って一般から差し控えられている隠蔽された技術の6000件を超える特許のリリースを可能にします。

~~~~

NESARA/GESARAの話は、ここに至るまでに何か、頭のイかれたスピリチュアルか陰謀論のように端に追いやられてしまった。
でももしこれから全てが瓦解してフラットになって、世界を本当に何もかも新しく刷新しなければならないくなるとしたら。
もしそんなことが、本当に起きるとしたら。
今の歪みきった世の中を、重箱の隅をつつくようにちびちび改善していったってそんな改革は高が知れている。そうやって、「規制を取っ払う」「自民党をぶっ壊す」っていつも言われて私たちは、何度も時の為政者に騙されてきた。
もっと根本的に。抜本的に。根こそぎ社会をみんなにとって納得のいく、良い方向に一新する。

どれほどの規模で世界が崩壊していくのか、実際に見えてくれば、これらが然程に荒唐無稽な話ではなくなっていくだろう。そんなのは無理だ絵空事だと端から斜に構えるのではなく、今こそ、大人こそが、真摯に本気で理想を描いてみる。
それなら、白紙を前に呆然とするよりも、このNESERA/GESARA案を叩き台にして、前向きに全く新しい社会や環境を作っていくこと。議論に参加すること。
NESERA/GESERAのアイディアは、「悪くない」指針と思えるんじゃないか。

「誰もが豊かになる道を示すのが木星」マドモワゼル愛先生
「神の経済」とは、とにかく与える事。とにかく国が民に、与えて与えて与える事で、国の倉庫は貢物で光り輝くようになるという。
これこそが木星という星の働き。
身を削って犠牲になるのではなく、ただ各自が余った余剰分を分け合うことで、社会が円滑に周るようになり、与えたものは財を成すようになる。

今いる世界がまともな世界。
そりゃあ自分にとっては多少不利なことや理不尽なことがあっても多数決、民主主義を脅かすものを逐次監視し、これを守り抜くこと。
そうやってかろうじて平和を保つのが、あの悲惨な戦争の歴史に戻らない、
今あるありがたい幸せを最低限維持するための、唯一の方法だと習って来た。
みんなが我慢し合って譲り合ってやっとこ、この世界がギリギリ成立しているものだと、ずっと思っていた。
でも、この世には、根気強く我慢している私たちの気づかないところで、不当にお金をくすねていく大金持ちがいる。

実はどこどこには、総額でいくらいくらあるらしいよ?
…なんて言い出せばそれは確かに陰謀論っぽくなってしまうけど、
お金って本来、生まれたり消えたりするものではなくて、絶対量があってただ循環していくものだ。
つまりあなたの手元にお金がないということは、誰かの懐にはあるということ。

お金だけじゃない。
戦争やむなし、これはもう戦争するしかない、戦争じゃないこれはただの攻撃、まだただの紛争ですって、民を騙して爆弾投下のボタンを誰かに押させる権限を持っている人たちは、自らは決して戦場には行かない。
前線で命を落とすのは決まって、その人たちにそそのかされ、説得され、騙され、脅され、駆り出された人たちだ。
そして、可哀想な弱者の味方をするという暴論だけで、私たちのお金は同意もなくじゃぶじゃぶと戦費に注ぎ込まれ、たくさんの戦争なんてしたくなかった一般人を殺していく。

長く、そんなものは陰謀論だと言われたエプスタイン島の邪悪な容疑を受けたエプスタイン氏が獄中で謎の死を遂げても、関わった人のリストが一部公開されても、
世界はまだ「そんなの陰謀論でしょ…?」って頭バグらせてぼんやりとそれを眺めるだけだ。
日本でも、私のような芸能の世界に興味のない人間でもずっと前から知っていた、ジャニー喜多川氏の長年の汚らわしい行いが改めて告発され、盤石に見えたジャニーズ帝国が解体された。
お笑いの重鎮だった松本人志氏のくだらない日常が暴露されて、日本の芸能界の腐った体質がズル剥けた。
それでも、今までそれを是として、そんなもんでしょ?って受け入れてきた世間はモジモジと口ごもるだけ、すっかり緞帳の上がってしまったそれを、どうやって受け止めていいのかわからない。

でも、今回はどうだろう。


ハロウィンのカボチャなんて、あれが一体なんなのか、
どんなにコミカルに可愛くアイコン化されていても、ひとたび調べてしまった私にはもう、気分が悪くて直視できない。
目玉とか脳みそとか血みどろの指やゾンビに混じって、なんでカボチャをくりぬいて顔に見立てたジャックオランタンなんてものがハロウィンの定番アイテムになっているのか。

真相なんて分からない、でも、然もありなんだな、って思ってしまった私にはもう、さまざまな目鼻のついたカボチャの飾りを並べた横で、イベントを楽しんでいる人たちがどんどん遠くの異世界の人間に見えてくる。
仕方ないのだ。
私だって知らなかった以前は、子供たちを喜ばせようと、クランベリージュースで脳みそ型のプルプルゼリー作ったりしていたんだから。

それでも、何回も何回も同じところをなぞって、少しずつ皮を剥かれてはがされて、私たちは優しく世界の真実に向かっている。
「もうそろそろ頭しゃっきりさせて、現実を見ようか?」
って誰かに笑われているようだ。

「ピンクの服しか着てはいけません」
例えばそういう偏った圧を受け続ける環境で育った子供がいたとして、
その子は大人になって、もう二度とピンクを見たくないというほどピンクの服が嫌いになる。
もともと生まれた時からピンクが嫌いな性格だったのか、と言われるとそうではない。「ピンク着なさい」という圧があったからこそ、ピンクが嫌いになるのだ。
怖いのは、私たちはなぜ今、自分がそれを選んだのか、日常に潜む一つ一つの選択肢について自分では自覚できないということだ。
記憶の彼方に追いやられた小さな無数の「ピンク着なさい」によって、私たちはいつの間にか簡単に、洗脳され誘導される。

私はこの数年、もうずっとカウンセリングを受けているのだけれど、
先日のカウンセリングで、
最近、会う人会う人、「なんか、ほんわかしてるよね」「怒ることなんてあるの?」なんて言われてちょっと嬉しかった、
という話をした。
いつも母から口答えをするたびに、きつい性格だ、その言い方や態度を直せと言われて何時間もお説教されて来た。
でもきっと、緊張が緩んできて、反応する傷が減ってきて、すぐにショックを受けたり防衛反応が出たりしない、いい状態になってきたんじゃない?
そのことを、カウンセラーにちょっと自慢してやりたかったのだ。
なのに、私の話を聞いていたカウンセラーは急に深刻な顔になって、
「え、ソレ嬉しかったの?」って、手元のメモに何かを書き込んだ。
それを見て、ああ、ほんわかしているって言われて「うれしい」は、まだ私のフラットではないんだ、とハッとする。
感情的な結論はもっと深いところにある。
まだ、何かに誘導され、洗脳されている。
思い返せば幼少期は、幼稚園から帰って来た近所の子供たちを集めて束ねる番長だった。
考えればわかることだ。
私の本質が、ほんわかしているって言われて「うれしい」なんて姿であるはずがない。



NHKに怒る人たちが増えていて、民放を含めたテレビ離れが叫ばれて久しい。
それらの怒りは至極ご尤もなご意見ばかり。
海外には無料で放送しているNHKを支えているのは、私たち日本人から徴収された受信料だ。
自分たちはじゃぶじゃぶの高給取り、公共放送でありながら日本にとって不利益な内容を放送してその責任者を解任し、1週間後には別の役職で再雇用していたことがバレた。風向きは悪くなる一方だが、そこに今度は、ワンクリック詐欺まがいの方法で携帯からの受信料まで徴収しようと画策していることが発覚した。
もう、叱られても解体しろと言われても、仕方がないと思う。

こうした怒りがあちこちで高まっているその背景の一つには、国内で日に日に高まる、中国に日本そのものが侵食されていくような脅威がある。
いまにも台湾有事を起こしそうな中国の姿勢を見ていれば、きゃあ怖い、となるのは仕方ない。
気がつけば、日本の地方の美しい自然が、ずらりと並ぶ太陽光発電に覆われ目も当てられない状況になっている。それを推進した首長はおしなべて親中の噂があり、太陽光発電を設置した会社を辿るといつも中国企業につながっていく。
いよいよ日本政府の内閣にまで中国共産党がひたひたと入り込んでいることが改めて白日に晒されていく恐怖。

しかしその中国の国内を見てみてば、それはそれで酷い有様。ふと冷静になると、頭がハテナでいっぱいになる。
臓器売買、災害と被害規模の隠蔽、杜撰な工事、一帯一路から離脱していく各国、ワクチンの強制、監視社会に上海封鎖、不動産の暴落、日系企業の相次ぐ撤退。
不穏な噂は後を絶たない。
とてもじゃないが、世界の中で中国だけが巧妙に国を運営し、順調に国力を増強しているようには見えない。世界中が、おかしな方向に全力で、破滅に向かっている。
あるいは、ギリギリのところで破滅に耐えている。

一つ一つの問題に対して、解決策をみんなで出し合えば少なくともより良い道はもっとシンプルに見えるはずなのに、なぜか山積する問題に対して悪い方悪い方、私たちの頭の上で悪手ばかりが勝手に選択されていく。


世界中、国のトップはどの国ももれなく、国民を幸せにして国を豊かにしようとはしていない。もっと多くを国民から搾り取り、希望を叶えず、移民を増やして混乱を引き起こし、暴力的な対立を深めさせる。
世界的な混乱の中で、かろうじてまともな為政者に見える人たちでさえ、
内部から暗殺されないで局面をジリジリと押し返すのが精一杯に見える。

私たちが恐れるその為政者たち自らが、まるでピエロの格好で自分の首を絞め上げながら、自分の乗っている土台を大急ぎでぶち壊して、今までの証拠隠滅を図っているようだ。

こんな崩壊待ったなしの世界を尻目に、私たちは1から、新しい社会の土台を構築していく。そんな茫洋としたことを言われても、私たちは何処を目指せばいいのかわからない。これから崩壊するものの規模を考えるほど、立ち止まって呆然としてしまう。

もし、とうとう私たちの世界にリアルにドラえもんが現れて、私たちのすべての希望が叶う世界線がやって来たと仮定して。
私が一番実現したい未来の社会のイメージは、なんだろうと考えてみる。
もちろん、のび太が大人になった22世紀の世界みたいに、
事故も起こらない完全自動の透明なチューブの道路の中を飛び回る自動車や、電力を無限に使える街づくり、そんなステレオタイプな近未来イメージも体験してみたい。
でも、とりあえず私が一番この世の中から、まずは絶対になくなってほしい、と思っているのは、何はともかく売春だなと思う。

同じ人間同士なのに、当たり前に優劣がついて、臓器でも春でもなんでも、一方が身体を売り、もう一方がそれを買う、という行為。
私には、女性や弱者が身体を売ることに何か金銭的な対価が発生するという構造そのものが、本当は女性だけでなく男性の心も蝕んでいるのではないかという気がしてならない。これこそが、長い時代を経て今という時代に至って極まってもう、社会全体を蝕み噛み殺し、私たちを精神の最も深いところから駆逐寸前に追い詰めている要因なんじゃないか。

最近、男性の感じる孤独は、女性には理解できないほど深いものだ、という話を聞いてハッとした。
女性は身体を使えば最悪、一時的に孤独から抜け出すことが出来る。
いつの間にか麻薬の巣窟になってしまったフィラデルフィア路上のゾンビ化した中毒者たちの映像など見ると、考えてしまう。まともに生活をすることを諦め、麻薬を切らさないことだけが生きる目的になってしまって道路を徘徊する人たちも、女性であれば最後、自分の身体を売ってお金を得ることができる。
だが、働くこともできない廃人になってしまった男性は、どうしているのだろう。

お金がない、見た目が悪い、学歴がない、身長が人権に達していない。
だから、自分は女性から恋愛対象外にされている。

今年の夏休み、時間を作って初めて、車の個人教習を受けた。
車に乗りこむとすぐに指導教官が、
「変なことしていませんよ、という証明に、車内カメラつけさせてください」
慣れた調子で頭上にあるカメラをオンにしたのでギョッとした。
確かに今から、見知らぬ中年男性と車内に何時間も二人きりだ。
そんな風に男性側が防衛しないと、今は仕事もままならない時代なのだ。
オシャレなんかとは無縁そうな、中年の指導教官。
話し方も挙動も、大変失礼ながら、女性に不慣れな方なのだろうというのがビシバシと伝わってくる。
小さなタオルで汗一粒も見逃さない。
完全に無臭。
ライトブルーのパリッとアイロンされた半袖ワイシャツから覗く腕毛までが、ツルツルのスベスベ。
こんなに完璧に防備されると、女である私なんかもっと清潔で完璧でなくてはいけないって、全身、産毛の一本もあってはいけないような気がして、逆にこちらが悪いことをしているような気持ちになってくる。
そうでなくても、この道路は80キロ以上スピードを出してください、なんて急に言われて全身冷や汗びっしょりなのに、私の方がよっぽど臭いよって余計に頭が真っ白になる。

近づけば、じっと見つめれば、手なんかちょっと触れてしまったら、
きっしょ、って言われて犯罪者扱い。
汗かいちゃいけない、ニオイしちゃいけない、毛生えてちゃいけない。
そう思い込んで、自分はそういう部類に入るまいと努力し続ける人と、自分には無理だって脱落して閉じこもる男性。
30代男性の未婚率は、とうとう47.3パーセントに達したという。
女性は女性で、脱落している男性を除外していなければ自分もそっち側にされてしまうから、自由に男性を選べない。
年々、互いにその相対数が減っていく「そうじゃない男性」から「そうじゃない女性」として選ばれるために、
若くなきゃいけない、って日一日年取っていく自分に抗って卑屈になって、
虚勢を張って、メイクや髪の手入れに、底なしの時間と労力をつぎ込まなきゃいけなくなる。
お互い、不幸でしかない。

みんな、生まれたままの自分でいることが怖い。
むしろモジャモジャの男性の方が、私には男らしくてかっこよく見えるのだけど、
そういう私の時代錯誤な意見はみんなとは違うからって、最新のダイソンに一瞬で吸い取られてどこかに消えてしまう。
マスクとった顔を見られるのが怖い。
メイクしてないと、整形してないと怖い。
あれこれ魔改造して、みんな最後はミュウツーみたいになっちゃうんだろうか。

昔、ジャックザリッパーという有名な切り裂き魔がいたが、彼の根底には自身の母親が娼婦であったことへの怒りがあったのではないか、という分析がある。
女性が身体を売ることで本当に傷ついているのは実は、男性の方だ。
自分を飾り立てるショーウィンドウに、一体いくらの価値のものを並べていれば、自分の好みの異性から選んでもらえるか。
女性は女性で、いつも自分の価値がぶっちゃけ1回いくらなのかを計算している。
価格を少しで上げるために、髪をサラサラにして可愛い服着てダイエットして涙袋を作って仕事して、
お料理もできます、掃除も得意です、便利な家政婦です、決してお金で体を売ったりするタイプの女じゃありません、って自分のショーウィンドウを飾り立て、日々正確に謙虚に、自身の相場を修正する。

何もかもが、お金に換算される世界。
今はみんな、恋愛することすら面倒くさい。
婚活なんてもっと面倒くさい。
男も女も、結婚しているかどうかなんてほんとはどーでもいいことだったと、私のようにこの歳にまでなれば達観できる。
でも、まだ可能性があると思っているうちは、
もっと歳をとってタイムリミットが過ぎてから、なんであの時もっとちゃんと努力してトライしなかったんだろう、って後悔して悶絶するのが嫌だから自分を奮い立たせて頑張る。
婚活も恋人探しもいよいよ頑張る糸が切れてしまうと、今度はセフレ探し。
その気持ち、本当によくわかる。
私だってせっかく性別のある生物に生まれて、一生に一度くらい、幸せなセックスってものを経験してみたかった。
だったら今から条件を満たしてくれるセフレを探すっていうのは現実的な選択肢になるわけで、
だけどそんなこと、考えるだけで本当に面倒くさい。
生きてるだけで、面倒くさい。
傷ついてもがっかりしても、頑張った対価が得られる可能性なんて微々たるものなのに、そのほとんど奇跡みたいな小さなものに向かって、
また信じて、またいろんなもの犠牲にして、
自分の身の丈を思い知って、それでもまだ頑張り続けるのなんてしんどい。
私が本当に好きで、相手も自分を本当に好きなんだ、自分は必要とされてるんだ、
なんて信じることができて、なんて、そんな奇跡みたいなものは、
砂丘でたった一粒の砂を見つけるような、絶望的に遠い夢だ。


こんな内奥の奥の奥まで歪み切った世界で、一体、どうやって売春のない世の中なんて作れるんだろう。


夏休み、娘にせがまれて久しぶりに行ったディズニーランドで、ハンバーガーを食べた。一口かじったバンズの間にのぞいた白身の中から、カスタードクリームみたいな食感の、明らかに普通の黄身の総量よりの多い黄色い液体がトロリと出てきて時が止まった。

この冷凍の卵もどきを、最近は使うお店が増えているのだという。
卵でない卵を使用しています、なんて注意喚起もないまま、
見た目が良ければ、理想のトロリが簡単に調理できれば、
食中毒や緊急性のある病気にならなければ、それでまかり通っていってしまう。
私たち人間に、どこか似ている。
ディズニーランドという囲われた中にいて、他に食べるものがなかったから結局それを完食したけれど、
頭の中には、ソイレント・グリーンという映画が浮かんで、気持ちが悪くなった。

私たちの未来を描いたその世界では、もはや私たちは食物の原型を留めたものは食べられない。
野菜や肉なんてものは、かろうじてかつて食べたことのある老人が、
こんな形で、こんな味がして、って語り継ぎ懐かしむだけの高級品だ。
人間たちはみんな、政府に支給されるパステルカラーのプラスチック板を小さく砕いた謎の物体を、
ピンクがいい、いやいやグリーンが今は最先端だろ、って有難がって食べている。
そして物語は、そのプラスチックとは、実は何を原料に作られていたのか、という社会の最深部に進んでいく。

トロ〜リたれてくる美味しそうな半熟の黄身のために、私たちは卵じゃないものを卵と信じて食べる。
閉じ込められた空間でそれが支給されたら、「カッチカチでいいから普通のゆで卵が食べたい」なんて、もうそんな選択肢は選べない。
これから生まれてくる本物の卵を知らない世代が、もしこれを卵と認識してしまったらどうなるんだろう。
だんだん、そのことに疑問も抱かなくなる。
配給されたものをただ疑問もなく食べる。
別に、私はヴィーガンで無添加のものしか食べない、完全無欠の食生活です、なんていってない。
なるべく気をつけたいとは思うけれど、水も空気も添加物もソイレント・グリーン状態、やられっぱなしの今の社会で完全無欠でいることなんて、誰にとっても不可能だ。
それでもどこかで考えて立ち止まらなければ、考えて、立ち上がって抗わなければ、私たちはこうやって流されていってしまう。
命とは反対の方向に、気づかないうちに運ばれていっていってしまう。

みんな、病気。
まともなフリして、
いい人のフリして、みんな本当は病んでる。
私たちはみんな、かろうじてまだ死んでない、屠殺直前の家畜だ。
ピンク着させられすぎて、生まれた時から自分はピンクを着るものだ、
人よりキレイで高級なピンクが着れているから勝ち組だ、まだマシだって思い込んでいる奴隷だ。
本当はピンクしか着れなかったことに、自分が怒っていることにも気がつかない。
ただのピンク教の、カルト信者

髪の色も目の色も、自由に変えられるようになった。
そのうち、二重やボトックスや巨乳だけじゃなくて、身長や手足の長さまで自在に変えたくなる人がきっと現れる。
人体には果たして、美の正解なんてあるのか。
命とは。
もうこれ以上弄るところがないくらい、私たちは外側をいじくり倒した。
あと出来ることはもう、人間でなくなることくらいだ。
きっとこれから、そういう人たちが出てくる。
生まれたままの自分でいることが怖すぎて、AIと一体になって命じゃないものになって「理想」を生きることが幸せ。
私には、その人たちを引き止めようとは思えない。
だって、そのままの自分でいるということがどれほど苦しいか、知っているから。

それでも、きっとそうじゃない、命の力が最後の最後に、私たちに戻ってくる。
極限まで振り切ったエネルギーは、必ずいつか反転するのだ。
これ以上殺されてたまるか、って、腹の底からマグマが爆発する。


だけど、ほんとの話、命ってどうやってやるんだっけ?


数年前は、NHKは解体、電通が潰れる、なんて言えば基地外扱いだった。
しかし多くの人が、それをリアルにイメージ出来る、手が届くところまで世の中は変わって来た。

フランスのゲーム会社UBIの引き起こしたアサクリ問題が、少し前に随分巷を賑わせた。
この問題が起こった当初はほとんどの人が、このゲームの販売を停止させる署名に声を上げつつ実際は、UBIみたいな巨大企業を相手に、まともに戦えるなんて信じていなかった。
ところがあれからたった数ヶ月、株価の大暴落とともに会社はいよいよ倒産の様相を見せ始め、焦ったUBIディレクターが先日コメントを出した。
それを見て、私は声を出して笑った。

彼らは本気でわからないのだ。
こんなに横暴で無自覚な差別意識を堂々と振り回しながら、自分たちはマイノリティに配慮している善良な人間であると真剣に信じている。
自分は愚蒙な人々を啓蒙する立場なのだ、と思っている滑稽な傲慢さに気づかない。攻撃してくる人たちを、一部の狂信的で暴力的なヘイトだと脳内処理して真っ当な批判から逃避する。
そしてその炎上の矛先にされた自分たちは、誤解され、勘違いされ、たまたまネトウヨに狙われてしまった可哀想な被害者…
どうしてみんな、揃って同じムーブをするのだろう。

増え続けるコンプライアンス。
肥大していく、非人間に対する憧れ。
自分を否定し、命を否定し、生命の臭いを消して手術して、自分じゃないものになることこそが、美しいスローガン。

だけど、綺麗そうな看板なんてもう、ひとたび私たちにクスクスされてしまったら終いなのだ。
みんなが不自然な人間じゃないものにならなければって必死になっていたのが極まってもう、はち切れる。

2020年、トランプが大統領になって「アメリカファースト」を掲げた時、批判したい人たちはこぞってその発言を、右翼的で戦争を誘発していると言って叩いた。
でも、実際にはバイデンに政権が変わった途端、アメリカは移民問題で大混乱に陥り、その方向性はヨーロッパにも波及し、世界はあれよあれよと紛争、戦争に巻き込まれていってしまった。
もうそのことに、多くの人が気づいている。
ウクライナもそう。
移民問題も然り。
LGBTQ問題もポリコレも。

可哀想な弱者に配慮することが正しいこと。互いを想いあって限界まで配慮することが正義。
それは、国土を持たない可哀想な民族に配慮して、もともと住んでいた人たちを追い出してそこに自分の国家を建設する、シオニストたちの発想につながっている。可哀想な人に定義された人たちの論理がどんなに破綻していようと、彼らを守り救うことが正義。それを邪魔するものを強制的に悪にする。
批判することは許されない。

そうやって批判される側に自分が名を連ねることを、私たちは今まで恐れて来た。

「ゲシュタルトの祈り」
「わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし、
あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。
私は私。あなたはあなた。
もし縁があって、私たちが互いに出会えるならそれは素晴らしいことだ。
しかし出会えないのであれれば、それも仕方のないことだ」

ワクチンだって、まさにこの文脈の上に強行されたのではなかったか。
正しいことをしているフリして、よく分からないけど大丈夫でしょ?って自分は高みの見物、金を稼ぎまくった悪魔たち。
思いやりワクチンなんていい人ぶって、デメリットよりメリットの方が多いなんて賢いぶって、デメリットに当たってしまった自分以外の不幸な人たちの悲鳴を踏みつけてきた偽善者たち。
要するにそういう人たちは、冷たいのだ。
内側から、人間が壊死している。
自分が、頭の悪い家畜のような人民を先導し正しく導いてあげる、善良で特別な存在だと洗脳されている。

「自分は別に洗脳なんかされていない、今まで洗脳なんてされたことないし、これからもされることはない」
もしそんなことを真面目に思っている人がいたなら、その人は間違いなく、ただいま絶賛洗脳状態だ。
人は誰でも簡単に洗脳されるし、されてるし、されている間はどんなアドバイスも
知性も論理もエビデンスも、反省も客観性も情報も通じない。
自分で気付くしかない。
自分のタイミングを待つしかない。

観念が外れて自由になる体験をしたことが一度でもある人なら、わかるはずだ。
こうして偉そうに書いている今だってなお、どうせ私はまた、別の洗脳状態にあるのだと。謙虚に直感を研ぎ澄ませていれば必ずそれが外れて、今とはまた違う次の次元のものの見方が出来るようになる。
今までの自分がサンタクロースを信じる子供みたいに、簡単な手品に騙されいたのだという事実が見えるようになる。

もうハッキリした。
他人を思いやり、他人の気持ちばかり配慮してあげることが世界の平和を保っているという考えは幻想だ。妄言だ。
むしろ、それぞれが他人を優先して自分の幸せや自分の守るべき境界線ををおろそかにすることは、巡り巡って世界を崩壊させる。

新しいレプリコンワクチンが承認されたのは、世界で唯一、日本だけだ。
それだけでもおかしな話。それなのにこの国は元々、
認められている食品添加物の数は、世界の基準を圧倒し、
農薬の使用も世界一、
水道水の塩素濃度も世界一、
世界の薬の40パーセントが日本で消費されていて、
精神病院の数も世界一。

おかしいと思わない方がどうかしてる。
ほとんど死んでる私たち。
首をノコギリでぐりぐりとちょん切られようとしているのに、ノコギリを持った相手に、「お・も・て・な・し」なんて微笑んで見せる私たちは、
ほとんどホラー映画でチラリと映るだけのゾンビ役だ。
こんなおかしな世界が、どうして出来上がってしまったのだろう。

もう多くの人が気づいている。
農業の世界でも着々と進められる、私たちを苦しめ、破滅させるための施策。
でも、そう、うまく問屋が下すだろうか。
日本人の反撃は、実は水面下で密かにもう、始まっている。


秀吉は、かつてこの国の危機の一端を目にして、鎖国という方法を選んだ。
日本人が日本人を海外に売り飛ばしているのを見て決断した、
という話が通説だが、当時の資料を読み解いていくと実は、奴隷船に乗せられる自国民を見て激昂し、ただ勢いのまま南蛮を拒絶したのではないことが分かる。
秀吉は、近隣のアジア諸国に何が起きており、どうやって植民地化が進行しているのか、当時の正確な情報を把握し、その上で巧みな外交を展開していた。
それでも悪化する事態に、全面戦争をせずに日本の諸々を守るための最終手段として、鎖国を選択したのだ。

これから私たちは、もれなく一人一人、「分かる」ことを経験する。
ある意味で、かつては秀吉のように一部の為政者だけが分かっていて全ての判断をお任せしていたことを、
私たちみんなが分かるようになる。
私たちが覚悟を持って、決定するようになる。
日本という国の中に、今だけ金だけ自分だけの禍々しい有象無象を内包したまま、そのことにも気づかず私たちはここまで来た。それでも気骨のある先人たちの知恵と命がけのトリックによって、かろうじて最後の侵食を食い止めて来たこの国を引き継ぐ私たちはこれから、どんな未来を選ぶのか。

鎖国という境界線を引いてもらって守られるだけだった私たちが、今度は自分の力で悪魔と自分の境界線を決める。
この地球全体をどうしたいのか、今目の前にはびこる悪魔を、私たちの中に巣食う悪魔を、一体どうしてくれよう。
地球史上かつてなかった壮大な、境界線を引く作業に突き当たる。


途轍もないマクロな話をしているように見えて、これは私たち個人個人の内面に関わる、極めてミクロな話だ。
観念が外れるたび、身体が軽くなる。
私たちは無意識に、頭の中で自分を監視し批評し、もっと何かを改善させようとすることに常時、膨大なエネルギーを費やしている。
お腹引っ込めなきゃ、嫌われてはいけない、お金なければいけない、いい学校いい会社でなければいけない。
休んじゃいけない、迷惑かけちゃいけない、ラクしちゃいけない、失敗しちゃいけない。
観念が外れると、それらの声が少しだけ静かになる。
全てが消えるわけではないけど、エネルギー消費が10から8や7になることで、水から上がった瞬間のように、酸素が濃くなったのをハッキリと感じる。
内から安心感が溢れてきて、本当はこれらに激怒していた、我慢も限界な自分を、初めて感じられるようになる。

なんでこんなことに怯えて、我慢させられてたんだろう?って、閉じ込めた力が、こんこんと湧き上がって来る。


昔から、エンパスだった。
これがエンパスという少し特殊なものであって、全ての人が等しく使っている感覚ではないのだと気が付いたのは、割とここ最近のことだ。
そうなのだろうな、と思う。
だってこれまでにも別に、私みたいな、科学で説明のつかない変な力を持った人には何度も会ったことがある。その人たちは上手にその力を隠しながら生きていた。

人の過去を追体験することができる能力の人は、その力を使うとき、瞳が湖を覗き込んだみたいにぐわんと透明になった。
相手の痛みの記憶を、自分のもののように感じてしまう人にも会ったことがある。
遠くの音まで全て聞こえてしまって、普通に生活するのが困難な人も知っている。
昔あったスペックというドラマみたいに、本当は私たちはみんな、
何か今までの常識では量れないような何か、力をそれぞれ、
封印しているのではないか。

私の持つ力。
それが何という名前のスペックなのか、使い方はどうすればいいのかわからなすぎて、便宜上、今はそれをテレパシーと呼んでいるのだが、
以前、強力なエンパスを使いこなしている人に、私のこのテレパシーみたいな力を説明し、これをもっと正確に使いこなしたい、精度を上げるためには何をしたらいいかと相談したことがある。
そのとき言われたことは、見えないものに向かってむやみやたらにアクセスするのはやめたほうがいい、ということ。
この世には、本当にすごい方がいるんですよ、とその人は言った。
確かに、その道に生まれ、小さな頃から陰陽師のような修行を積んで、一般人に紛れて会社勤めしているような人を知っている。
その能力は、私みたいな初心者が、物見遊山で無防備に覗きに行っていい世界とは違う。
それでも、自分の内部を紐解いていって、ほぐれて緩んでタイミングが来たら、いつか私にもそれをちゃんと学ぶタイミングがきっと来るだろう。
だから私はこのテレパシーを、ある日突然私に使えるようにした、ある人に対してしか使わない。その人以外とは、故意に会話しないようにという自戒をずっと守っている。

外国人が、日本には今も忍者がいるって信じてる、なんて笑い話にする人がいるけれど、私は、いやいや普通にいるだろ、って思っている。会ったことはないけど、この世の中には私たちの知らないことなんて今も満ち満ちあふれている。
そして今、なんだか分からない、次元の違う領域に急速に世界は向かっている。
考えるとつい、焦りを感じる。
でも、その新しい変化に飛び込んでいけるのは、今までの世界の在り方そのものが、全て詐欺だと認めて気づいて、苦労して集めたクソみたいなこれまでの成果を捨て去ってしまう勇気を持てる人だけだ。
自分の中にある観念を外し、洗脳を解くことに向き合った人だけ。
焦っても仕方ない。ただ着実に、一つ一つ。

本当にもう、お金ごときのために、自分の身体なんか、売ってる場合じゃないのだ。
他人を金で買って、転売して金儲けして、辱めた映像を隠し撮りして脅迫の道具にして、そんなスキーム作って自分の中の御し難い病魔から、逃げ回っている場合じゃない。
自分は実際、ピンクが好きだったのか嫌いだったのか、
本当は何色が好きだったのかを、私たちは自分で、思い出さなきゃいけない。

自分の深淵に、一人でひたすら潜っていって一番最後、何が起きるのか。
私は、私を死ぬほど怒らせて私の一番深い傷を解放させるのは、きっと私にテレパシーを教えたその人なんじゃないかと思っている。
誰にでも独自のメンタルの物語があり、一番開くのが怖い、最後に立ち向かわなきゃならないラスボスがいる。
今はもう会えなくなってしまったけど、現実にその人と会っていたとき、どんなに困った状況になっても、なぜか私だけが、その人に相談するわずかな時間すら許されなかった。
いつも間に、女性が割って入る。
それを無理やり強行突破したら、ちゃんとその人の仕事に迷惑がかかるような、そういうシステムになっている。

それは今まで、何度も繰り返してきた私のパターンだ。幼少期からの愛着障害、メンヘラの根幹。

亡くなった祖母は、二人の息子のうちの弟の方を、過保護に溺愛していた。
可愛がられなかった方の父に、祖母は晩年、父の分の相続も放棄して弟にすべてを譲ってやってくれないかと言って、その要求を無理に通すために大量の薬を飲んだ。
そのときは一命を取り留めたが、自分の息子たちに対してそういう行動を選択した祖母を、私はまだ許していない。
その事件のとききっと、魂から震え上がるほどの恐怖とショックを味あわされたはずの両親は数年後、今度は娘の私が、陰謀論にハマって誰かに洗脳されていると言って、「絶縁します、相続も渡しません」 と連絡して来た。
そのとき私は、生まれてこの方感じたことのないような、氷点下を突破するくらいの冷ややかな侮蔑を覚えた。
それまで両親に対してして来た我慢はもうとっくに限界を超えていたけれど、それでも強靭な意思で何度も結び直した血だらけの堪忍袋の尾が、ちりじりの糸みたいになってどこかに飛んで行ってしまった。

私を絶縁してやると宣言した母に、父が自分の意思で何か意見することはなかった。事なかれ主義の優柔不断。
またかよ。
事ここに至ってもそれか、心底情けねー男だな、って。
そこで出すべき怒りは、鉄のような冷たい諦めが覆い隠してしまって出てこなくなった。
もう、自分が今、怒っているのか嘲笑っているのかも、自分では判断がつかない。

そうやってギクシャクすれば、相手の人間関係に内ゲバして破壊工作していくのは、いつもの母のやり口だ。
嫌な予感がした私は夫にすぐに事の経緯を説明し、たぶんこれで絶縁するという脅しも効果がないとわかったら次はあなたに泣きついて来ると思いますけど、私の頭越しに母と連絡取り合うようなことはやめてください、と釘を刺した。
すると夫はみるみる青ざめて、実はもうメールのやり取りをしていて、明日私抜きで3人で会うことになっている、といった。
いつでもそうだ。
くだらない男が繰り返し現れて、配役を変えて何回も何回も同じストーリーを繰り返す。

テレパシーのその人が私の現実に実在していたとき、彼はいつもみんなから、優しい優しいってちやほやされていた。
周囲がその人を、優しい人だってもてはやすのが、私は本当に嫌だった。
優しいよね、快適だよね、面白いよね、ってあなたが寝転がって笑ってるその地面、何で出来てるか知ってる?って。
その地面が地面みたいに見えるのは、その人が強靭な意志で何かに蓋をしているからだ。

去年の夏、従兄弟が亡くなった。
私はその従兄弟に、自分自身を重ねている。
それでも私の中に、叔父に対する怒りの感情は、どうしても感知することができない。
また本当はどうせ怒っていて、それをいつものように感知できていないだけだ。
そう思ってカウンセラーの先生に相談したら、
「叔父さんに対する怒りの反応は、出てこないね」
って驚いたように私を見た。私も自分で驚いた。
「あんなに怖かったのにそれでも叔父さんに会いにいったのは、怒ってたからじゃなくて、優しさでしょ」
カウンセラーの言葉に、私は少し泣きそうになる。
私が長い時間をかけて作り上げたこの地面も、その人と同じように、私の中に優しさがあったから出来てしまったものなのかな、って私はちょっと、うれしくなる。

本当は、これで最後なら、もう一生恨まれるくらいの迷惑をかけてもいいから、邪魔する人を押し分けても聞きたいこと、確かめたいことがたくさんあった。
でも、内側から壊死してる人たちにはもう、何をどう話しても、どうせ何も届かない。
どうやったって分からないんだ、人間とは分かり合えないものなんだと、このコロナの数年で、何度も何度も思い知らされた。
わかり合いたい、せめて話を聞いてほしいとどんなに願っても、本当は、本来みんなバラバラなのが当たり前。わかり合う必要なんてないのだ。
メンタルが正常な人はそもそも、誰かに分かってもらいたい、分かってもらえなくて悲しいなんて、別に思わない。
それを繰り返し噛み砕いて、頓服にして飲み下してきた。

一度だけ、どうしてもその人の顔が見たくなって、○月○日何時ごろ〇〇に行くんですけど、遠くから見かけるだけでいいから会えますか、ってテレパシーで聞いたことがある。
2、3日経って、今回は行かれない、って返事が来た。
その、私の連絡が本体に伝達してまたテレパシーで返事が来るまでの2、3日っていうタイムラグが、なんか妙にリアルで、心底トライしたことを後悔した。
それでも、自分のこのあやふやなテレパシーは、実際、現実とどんなふうにリンクしているのかを確かめるために、私は約束通りの時間に一人でそこに行った。
そしてもう、こういうことは二度とやるまいと固く誓った。

今回は、とかいう致死量すれすれのウソで奮起させるくせに、甘言は全部ウソ。
絶対会えないくせに、テレパシーを止めようとすると、UFOキャッチャーで捕まったみたいにスンと椅子に戻される。
唯一私の変な力を導ける先生のはずなのに、あっちは自分が毎日膨大なテレパシーを私に送ってきていることを感知すらしていない。
パラドクス。
先日、SNSを見ていて、ひょんなことからその人がまだ東京にいることを知ってしまった。
興味の赴くまま、世界中何処へでも行ってしまいそうな人なのに、どうしてまだ東京にいるのかは知らない。
今も、マシンガンみたいに、謎の博学でみんなを質問責めにして笑わせているんだろうか。
いいな。私もあんなふうに問い詰められたい。
またその人に、インスピレーションを刺激してもらいたい。笑わせて、私でも何かとんでもない面白いこと思いついてしまいそうな、何かが出来るようになりそうなその人の話を永遠に聴いていたい。
相変わらずクセ強めな持ち方で、どこにでもノートパソコンを帯同している。
そんな姿を見てしまうと、いくら尤もらしく理由を並べても結局、ただ顔がど真ん中なだけだろって、いつまでもままならない気色悪い自分にうんざりする。

父も兄も夫もみんな、もうこの世の人はみんな、とっくに諦める覚悟ができた。
いつかきっと、多分まもなく、ああやっぱりここまで内側が壊死して死んじゃってたんだね、だよね知ってた、って腑に落ちるときが来る。
あの人がもし隣にいてくれたら。
そしたら私は救われるのに、すべての問題が解決するのに、って思ってしまう自分の、頭に飛びついて口を塞いで、ほらまたそのメンヘラをお前の中から叩き出せって頭を叩く。
実の父親のくせに、こんなに話が通じないものなのか、そうか、人間ってどんなにわかりあいたくても分かれないものなんだー。へー。
そんなつまんない、分かりきったオチを腑に落とすためだったら、私はこんなに頑張れない。そんな陳腐なオチのために、こんな長い漫画を全巻読破しようとは思えない。
その向こうに、傷だらけのその人がいるから勇気が湧く。頑張ろうと思ってしまう。


日本ではまもなく、衆議院選挙が行われる。
そしてそれ以上に世界中が注目しているのが、アメリカの大統領選だ。

過日行われた日本の首相を決める総裁選で、当初は最有力候補の筆頭だった件の小泉構文が、あまりの幼稚で軽薄な発言の数々にあれよあれよと沈んで行った。それを見て、私は日本という国の本当の怖さ、これから世界の中心になっていくなんてまことしやかに言われるその根拠は、こういうところにあるのだな、としみじみした。

今や、世界で力を持っているのは、政治家でもマスコミでもない。
私たち大衆の、クスクスの方だ。

少なくともこのアサクリ問題に関わった世界中の人は、日本人がここまでガチ切れする姿に驚愕したし、日本人のこうした戦い方に震撼したはずだ。

本当は、恐るべきは、各国の為政者や巨大な企業、それらを背後で操っていると言われる謎の権力者たちではない。
そういう人たちの利益に自分もあやかろうと群がり、彼らがいかに逆らいがたい恐怖であるかという虚像を一緒に演出する人たち。そしてそれに騙され流されてしまう、洗脳された一般大衆こそが怖いのだ。
そうやって嵐を膨らまそうとする多勢がいるから、私たちはつい、
武器を構え、もっと言論を強化して戦わなければいけないような錯覚に陥る。
でもみんなが目が覚めて、真に悪事の指揮を取ってきた者と、今更引き返せないところまでそれに加担してきた取り巻きのパペットだけがぽつねんと取り残されてしまったら。
そんなものは、なんの力も持ち得ない。
あんな、ヒョロヒョロのジジイや、老いて歩くのもままならないほど太ったババアの、一体何が怖いというのだ。
あんなもの、累々と溜まる犯罪の証拠を背中に隠し持った、ただのチンケな変質者だ。


どちゃどちゃと人がいる。
そこには共通認識があって、常識があって、みんなと同じその怒りや恐怖に塗れて馴れ合っているうちは、出口はわからない。
エレベーターは一階ずつしか上がれない。
それでも無意味に思える小さな一つ一つを処分して、一段一段浮遊していくたび、その喧騒は階下に遠ざかる。
いつの間にか、あんな下らないものがなぜあんなに怖かったんだろうって、かつての居場所を不思議な気持ちで見下ろせるようになる。
かつて私たちの畏怖の対象だった者は、世界が変わってしまったことに気づかない。そしてかつてのやり方まんまに、ドヤ顔であなたを怖がらせようとまた、定番の十八番技を繰り出す。
それを見たとき、私たちの中から込み上げてくるのは、笑いだ。
抑圧してきたものへ。そして、そんなお化け屋敷のカラクリに、怯えて縮み上がっていたかつての自分へ。
そして同じようなチューブに乗って浮遊してきた遠くの仲間の姿が、一緒に笑っているのが見えるようになる。

日本の衆院選はどうなるだろう。
カマラハリスは、あのバイデンをも超えるどんなアクロバットな不正を行うだろう。
だけどもう、2020年のアメリカ大統領選挙のときみたいな焦りはない。
彼女のなる振り構わない杜撰な不正を見たら、今度こそ世界中はきっと、
盛大にクスクスしてお腹を抱えて笑い出すだろう。

河野太郎氏は。岸田文雄元首相は?二階さんトコのご長男は?
あるいは、第三次世界大戦を起こしたくてたまらない人たちは、これから必死になって私たちにどんな工作を仕掛けてくるのか。
今までどんな陳腐な手品を使って私たちを騙していたのか、とくと見せてもらおうではないか。

子供の頃から、授業中に先生に真顔で叱られるほどの笑い上戸だった。
病院に行った方がいいだろうかと、真剣に悩んだこともある。
だけど、この笑い上戸がまさかこんなところでお役に立つ日が来るとは思わなかった。
笑いは、伝播する。
恐怖なんてあっという間に凌駕して、空気を先切って伝わっていくのだ。

もし、いつか私がどうしても会いたかったテレパシーの人に、街でバッタリ会えたとして、あるいはその人の考えの一端をどうにかして知ってしまう機会が来たとして。
また怖い女性に邪魔されてもなんでも、とにかく無理やりそこを振り切って今度こそ頑張ってそこにアクセスしたとして。
ああ、やっぱり分かり合えなかったって、それでようやく、こんなに分かり合えないものなんだな、って思い知るときが来る。世界を丸ごと、諦めるときが来る。
そして、別に誰かに分かってもらう必要なんてなかったって腑に落ちて、それできっと、この私の旅は終わりだ。
第1章はそこで終わり。
そして第2章に行くためには、たとえ周りでどんなことが起きようとも、自分に立ち戻って観念を外す、そのフラットな精神状態に自分を持っていくためには、自分をどう扱えばいいのか。そのノウハウが必須になる。
さらに、新しい章を楽しみ尽くすために、
まだふらふらとおぼつかないこのスペックが、必ず必要になる。

世界を諦めて全てを手放すそのとき、きっと私は笑ってる。
内臓が掻き出されるほど傷ついたあと、私は笑ってる。
もうおかしくておかしくて、お願いもうやめてって、腹筋をヒーヒーさせて笑っている。
そこには悲壮感とか思い出とか、全部、たった今パタンと閉じた本の中にあったことのように、きっとキレイに消えてしまっている。

だから今は。


それで、命ってとりあえず、どうやってやるんだっけ?





いいなと思ったら応援しよう!