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60代からの挑戦

高校時代
大学なんて行く気はさらさらなかった。
勉強に意味など見いだせなかった。
好きなサッカーができて、試合に出ても勝てそうなチームのある高校を選んだだけだった。
 
大学不合格
高校のクラスメート達があまりにも大学進学の話しばかりするので、つい自分も流されて受験してしまった。
 
でも試験問題用紙を見ても当然ながら全く解けず、問題を解くことを諦めて高校3年間もずっと勉強から逃げてきた自分の態度について、受験時間中に反省していた。
試験監督の先生がなぜか声をかけてきて、「まだ時間あるから諦めないで」等と励まされてしまった。
 
浪人時代
最初の受験で全く試験問題の解けなかった悔しさから、何の意味があるのかもよくわからないけど、とにかく一生に一度、勉強に取り組んでみようと思い、親も経済的に厳しい状況の中、浪人させてほしいとお願いし、承知してもらった。
浪人中も、何のために勉強しなければならないのか、そもそも自分は何のために生きていかなければならないのかを模索し続けた。
 
大学時代
3回目の受験でやっと合格した。
でも両親の経営してきたスーパーが倒産し、経済的苦境と債務者から裁判で訴えられたりして、結果的に1年半の休学をした。
そのような状況でも自分はなぜ生きていかなければならないのか悩み続けていた。
 
そしてそのような学生時代の自分の生き方についての試行錯誤から、2つの目標を決意した。
 
1.自分の人生のうち、30年間は開発途上国の人達のためになる仕事をする。
決意しながらも、そんな仕事あるわけがないと思っていたのに、実際に調べてみたらそのような公的機関があることを知る。
途中経緯はいろいろとあったけど、結果的に29年間を開発途上国に関わる仕事をすることができた。
 
2.30ヵ国以上で仕事をする。
いくら海外に関する本を読んでいても、頭の悪い自分にはどうしても理解したり納得したりすることができそうになかった。

このため、世の中がどうなっているのか、世界の現状はどうなっているのかを自分なりに理解していくために、1つの国で長期間過ごすのではなく、多数の国の現状について知りたい、海外の人達が何を思いながら生きているのかを肌で感じたいと思い、30ヵ国以上で仕事や生活をしたいと考えた。
 
これもいろいろと経緯はあったけれども、60代になった頃には、60ヵ国以上の国で仕事をした経験を持つことができ、アジア、中近東、アフリカ、中南米、短期間ながら欧米でも仕事をすることができた。
 
 
 
このような2つの目標を持ちながらも、そんな仕事あるわけがない、あったとしても自分みたいにたいした能力もない人間に達成できるわけがないものと、学生時代には思っていました。
それでも自分で決めた目標に向かって生きていこうと決心しました。
 
そしてなぜか開発途上国での仕事に巡り合うことができ、30年間の目標に対して29年間、30ヵ国以上という目標に対して60ヵ国以上という目標を達成してしまいました。
 
学生時代の自分からすれば信じられない話しではありますが、この2つの目標をほぼ達成できたことで、国際協力の仕事からは手を引きました。
 
今後はあらたな目標として、日本の次世代の皆様が、グローバル社会の世界で活躍できるようになれることを願って、人材育成に関わる仕事にチャレンジしていきたいと考えています。
 
60代後半にもなって、また無茶な挑戦をしようとしていますが、残りの人生はそのチャレンジをし続けることに使いたいと思いますので、応援宜しくお願いします。

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