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持続可能なアルゼンチンタンゴ④ 兼業ダンサーの「生業」観

一人一職業の時代は終わったのか?タンゴのために転職し、現在は会社員を続けながらダンサー活動をしています。その経緯や、数々の出会いの中で感じたことを思い出しつつ、生業とは何か、ということを考えてみました。


2023年のタンゴ選手権韓国大会で優勝したので、
8月から本場アルゼンチンへ行き、世界選手権本戦にシード出場します。

元エリートサラリーマン


エリートと言えるのか知らないが、東大の大学院を卒業した後に国内大手ゼネコンで現場監督をしていた。というと、「1年目から監督?優秀なんだね!」、「昇進すれば本社勤務でしょ?まずは現場を経験するんだね!がんばれ!」と言われることがあるが、実はそんなことはない。建築系学生の多くはゼネコン1年目から現場監督になる。大手ゼネコンが都内で手掛ける案件には1現場当たり数十から百人を超える現場監督がいるのが普通で、その中でトップとなるのが現場所長。現場監督の中にも上下があり、だいたい18~65歳程度の監督が一緒に働いている。いわゆる職人さんが年月を経て現場監督になるわけではない(そういう人もいるかもしれないけれど少数派)。一年目の監督なんて全然偉くない。そして、新入社員研修や罰ゲームのために現場に出ているわけでもない。社長になる人の多くは、キャリアの途中で本社勤務になることがあっても、基本的には20年以上を現場で過ごし、50代で大現場の現場所長を経験、その後役員となっている。現場に始まり現場に終わるキャリアなのだ。とにかく当時の筆者はヘルメットと作業着を身に着け一日20,000歩くらい現場をうろちょろしていた。


ダンスと仕事


サラリーマンをやりながらタンゴの練習をしていたが、1か月に260時間以上拘束される環境でさすがに無理が生じてきた。仕事を効率化して就労時間を減らすにも、自分一人では不可能なほど組織と業界そのものが大きすぎたので退職を決意する。ただしタンゴで稼げるほど東京の生活は甘くないし、むしろ練習や道具にコストがかかるくらいなので他の仕事を探していたところ、GPSSグループに出会った。会社を辞める時も、ダンスのレッスンを受けている頃も、周りから「プロダンサーになるの?」と聞かれたのだけれど、私はそれに対する答えを持っていなかった。ダンスが好きだから練習する。時間が足りなければ会社を辞めて時間を作り、衣食住のために他の仕事を探す。自分にとっては自然な選択で、バレエを踊りながら小学校に通っていたし、大学に通いながらライブバーで歌っていたから、やりたいことがあれば時間を作るのは当然だろうと思っていた。


転換点


ゼネコン時代に転勤で1年間を福岡で過ごしていたとき、現地でタンゴレッスンに来ていた人(アメリカかインド出身だったはず)がバーを経営しているというので何度か遊びに行った。昼は英会話教室、夜は英語を話すためのバーになっていて、日本の情報を仕入れたい外国人と英会話を身に着けたい日本人が集まっていた。そこで愛想のよいカナダ人がキーボードを弾いていて、彼はワーキングホリデービザで日本に1年間滞在しているという。

「ワーホリってことはなんか仕事してるの」
「英会話教師とカメラマン、あとツアーガイド的なこともやってる」
「忙しいな」
「日本が好きでよく来ているから、多少は日本語を話せて移動手段とか観光地はおさえてるし、他の外国人の手助けができる。カメラが趣味だから旅先の撮影サービスも付けられる。在日外国人からカメラマンの仕事をもらうこともあって、意外と英語話者のニーズがあるんだ。カナダを離れたことで自分の社会的な価値に気づけたよ。カナダにいたら英語を話すのは当たり前だし、自分のカメラ技術も一流ってほどじゃない。でも日本に住む、英語を話す、カメラがちょっと得意、ってのを全部組み合わせると仕事になった。」

当時の私には衝撃だった。何かをやるには一流に、一番を目指さなきゃいけないと思っていたのだけれど、こんな自分の売り込み方があったとは。いろいろ組み合わせてとにかくマイノリティに、貴重な存在になれば価値がでる。そういえば私も、留学時代に日本語の家庭教師をしていた。もちろん言語学として本格的に学んだことはない。周りの日本人よりちょっと上手いくらいの英語と日本語のバイリンガルなんて東京ではほとんど使い道がないけれど、一歩外にでれば需要がある。

考えてみれば一流や一番というのも非常に不安定なものだ。それを判断するのは周りの人間だし、世界チャンピオンだって毎年増えていく。だからダンスの仕事にしても、語学力、企画力、営業力、発想力、使えるものは何でも使っていかなきゃいけない。彼がおしえてくれた、自分の属性と小さな特技を組み合わせて価値を出せる場所を探す作業は、兼業とか専業とか関係なく必要なことだ。


”プロフェッショナル”論


タンゴの世界にはプロダンサーの明確な定義がない。免許も不要だ。特に芸事の世界では”一本で食う”ことをプロだと考える人が一定数いるのだけれど、少なくとも日本国内にはタンゴダンサーとして舞台に立つだけで食えるほどの仕事量がない。ダンサー業、インストラクター業、スタジオ経営、シューズなどの物販、諸々組み合わせて生計を立てるのが一般的だ。ダンサーとインストラクターを両方やっている時点で”一本”ではないので、タンゴを踊ることで他人から対価を受け取る人を便宜上プロと定義しておけばいい。プロかアマかは他人が決めること。以前は「プロダンサーですか?」と聞かれる度に、あなたのプロの定義は何、確認してどうするつもり、仕事の依頼ですか、とか思っていたのだけれど、自分の踊りや指導に対価を支払ってくれる人がいる限りは単純にYESと答えておけばいいと思えるようになった。


生業


今のところ表向きは会社員×ダンサーの兼業中なのだけれど、会社の仕事にしても、GPSSの中では常に自分の適性や能力に応じて小さな業務をたくさん請負っているような状態だ。タンゴからは遠い業務だが、他人様にレッスンするとなると、”一般的な社会人の感覚を持っておくこと”は結構重要だったりする。金銭感覚、生活サイクル、働き方改革などの時事、日本の祝日や休暇の取り方も知っておかなければいけない。多様な能力が集まる会社では、自分にない価値観や考え方に触れる経験ができるので、フリーランスのダンサーとしてはかなり便利な情報源だ。東大卒という古い学歴も、人から覚えてもらうきっかけになる。ダンスの動画や写真をSNS上に投稿していると、広告モデルの依頼も入ったりして、何に繋がるかわからないし、とりあえずできるものは請けていくようにしている。ちなみにカメラマンやビデオクリエイターの世界もいわゆる兼業をしている人が多い。職を自分で選ぶことができる環境にいるのだから、やりたいことをやって、価値を出せるように工夫して生きていくのだと思う。どの仕事も他人と関わるのだから、公私関わらず外との接点は多い方が良い。二つの仕事をしているという意識ではなく、やりたい事と出来る事が重なる部分を見つけ、その時々で手が届く世界の需要に合わせにいく感覚だ。

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