六本木WAVE 昭和バブル期⑨
l 猫を預かった話 ジェラシー
「ここは初めて?」
「うん」
「十番に住んでいるから知っているかなと思ったけど良かった!」
「なんだか豪華な感じだね」
店内の華やかな客層(業界っぽい?)に気圧されていた自分はそう思っていた。そんな自分の落ち着かなさに気が付いたのか
「そうでもないよ 結構カジュアルなイタリアンのお店。食べたいものがあればどんどん選んで! でもおすすめはあるから先に頼んじゃうね!」
そう悪戯っぽい顔で言うとすぐに先ほどのボーイを呼んで慣れた調子で注文をした。
彼女のお勧めは知る人ぞ知るこの店の定番のグリーンサラダであった。
(シシリア 六本木店はご健在です)
運ばれてきて少し驚いたが、表面がスライスされた胡瓜でびっしりで下が見えない。
キュウリサラダ?と思いきや、その下には葉物のサラダがありイタリアンドレッシングが効いている一品であった。
普段はサラダには食指が向かない自分でも、素直に感動した。
絶妙な味、空腹で最初に口にしたせいかなおのこと一瞬で虜になった。
「ね!」
どうだとばかり得意そうな彼女の顔が可愛かった。
そのあとアンチョビのパスタや、四角に切り分けられたピザ。
どれも美味しく口にあった。
彼女はいつも食欲は良いのだが決してがつがつした感じは無く、さすがは育ちなのか食べ方を心得ているなあと思いながら、感心するくらい同じスピードで自然に食べ物が運ばれている口元を見ていた。
そんな視線に気が付いたのか
「どうしたの?お腹空いていない?」
「いや つい見とれていた お腹は空いている!」
「へんなの…」
そう言われてから私はいつものように品なくがっつきながら貪っていた。
その姿がおかしかったのか彼女は終始クスクス笑っていた。
食後のイタリアンコーヒーを飲んでいるとき、彼女はしきりに腕時計を見はじめていた。
「ちょっと電話してきて良い?」
私はきっと仕事の電話だな、と思いそれも仕方がないなという気持ちで
「どうぞ…」
とだけ言った。
その時の気持ちはおそらく嫉妬ではないか。
高級娼婦という職業なのだ…一瞬そう思ったが、では彼女は私の何なのか、そう自身に問いかけても何も答えは出てこなかった。
虫の良い妄想を繰り返す自分に呆れていた。
カウンターの横にある電話を借りてかけている彼女の横顔の表情を遠くから探るように盗み見るように見ていた。
「なんだか情けない…」と思った。
ほどなく受話器を置いて店の者に軽く挨拶してすぐにこちらに戻って来るなり、こう言った。
「結局今日は完全に空いちゃったの。この後も付き合ってくださる?」
私はホッとして心の奥に湧き出る喜びを感じながら頷いた。
「喜んで!」
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