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一緒にマンガを描いていたころみたいに

クラスメイトにマンガを書いていた人はいなかっただろうか。オリジナルのカードゲームなんかも作っちゃったりしている人はいなかっただろうか。

僕のクラスにもいた。そう、僕だ。

よく遊んでいた友達数人とドラクエに出てくるスライムの顔を変えて、自分たちの性格を反映させて「ドラクチュ×2物語」という四コマを書いていた。

オリジナルカードも小学生にありがちな攻撃力99999999みたいなバグ仕様のものばかりだった。

それはもうひどい出来だったけれど休み時間は全部それに使っていたし、多分家でも描いていたと思う。

ただ、絵がうまかったMくんだけはまともなものを作っていた。まだ描いているのだろうか。

思えば当時から何かを作るのが好きだったんだな。


その中のひとりのAとインスタで繋がっているのだけれど、とても美しい料理の写真を定期的に上げているのだ。

どうやら地元の産婦人科で副料理長をやっているらしい。

居酒屋で働いていた時に盛り付けのセンスがなさすぎて、刺身盛り合わせをゴミクズの山のようにしてしまう僕からしたらそれはもう異次元の美しさだった。

僕の盛り付けたゴミクズ風刺身を食べたお客さんには申し訳ないと思っている。


一緒にマンガを描いていた頃は小学生だったからもちろん料理なんてしていなかったし、たまたま地元の駅前で再会した時も料理の話はしなかったから、人はどんな道に進むかわからないなあとしみじみした。

たまに無性にFacebookで同級生の今を検索したくなることがある。

結婚していたり、会社をやっていたり、めっちゃおっさんになってたり、海外でタレントになっていたり、ヤンチャだったやつが真面目なことを語っていたり、地味だった子がロックバンドを好きになってライブに通い詰めていたり

それぞれに僕が想像もしなかった人生を送っていて、僕たちの間に触れられない時間が存在するのだとその度に夕日が沈んで夜が来る瞬間のような寂しさを感じてしまう。


僕は中学生でギターを始めて、趣味で路上ライブをやりだして、高校生でライブハウスに出演した。専門学校に通うために大阪に来てもう13年。

まだメロディーを作って、歌詞を書いて、ギターを弾いて歌っている。

まるで僕だけ同じことを繰り返していて時間があまり経っていないような錯覚に陥る。実際は繰り返しの中に多大な変化があるのだけれど。

たまたま歌うことにはまって、友達の一言でギターを買って、なんだか褒めてもらえて、どんなバイトをしても好きになれなくて、就職を視野に入れたこともなくて、1年、2年、3年…気がつけばここまできていた。

ここ数年で音楽で胸を張れる仕事をすると決めてから僕の人生も大きく展開した。

中学生から同じことをやっているけど、確実に違うことをやっている自覚がある。

きっかけが嫌なことからの逃げだったとしても別にいい。最終的にここまできてまだ情熱を持ってやれている。

そしてAの料理からも情熱を感じる。

あのころ一緒にマンガを描いていたころみたいに、クラスの外に出ても、触れられない時間の空白があったとしても、同じ世界でお互い何かを作り続けていることがとてもうれしい。

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