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夫婦別姓について考えていたら母のオススメ本を読んでみたくなった

恋人の部屋にはじめて訪れたときは、すごくドキドキしたのを覚えている。カーテンの色が“ぽい”な~。あ!このアーティストの曲聞くんだ!うわ~この勉強机きっと小学生の時から使ってるよかわいい~とか。なんとなくベッドの下を覗いて、へー…と思ってみたり。
部屋を見ると、いまのその人の中身がどんな状態なのかが、よく分かる。とりわけ本棚は、その人よりも、その人の人生を如実に物語っているように思う。

成分表示と本棚

最近、ふと寂しくなることがある。
職業を決めるきっかけになった『鋼の錬金術師』や、ゾロかっけー!てなる『ONE PIECE』十一巻、青春を共に過ごした『君に届け』…読み返そうと思った漫画が、ことごとく私の本棚に入っていないのだ。何故かって、夫の実家にすべて送ってしまったからである。いまは夫とは別の家で暮らしているから、手元にあるのは最近買った『鬼滅の刃』の最新刊くらい。好きなモノが自分の手に届く範囲に存在しない、もの悲しさときたら。

部屋は、いまのその人の状態をよく表している。とりわけ本棚は、その人となりを具現化した、成分表示のようだと思う。実家の本棚には、幼い頃によく読んだ絵本や児童書。おばあちゃんの家には、夏休みに宿題で使った(忘れていった)参考書。たぶんアイツの家にある、返ってこない『ピアノの森』の3巻。通勤バックの中に入れて半年たった、すでにお守りと化したビジネス書。いま私が住んでいる部屋には、ライター講座で紹介された本たち。夫の実家には、私のお気に入りの漫画がたくさん。

ああ!私を構成するあらゆる成分が、色々なところに散らばってしまっている!

母のオススメ本

今朝、実家のリビングで母とお喋りをしていた時に、ある本を勧められた。『ヴィオラ母さん』という、著者であるスズキマリさんが、母が好きなTV番組によく出演していて興味が湧いたのだという。
前々から母とは本の趣味が合わないことを知っていた私は、目の前に出された本を手に取るべきか、とても迷った。だって、読んだからには感想を求められるから。いくら実母といえど「趣味合わないね」とは言いたくない。それを言ってしまうと、その人の構成成分を否定してしまうような気がするから。

だからとりあえず、読むか読まないかは別にして、どこがお勧めポイントなのかを教えてもらうことにした。するとどうやら『ヴィオラ母さん』は、ヴィオラ奏者である著者の母・リョウコがしてきた、破天荒な行動の数々を記した本であることが分かった。そして本のあらすじを聞くうちに、芋づる式に、私の母・ミズコの育児奮闘記も聞くことになったのである。『母さん』のどこに共感して、笑って泣いて感動したのか。その理由を、思い出交じりにぽろぽろと語って。ワーママだったミズコの苦労や、結婚や出産、生理や身体のこと。女性として生きてきた大変さも、いっぱい話してくれた。

結局その後『ヴィオラ母さん』を私も読むことになったのだけど。そこに綴られた文章と、今朝ミズコが話してくれた思い出や気持ちのひとつひとつが、一編の同じ物語のように紐づいていくのが分かった。今まで母がお勧めしてくれる本を、趣味じゃないからと何となく敬遠してきた私は、ミズコのことを何一つ知らないまま、いまに至っている。厳密に言えば、いま実家にあるミズコの本棚を読み漁ってみたら、“母”としての彼女を知ることはできるのかも知れない。でもそれは、彼女の断片にしか過ぎないだろうと思う。きっとミズコも、いろいろな処に自分の欠片を置いてきているから。

夫婦別姓について

私は夫と結婚をして、表示ラベルを一新した。新しい名字になったのだ。正直いままでの人生を鬱陶しく感じていたから、新しい自分に生まれ変わったみたいで清々している。でもここ最近は、ラベルが変わったことで、私という存在そのものがバラけていっているように感じることがあって。それがなんだか、ちょっぴり寂しい。

――ミズコが“私の母”になる前は、一体どんな名前で呼ばれていたのだろう。旧姓?それとも親しみを込めた愛称だろうか?仲間内でしか通用しない、曰く付きのあだ名があったりして。父と結婚する前は、お互いに何と呼び合っていたのだろう。30歳で結婚したと言っていたけど、18の頃から働いていた職場では、どちらの姓を名乗ったのだろうか。新姓を名乗っていたとしたら、18から30まで働いていた旧姓のミズコは、いったいどこに消えてしまったのか?

ラベルを変えたのは自分なのに、うっかり自分の構成成分まで分からなくなってしまうなんて、なんだか馬鹿らしいと思われるかも知れないけれど。

自分が一体何者だったのか、どんな成分でできていたのか。

時折、無性に確かめたくなるのだ。

息を吸って、吐きます。