杉本竹林(すぎもとちくりん)

唐辛子とお酒が好きですが胃が荒れています。

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最近の記事

偉大なるえのき茸

 10代の頃、自分のホームページを持っていた。HTMLタグを手打ちした手作りのものだ。私はそのホームページで自作の絵や小説、エッセイなどを公開していた。  非常にどうでもいいことを書いていた気がするし、その頃のデータはとうに手元にないので事細かに何を書いたかを確認するすべはもうない。  その中でひとつだけ覚えているテーマがある。そう、「えのき茸」についてだ。  当時の私はたしか、えのき茸についてこんなことを書いていたと思う。 「地味なきのこだ」 「見た目にも味にも華がない」

    • イースターの夜に

       よくも悪くも(おおむね悪い方に作用することが多い)自意識過剰だという自覚はあるので、自分に都合いいことも悪いことも「これは私に向けられているな」と思い込んでしまうことが多々ある。不特定多数に向けられたファンサを「オッこれはワイのファンレに対するアンサー」と思ったりするめでたい頭は、この自意識過剰が猛威を振るった結果だ。  こういう性格の人間はSNSに向いていない。けど残念ながらこちとら承認欲求の塊で、何かと理由をつけてはいくつものアプリを手放せないでいる。やめときゃいいのに

      • ひまわり泥棒コバト18

         私の部屋に入るなり、コバトさんは南向きの掃き出し窓へ一直線にすたすたと近寄って私の了解も得ずに鍵を開けた。そのつもりで連れてきたのだから、別にいいのだけれど。  からからと音を立てながら窓が開くと、熱気のこもった部屋に外の空気が入り込む。外も夕方とはいえまだ暑いので、清涼感などはない。 「ああ、なるほど。ここからならよく見えそうですね」  コバトさんはそう言ってベランダに出ようとした。が、ぴたりと足を止める。何かを考え込むように自分の足元を眺め、それから私の方を見た。 「出

        • 教会の受付から見るローカル線あちらもこちらも閑古鳥鳴く

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        • ひまわり泥棒コバト
          18本

        記事

          ひまわり泥棒コバト 17

           いくら電話をかけても捕まらない作家がいる。やっと連絡がついたのが昨日で、彼は「明日なら会える」と言う。土曜の午後を指定してきた彼はきっと、普段通りならば私が土曜休みだということを知っている。腹が立つ。腹は立つが、彼の作品はやはり面白いのだ。  彼を手放すことは我が社の痛手になる。私も社会人としてそれをわかっていて、休日を返上して彼に会いに行った。彼の本業は小説家だが、以前にいた部署で私が彼の処女作の出版に携わった縁でルオーノにも毎号短いコラムを連載してもらっている。のだが。

          ゆっくりだけど続き書いてますよ

          ゆっくりだけど続き書いてますよ

          詩 greatest father

          慰めを求め 人に縋り その人が倒れ 足場崩れ 形ある姿を 失くした時 目は見えず 耳は塞がれる 彼女の苦しみ 私の悩み 彼はすべてを知っている あの子の笑顔 向こうの出来事 彼はすべてを知っている 手探りで進む 道無き道 しかし地はある 足場はある 持たぬ望みの果て 拓けた土地 彼の家 音に満ちている すべての魂よ よろこび踊れ 悲しみ舞え 怒り唄え すべての感情は 受け容れられている 彼はすべてを包み込む すべての魂よよろこび踊れ 悲しみ舞え 怒り唄え すべ

          ひまわり泥棒コバト 16

           俺は店の二階に住んでいるので、散歩や買い物以外で外に出ることがあまりない。日常のものは徒歩や自転車で間に合う距離で事足りてしまい、電車に乗ることもそう多くはない。が、電車に乗ること自体は好きだ。座れた時に限るけれど。帰宅ラッシュを過ぎた平日の夜は、悠々と座っていられる。適度に酔っ払って薄っすら目を伏せて揺られていると、とても気持ちがいい。  がたんたんがたん、がたんたんがたん。規則的に響くリズムも耳に心地よく、そこに俺は適当な言葉を乗せる。がたんたんがたん、直木賞受賞。がた

          ひまわり泥棒コバト 15

           コバトさんの庭は青臭い。トマトを育てているからだ。私はトマトが嫌いだ。火を通せばいいのだけれど、生トマトのあの香りが子供の頃から苦手だ。プチトマトですら許せないものがある。私は生涯トマトとは仲良くなれない。  コバトさんの青臭い庭に入る前に、私はいつものように門扉の呼び鈴を押す。ビィ、と古めかしいブザーが家の方で鳴り、しばらく待つとコバトさんが玄関から顔を出した。イエローのアロハシャツ。 「今日はいらっしゃらないのかと思ってました」  そう言ってコバトさんは笑い皺を深くした

          祈りというのは無力なように見えて、祈っているその瞬間は確実に「時間」と「意思」が動いているので、その意思をもう少し信頼してくれたら嬉しいなと思っている。

          祈りというのは無力なように見えて、祈っているその瞬間は確実に「時間」と「意思」が動いているので、その意思をもう少し信頼してくれたら嬉しいなと思っている。

          詩 無題

          泣いてる人の横を素通りできる人なんです わたし 優しい顔したら偽善者みたいでしょ あざといかまってちゃんは苦手なんです わたし みんな面倒なんだもの でも心の中では一緒に泣いています 胸の内では一緒に悲しんでいます そうですわたしは逃げています 遠くで 遠くで みんなを遠巻きに眺めています 怒ってる人を心にもない言葉でなだめるんです わたし 逆撫でしたらいけないからね 叫んでる人を避けて通ってしまうんです わたし だって面倒なんだもの でもお腹の中は煮えくり

          ひまわり泥棒コバト 14

           コバトさんの庭は青臭い。トマトを育てているからだ。わたしはトマトが嫌いだ。あの、ぬるりとした種の食感と匂いがだめなのだ。たとえコバトさんに勧められたとしても、食べることはできないだろう。子供の頃からそうだ、わたしは生涯トマトとは仲良くなれない。  わたしは青臭い庭の間を通ってコバトさんの家の玄関まで行くことができる。勝手に入って来てもいい、とコバトさんに以前言われたけれど、それはさすがに気がひける。  いつものようにコバトさんの家の門扉に手をかけると、後ろから声をかけられた

          ひまわり泥棒コバト 13

           あのふたり、どういうことになってるんだろう。  コバトさんは編集さんの家へ行くようになった。泊まったのはあの一回だけなのか、それともその後も何度かお泊まりしているのか。まあ、俺が考え込むようなことでもないのだけれど。  コバトさんは雑誌の取材を頑なに断り続けているけれど、編集さんのことが嫌いなわけではないらしい。湯葉を分けてやったり、自分から家へ行っていいかと訊いたり。  コバトさんも大人だ、恋人がいたっていい。けれどどうしても俺は、先生のことも気になってしまう。  先生が

          ひまわり泥棒コバト 12

          「もう諦める?」  赤ペンを片手に自分のデスクで後輩のまとめた原稿に目を通していた私の頭上から、声がした。目を上げれば編集長の城山さんが、開いたノートパソコンの上からこちらを覗き込んで微笑んでいる。 「諦める? 何を? あ、これ? いや、内容自体はちゃんとしてますよ」  私はそれまで読んでいた原稿の束をひらひらと振った。これを書いた新人の桐谷ちゃんは、顔のつくりとやる気には100点満点をあげてもいいくらいなのだけれど、ライターとしてはがんばりましょうの判子を捺したい。私がざっ

          ひまわり泥棒コバト 11

           開店とほぼ同時に先生が来ることは珍しい。とても疲れ切った顔をしていて、注文したレバーの数はいつもより1本多い、3本。疲れているからレバーを食う、なんて単純というかなんというか。 その上今日は中ジョッキだなんて言うものだから、さすがに俺も口を出してしまった。 「たくさん飲むのは、やめといた方が」 「なんでですか」 「先生の顔がいつもよりお疲れだから……」 「……じゃ、小で」  本当は小ジョッキですら渡したくはなかったけれど、お客の言うことだから仕方がない。早くコバトさんが来な

          ひまわり泥棒コバト 10

           〆切日、深夜。もとい、〆切翌日、早朝。ささくれ立った表情の佐野さんが原稿用紙の角を揃え、剣呑な目でわたしを睨んだ。 「確かに、17ページ、いただきまし、タッ」  最後はほぼ舌打ちだった。わたしは椅子を降り、深々と土下座する。  佐野さんは本来ならば昨日の夕方には原稿を持って帰社しなければならなかった。しかし彼の担当する無能な作家、つまりわたしがまだ扉絵しか完成させていないことを知ると手ぶらで一度社へ戻り、編集長に土下座してまたここへやって来たのだと言う。わたしに言い渡された