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せめて柑橘系。的な方針だけ決めとくのと、それを言葉に出しておくこと。

こんにちは。


静かに横たわっていた冬が
冬眠から目覚めたクマのようにのっそりと立ち退いて
爽やかな強風が埃っぽい道を吹き飛ばし
きゃらきゃらとした陽光が、春を小さく爆発させている。


「ああ、やっぱりジャムが増えていく人生だなあ。」


「ジャムの法則」っていう有名な実験がある。
6種類のジャムと、24種類のジャムを並べた場合と、どっちのほうが売れるかな?という実験だ。「選択肢の豊富さ」が人間の消費行動や幸福度にどう影響を与えるのかが検証された。

そして結果は6種類のほうが10倍売れた。

人間の人は選択肢がすぎると、結果迷いすぎてしまう。
悩んだ挙句、買いもしなかった。でも悩んだ時間は帰ってこない。
何分悩んだのかは知らないけど、その時間は戻ってこない。



さて、もうまもなく4月から1ヶ月が経ちます。
つまり、社会人になってから1ヶ月が経つわけです。

早いです。呆れるほどすんなりと終わった。
まだ研修しか終わっていませんから、さして何の価値を生み出したわけでも、会社にも社会にも何か貢献したわけでもないのだけれど。

それでもまぁ、働いたわけです。
ちゃんと働いたわけです。

『存外、変わらないな』とか
『いや、これはこう変わったな』とか

忙殺と呆然に終わるものだと思っていた矢先の、結局結構、なんだかんだと思うことがある1ヶ月でした。

ごちゃごちゃと話せることはあるのだけれど
シンプルにまとめると、やりたいことを言葉にしておきたい。
忘れないように?今の言葉で残しておきたい。

社会人になる=やりたいことができなくなる
だと思っていたし、まだその懸念が払拭されたわけじゃないから
今のうちに備忘録をこっそり残しておくんだ。

やりたいことっていうのは、言葉にして残しておくと
叶う確率が上がるらしいってどっかの偉い人が言ってたので。

#自己紹介 になるかもしれません。


①自然環境に優しい人間でいたい。

└再エネで面白くて新しい価値を創る。社会を豊かにする。
└自然への感謝に満ちた人生を送る。
└キャンプと登山大好きマンを続行する。


最も幼少期からの不変です。
トンボとカエルが友達で、セミの寿命の短さに泣いていたぼくは、0歳でカヌーに乗っていました。誕生日はキャンプ場で迎え、ブルーベリーのケーキを。父にハイキングと登山に連れ回され、ボーイスカウトに入ってた。

森と川は友達だった。人間よりずっと。

だから、小5の時、総合的な学習の時間に『節電節水』について発表してから、ぼくはずっと節電ボーイです。
危機感ではなく、痛みの方がずっと強かった。

高校で山岳部に入り、アルプスと八ヶ岳を回って
大学ではよく分からないゼミでサバイバルをしたり、アメリカをキャンプで半横断したり。

そんなぼくは今、再生可能エネルギーの小売会社で働いています。

先日気候サミットが開かれ、46%のCO2削減目標を日本は掲げました。
地球に優しいエネルギーを誰もが選べる社会を創る。選んだ結果、もっと楽しく明るい毎日になる。電気代を通じて社会と繋がる。クリーンでインタラスティングでエキサイティングなサプライチェーンを創る。

自然を守りたい。
ただそれだけ。
でもどうせなら、面白く。
楽しく、クリエイティブに。


まずは、今の会社で最大限の創造的背伸びをしたい。

②動物の友でありたい。

└地域猫活動を推進するZ世代であり続ける。
└動物福祉をSDGsに巻き込む。
└動物福祉にエンタメをかけた価値を創る。
└消費に疑問を投げかける。セミベジタリアンを続ける。
└動物の福祉を専門的に学ぶ。動物を取り巻く歴史と社会の実態へ学術的に学ぶ。
└『動物倫理×異文化理解』のドキュメンタリー映画を創る。


動物は、『人生の使命』とすら感じたテーマです。
車に轢かれて死んだ野良猫を15匹見て、社会がどう動物を扱うのかを知ってからずっと。毎晩のように『神様、どうか今日は一つでも多くの動物の命が安らかでありますように』と祈っていた。

『強迫性障害』という精神疾患にかかったきっかけは動物だったけど、皮肉にも人生の目的を見つけたのも動物のおかげだった。


アイデンティティー。日常生活の一部。
存在意義。言い訳。在りたい自分と情けない自分。
プラスもマイナスも分け隔てなくここに詰め込んでいる。

だから学び、批評し、行動し、対話し、傷つき、喜び、技術を身に付け、動物を考える人生を送る。
願わくば、それに他者を巻き込んでいく。

創造的に。革新的に。
ただ愛と怒りを投げかけるだけでは何の命も報われないだろう。

だから、変える。自分で創る。
偽善でもいいから、動物たちのためになりたい。
そうやって胸を張れる人生にしたい。

③旅をしたい。文化の探求者でありたい。

└世界中を旅して廻りたい
└人の歴史に感動できる人間でいたい
└文化人類学を勉強したい
└異文化理解を学びたい
└語学を身につけたい


これは、「冒険者たち」という小説からファンタジーと物語にどっぷりはまった小学生時代にルーツを持つ願望だ。

「これが海か!あれも海か!全部海か!!」
主人公のドブネズミガンバが、生まれて初めて海を見て叫んだ言葉。
この世の広さを知り、よろよろと途方に暮れて呆然としているガンバを、船乗りネズミたちはニヤニヤしながら懐かしそうに見つめる。

世界は未知で、わからなくて、想像したこともなくて、途方もなく巨大な好奇心にあふれている。
だから知りたい。知らないに出会いたい。
旅が好きだ。ずっと旅するように暮らしたい。

だってこんなにワクワクすることってないだろう。
何歳になっても、ガンバの「これが、海か!」を身近に感じられる年の取り方をしたい。

④地域社会を盛り上げたい。

└故郷をたくさん作りたい。
└都会から離れて暮らしたい。
└世界中に友人が欲しい。
└埋もれた価値を引き出したい。


去年から、ある島の関係人口になりたいと頑張っていることがある。

この島に通うようになってから、「ただいま」といえる場所が増えた。帰省シーズンの度に、上京組のインスタのストーリーに流れる「ただいま」の郷愁をうらやましく思ってた。
実家が東京だと、どうしても「ただいま」の温度が違う。遠くに住めばまた違うのだろうけれど。
だから、少しうれしかった。

そして、都会は窮屈だ。息苦しい。
わんわんと鳴り響く音、ケバケバとした雑踏、重たい空気、狭い世界。
正直つらい。ここは苦しい。

だから、地方に拠点が欲しい。笑

⑤創造的な活動をしたい。

└映像を創りたい。
└漫画を描きたい。
└美しい絵を描きたい。
└イラストを描きたい。
└物語を書きたい。物語に入りたい。
└アコースティックギターを鳴らしたい。


音楽が好きだ。絵が好きだ。映画が好きだ。
本が好きだ。文字が好きだ。映像が好きだ。
沁み渡る『おはなし』が好きだ。

ハミングして、ペンを走らせて
夢想して、非現実に恋焦がれて
感性にすべてを投げ打って、ただ感覚に身を任せて。
ゼロから何かを、人の心に灯る何かを創り出す。


頭が爆発する何かを創りたい。
教会の鐘に響き渡るような
心臓にも響く余韻を創りたい。

笑いながら泣きたい。
泣きじゃくりながら堪えるように笑いたい。

クリエイティブに生きる。
動画編集を学んで、イラストを描く。
いずれ映像作家になれるように。
漫画をかけるように。

永く読み継がれる作品をつくりたい。
真昼の経済ではなく、真夜中の心に良い影響を残したい。

創造に身近な人生を生きたい。。。


人生のジャム。
20代は何の味を食べようかな。

「ジャムの法則」。
人生の場合はどうだろう。
選択肢は多いほうが幸せだろうか。

終身雇用が終わった、個の時代だ、好きなように生きよう、
「好きなことで生きていこう」、、、、、
世間の広告や宣伝文句には希望や夢に満ちた言葉があふれ、人々は気が付く。
『ああ、自分らしく生きていいんだ。自分はオンリーワンなんだ。』

では、人々は幸せになったのだろうか。好きなことをすればいい。
それに正直になれる人が一部いる一方で、人は幸せか、否か。
どうもぼくには、茫漠とした荒野に立って、選択肢の海に溺れてしまいそうになりながら立ち尽くしている人が多いようにも思える。


「やりたいことがわからないんです」

こんな言葉を、縋りつくように浴びせられてきた。

正直ウンザリだ。そんなこと人に聞いてどうする。
ぼくはあなたをそこまで知らない。そんな質問に責任はとれない。
でも決まってこう答えた。

「やりたいことっていうのは、偶然出会うときもあれば、育てていくこともある。まずは目の前の一つを丁寧にやってみよう。」

そして、宇宙兄弟の1ページを引用した。



「やりたいこと。」
この言葉は、人生のその節目節目で呪いであったり、喜びであったりする。
人生は進む。望んでいてもいなくても、超大型巨人でも攻めてこない限り、誰にでも平等に明日が来る。

いろんな人に出会う。いろんなことを知り、学ぶ。いろんなものに心を動かされる。人生とは、生きる日数に比例して「知らない」に出会っていく、ことなのだと思う。

「やりたいこと」を人生の使命や、生き甲斐や、生まれた意味として考える人もいる。人は考える葦だからか、はたまた弱いからか、存在意義を求める。

でも、そんな高邁な目的意識を待っていても、ただ年を取っていくだけだ。とも思う。


"dA"

PDCAという言葉がある。
でも、「これは”dA”でいい」と言い切る人もいる。
その人は言う。「壮大で尊大なPlan(計画)を立てようと苦心したり、大きすぎる"Do"(行動)から始めようとするから、いつまでたっても足が動かないんだ。まずはちっちゃい"do"から。やらかしたら"Apologize"(謝罪)すればいい。」


そしてこれは個人的持論だが、やりたいことは、必ずしも成し遂げたいことではないと思っている。
知らないに出会い続けることが人生であるならば、「今」の感情は、明日には変わっている可能性がある。「今」やりたいことは、「来年」やりたいことではないかもしれない。
知識と体験はアップデートされる。同時に、価値観すらもアップデートされる。きっと、これからもこれまでに想像だにしえなかった選択肢の数々に出会っていくのだろう。

それは幸せか?否か?

そんなことはわからない。
でも、わからないから、せめて楽しみにしておきたいんだ。


今は、あなたは問いを生きてください。

「正解がない」っていうのは、逆に一番難しい。
自由であるからこそ、そこには時間と責任という代償が常に付きまとう。
行動することが大切なのはわかるけれど、でも今やっていることがそれでいいのか不安で仕方ない人も多いだろうし、もれなく自分もその一人だ。

リルケという詩人がいる。もう亡くなった詩人だ。
この人はこんな言葉を残している。

「あなたにお願いしておきたいのです。あなたの心の中の未解決なものすべてに忍耐を持たれることを。・・・今すぐ答えを探さないでください。いまは、あなたは問いを生きてください。」

今やっていることの答え合わせを、今することはできない。
だから悩んでいる状態はむしろグーだ。健康だといえる。悩んでいることこそが、前進していることの何よりの証明だ。筋肉痛や失恋や、何か失敗した時と同じだ。皮肉にも痛みや苦しみこそが、ぼくたちがこの世界に存在し、前に進んでいることを常に教えてくれる。


社会人ライフ。
人生の新しいステージ。
どこにこの道が辿り着くのかは知らない。
知らないからページをめくりにいく。
きっとどんどんめくりたくなる。
きっと終わりが待ち遠しくてでも終わってほしくない
そんな面白い物語にしてみせる。

























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