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ミニフューチャーシティーをケアの視点から振り返る

昨年(2019年)12月に岐阜県で開催されたイベント「ミニフューチャーシティー」のレポートを公開。2020年4月現在、世界的に感染症の影響が広がるなか、何より御体にお気をつけてお過ごしください。いまは外出や接触を避けるべき時期ではありますが、安心して外出できるようになったときには、これからを生きる子どもたちにミニフューチャーシティーのような場があってほしいと願っています。

いま小学生の子どもたちが大人になったとき、就職先として選択する仕事のうち、6割はまだ存在していない仕事になるとも言われています。

社会や環境がどのように変化しようとも、子どもたちがたくましく自分たちで人生を切り開いていくことができるように、教育や技術のプロフェッショナルたちによって「ミニフューチャーシティープロジェクト」はスタートしました。

「ミニフューチャーシティー」は、子どもたちで運営する街です。お店を開くのも、どこかのお店で仕事をすることも、商品を作るのも、その商品を購買することも、子どもたちだけでおこないます。

参加する子どもたちは「LIT(リット)コイン」という道具を持ちます。この道具があると、レジ・ATM・職業選択などの機能が使え、さまざまな事に対して子どもたちが自らの意思で「OK」と承認するための大切な道具です。

このLITコインを使って街の運営にたずさわり、新しい選択肢を自ら創造する挑戦と失敗を楽しむ子どもの姿は、未来を切り拓くコツを私たちに気づかせてくれます。

2019年12月22日、岐阜県にある商業施設モレラ岐阜でミニフューチャーシティが開催されました。筆者は「観察者」という立場で1人の子どもの発言や行動を中心に、ミニフューチャーシティで起きている事柄や関係について記述しました。

筆者が観察することになったのは「Tさん」というコミュニケーションが少し苦手な男の子です。

ちなみに ”コミュニケーションが少し苦手” というのは筆者が事前に聴いた情報で、筆者自身が直接Tさんと話して感じたことではないので、その点は考慮せず、あくまで目の前で起こった発言や行動を基に記述するように心掛けています。

それからTさんは1人で参加するのは不安もあるということで、支援者も一緒に参加することになっています。支援者は基本的に子どもたちのやりとりに介入せず、近くにいたり、離れたりして、自由に参加してもらうことになっています。筆者はTさんと支援者の2人を追いかけることにしました。

本レポートは、Tさんと支援者を中心に、①ミニフューチャーシティという場がどのような関係を生みだしたかを記述し、②Tさんと支援者とのやりとりからミニフューチャーシティに存在する不安やとまどいを考察し、③ミニフューチャーシティとして今後どのような場が必要かを提案します。

①ミニフューチャーシティという場がどのような関係を生みだしたか

会場の様子と状況設定

会場に入ると、木製の什器で組み立てられたお店が並んでいて、「シティデザイナー」「みらい建築士」「みらいスポーツ」「みらいの学校」「おしゃれデザイナー」「みらいトラベル」「みらい美容院」「みらいゲーム」「みらいブックス」と9つの屋号がつけられています。

01_会場の様子

それぞれのお店には、最初の進行説明のサポート役として大人が1人ずつ配置されていて、子どもたちは4~5人います。子どもの中で1人は「店長」としての役割を担うことになります。

子どもたちは事前にアンケートに回答していて、どのお店に興味・関心があるかを聴いて各お店に割り振られています。

既存の社会でいう「お金(日本の場合の円)」のような概念が「ハッピー」であらわされ、そのハッピーは先述のLITコインで貯めることができます。お店で仕事をしていると、10分で1ハッピーをもらえ、店長の場合は1.2倍をもらえるようになっています。

9つのお店以外には「ハローワーク」と「ATM」が設置されています。

「ハローワーク」は、ハッピーを受けとるとき、仕事を変えるとき、店長が変わるとき、新しくお店を開業するとき、お店を閉店するときに行きます。1つのお店で仕事をしはじめたら、すぐにはお店を変えることはできず、最低30分はお店で仕事をする必要があります。

「ATM」は、自分のハッピーを確認できたり、誰か個人に寄付したり、お店に寄付して応援することもできます。

02_ハローワークとATM

お店にはタブレットが1台ずつ設置され、レジ機能がついていて、商品やサービスの値段を自分たちで決めたり、売上分析することもできます。ハッピーが貯まっているLITコインをタブレットにかざすと支払いができます。

支払いを終えるとさらに「カチカン」を選ぶことになっています。「カチカン」は物事に対する個人の考え方のこと、つまり「価値観」のことで、お店に感じた価値を伝えることになっています。

具体的には「ていねい」「あたらしい」「おもしろい」「やさしい」の4つ。もちろん他にもカチカンはあることは認めつつ、今回はこれら4つのカチカンで進行していきます。

子どもたちのタイムテーブルは、午前中はお店の準備をおこない、昼食をはさんで、午後からは一般のお客さんも来場します。一般の来場者はLITコイン(ハッピーがいくらか入っている)を持って、ミニフューチャーシティーの中のお店で商品やサービスを受け、ハッピーを支払って、カチカンを選択します。

子どもたちもお店で仕事をするだけではなく、他の店舗に行って遊ぶ(商品やサービスを受ける)こともできます。

子どもたち個々人のゴールは、新しいお店をつくったり、お店のなかで新しい仕事をつくったり、給料をたくさんもらったり、お店の収入を最大化したり、とにかく楽しんだり、個々それぞれです。

Tさん:みらい学校からスタート

ここからはTさんと支援者を追いかけていきます。10時50分にオリエンテーションが始まったとき、Tさんは「みらい学校」にいました。「みらい学校」にはTさんと、男の子1名、女の子2名、計4名が参加し、大人(女性)も1名が進行サポート役として加わっています。

Tさんが座っていて、右隣には進行サポート役(大人)がいて、机をはさんで向かい側に3人の子どもたちが座っています。正面に女の子、その右に女の子、さらにその右に男の子の順番です。

子どもたちは最初、大人と一緒に以下のことを決定します。

①おしごのなまえ
②ねがいは?
③なにをうりたい?(わたすもの、してあげること)
④いくらでうる?
⑤やくわりぶんたん

この「みらい学校」では、クイズを提供することになり、Tさんはクイズをつくる役割を担い、もう1人の男の子が店長を担うことになりました。

役割が決まったところで、Tさんは席をたちあがり支援者のところへ歩いていきます。Tさんが支援者に耳打ちをして、部屋の外へ出ていき、5分ほどしたら会場へ戻ってきて、自分のイスに座りました。

Tさんがイスに座った後、支援者が進行サポート役の大人に声かけをして、子どもたちの座る位置を変更してもらうように伝えて、席の配置を変えてもらいました。具体的には、Tさんの右隣に男の子(店長)、机をはさんで向かいに女の子2名で、2対2になるように配置が変わりました。

03_席配置の変更

席配置を変えた後、Tさんはクイズの作成を始めます。A4サイズの白紙を半分に折り、本も参考にしながらクイズを2問、ペンでスラスラと作成します。次のクイズにさしかかったところで腕組みをして止まっていましたが、3問目まで何とか仕上げました。

隣の男の子(店長)に作成したクイズを見せたところ、男の子は1~2分ほどクイズを読んだ後に、特に感想を言うことはなく、紙を裏返しで戻しました。

Tさんは2分間ほどLITコインを机の下でクルクルとまわしながら考え事をした後、立ちあがって支援者の方に近づき何かを伝えたところで、Tさんは席に戻り、支援者はTさんの左横に移動します。

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裏返された紙を表側(3問のクイズが書いている側)にひっくり返し、店長の目に入るようにとスっと差し出します。

店長がクイズをもう一度見ているので反応を待ちますが、特に反応せず目をそらしたので、Tさん自ら紙を裏側にひっくり返しました。

それから新たにクイズを書きはじめます。途中で手をとめ、小さいメモ用紙を取り出し、クイズを考えるための試し書きをしています。白紙に先ほどの3問と新しいクイズを書き、席を立ちあがり支援者に見せにいきます。

05_クイズを見せる

Tさんは支援者と話した後に席に戻ると、店長に声をかけられて、クイズの内容について話しあっています。それからタブレットの画面を2人で見て、店舗情報などを一緒に見たりしています。

LITコインを持ちながら1~2分ほど考え事をした後に席から立ちあがり、後ろにあった持ち運べるホワイトボードを持ってきて、周りには隠しながらクイズを書きはじめます。そのままお昼ごはんまでホワイトボードを持っていますがクイズは完成させず。

お昼ご飯の時間になり、支援者が持ってきた青色のレジャーシートを敷き、Tさん、支援者、支援者の関係者3名、店長の男の子、6名でご飯を食べています。同じチームにいた女の子2人は少し離れたところで食べていました。ちなみに、子どもたちは一斉に昼食の時間があるわけではなく、お店ごとにタイミングを計って昼食を取っていました。

06_閉店中

昼ご飯を終え、「みらいゲーム」のお店に遊びに行きますが、とくに何かをすることなく、自分のお店(みらいの学校)に戻ってきて支援者に声かけします。筆者は遠目に観察しており何を話しているかは聴こえないため、支援者に対して事後インタビューしました。

[支援者への事後インタビュー]
「みらい学校」になじめず「みらいゲーム」にうつることになったとのこと。

07_声かけ

その後に、支援者と2人でATMへ行きお店(みらいの学校)に戻ってきて、それからTさん1人でハローワークへ行き戻ってくる。そこで支援者にハッピーが入ったことと「みらいゲーム」に転職したことを伝えます。

10時50分にオリエンテーションが始まり、13時20分頃に「みらいゲーム」へ転職することになりました。

みらいゲームへ転職してから

「みらいゲーム」に移ってからは、お店の横に座って黙々とゲームを作っていました。ときどきダンボールでゲームを工作しているところに2人の男の子たちが近寄ってきて、隣でつくってよいかと尋ねられたり、道具の貸し借りをしていたり、作業の途中でATMへ行ったりしています(13:39時点で121ハッピー貯まっていた)。

08_作業

転職してからゲームを作成し続けて30分。チームの女の子(Oさん)に話しかけられます。OさんはiPadを見せながらレジをしてほしいと頼んでいます。OさんがiPadを店頭に戻した後に、Tさんは店頭に近づきiPadを確認してから、まだゲーム作成中だったので、元の場所に戻って座り製作を再開します。

同じお店の子どもたちが近づいてきてゲームについて尋ねられたので、Tさんは自分で作ったゲームの説明をしています。ゲームの内容は、ダンボールで箱をつくり、穴をあけたり、くぼみをつけて、小さな玉をスタートからゴールまでダンボールを傾けて移動させるゲーム。このゲームは14時17分にリリースされました(転職して約50分)。

ゲームを製作し終わってからは、店舗のイスに座り、iPadを確認したり、お客さんに接客したりしています。iPadレジで商品(ゲーム)の値段を打ち込み、お客さんにLITコインで支払ってもらい、ゲームを体験してもらい、最後に「アンケートよろしくお願いします」とカチカン画面のiPadをお客に見せる。入力してもらったら「ありがとうございます」とお礼をする。一連がとてもスムース。

09_レジ

「いらっしゃいませー」「新しいゲームありますよー」「やりませんか?」とお客さんに声かけしたり、お店の前に立ってPOPを確認したりと、筆者からは積極的にお店に貢献しているように見えました。

レジに座っているときに支援者が近づいてきたのを発見したので、「やりますか?」「いらっしゃいませ」と笑顔で話しかけ、Tさんと支援者の2人で話していました。

[支援者への事後インタビュー]
Oさんに「レジをやって」と頼られたのが嬉しかったようで、「お金(ハッピー)使ってないから遊んできたら?」と声かけしたら、「レジ任されてるから」と返答されたとのこと。

レジではいろいろなお客さんに対応していました。親子客が来たので、接客してハッピーをもらって、他のこどもにゲームの説明を託す。そして自分は店頭で次に並んでいた女の子2名を対応します。

しかし、前の親子がゲームを終えないとアンケート(カチカンの選択)ができないのでレジができません。そのため「少々お待ちください」と伝えましたが、残念ながら、女の子2名は待ちきれずに他のお店に行ってしまいました。

ミニフューチャーシティの周辺状況も変化しています。お店は最初9つありましたが、「みらいなんでもや」や「みらい警察」などが開業されていました。

「みらいなんでもや」は現代でいう広告代理店のように別のお店の売上に貢献していました。Tさんのところにも「ゲームの宣伝いかがですか」と営業に来ていましたが、Tさんは断っていました。

しかも断るだけでなく、反対に「ゲームやりませんか」とゲームを売り込んでいました(男の子は結局ゲームをしませんでしたが)。

15時8分(転職して約1時間50分)、「みらいゲーム」仲間のYくんやMくんと談笑しています。

このころから仲間たちと会話をしたり、このときの店長Oくんと会話をしたりATMに一緒に行ったり、さきほどレジを頼まれたOさんから「お客さんが、クジ引き(のゲーム)やるって」と声かけされたらTさんがお客さんをゲームのところに連れていって説明するといった連携が生まれたりしていました。

Tさんはお店の前で手をたたいてお客さんを呼び込んだり、赤ちゃん連れのお客さんが来たときは赤ちゃんに近づいてボールを渡してあげたり、引き続きレジや接客対応中。

支援者はTさんに近づいて「そろそろ遊びに行ったら?」と再び話しかけにきました。その後、支援者を連れてATMへ行き、店長のOくんに50ハッピーを寄付することになりました。寄付したあとにOくんにも寄付したことを伝えていました。

[支援者への事後インタビュー]
お店番ばかりしていたので、もう一度「遊んできたら?」と声かけしたら、Oくんに寄付すると伝えられたとのこと。

その後に「みらい学校」や「みらいスポーツ」を見に行きましたが、お店の様子を見るだけにとどまり、店頭に戻ってきてふたたび接客。ボールを穴にいれるゲームをしているお客さんに対して、ボールが入ると拍手をしたり、終わったあとは「ありがとうございました」とお礼を伝えたりしていました。

Oくん、Oさん、Yくん、そしてTさんの4人でiPadを見ながら談話したりするなかで、15時45分(転職して2時間30分)、Tさんは店長になります。「ついに店長になりました!」と声を出してから「がんばろう!」とまわりに声がけをしていました。

16時にミニフューチャーシティが終わるということもあり、店長であるTさんの提案で、15時59分に「みらいゲーム」を解散させ、それまでに得たお店の全売上を仲間と分配することに。「お疲れさまでした!」と言って、ATMのところへ行きハッピー(249ハッピー)を確認して、最後に元・店長のOくんに全額249ハッピーを寄付していました。

[支援者への事後インタビュー]
喜んでもらえるのが嬉しいみたいで、店長を任されたときも最後はみんなに分配したりしていました。

ミニフューチャーシティ終了後は、全員で集合写真を撮影することに。最初はOさんの横に行って並んでいましたが、そのあと全員がわちゃわちゃとなったので真ん中あたりで撮影することに。

そのあとに「最初に仕事をしたお店に戻ってください」と全体進行役(大人)に促されたので「みらい学校」へ移動して座り、売上の結果発表など全体で振り返りをしていました。全体進行役から「楽しかった人?」と全員に尋ねたときも、Tさんは手を挙げていました。

②支援者とのやりとりから見える不安やとまどい

Tさんの観察を終え、ミニフューチャーシティが子どもたちにとってよりよい場となるには何が必要かを考えてみます。

Tさんは「みらい学校」から始まり、「みらいゲーム」へ転職をしました。観察者(筆者)の視点からは、Tさんが女の子Oさんから「レジお願い」と声をかけられたことが1つの分岐点に見えました。

では、Oさんも難なくコミュニケーションをしていたかと言うと、実はそうではないということを別の観察者から聴きました。

OさんはTさんが来る前から「みらいゲーム」で仕事をしていて、最初は周りが男の子ばかりで、しかも黙々とダンボールでゲームをつくったりするので、どうしようかと困っていながら、男の子たちと何とか会話をしたりゲームづくりを手伝ったりするなかで距離をつめていっていたとのこと。

このように、ミニフューチャーシティで仕事をする・仕事をつくるときに、お店のなかで自主的に動けて、役割を実感して、仲間と関係を築くまでの難しさがあります。

少し話を一般化すると、心理的なウェルビーイング(つまり心理的に良好な状態)をサポートするために3つの要素があると言います。

自律性(Autonomy):自分を自分でコントロールできること
有能感(Competence):効果的に環境と対応ができること
関係性(Relatedness):他者とつながっているという感情を持てること

Tさんの心情を読み取ることはできませんが「支援者とのやりとり」から、ミニフューチャーシティの中に存在する不安やとまどい、あるいは「あってほしい場」が理解できるかもしれません。

Tさんが自ら支援者に話しかけた場面は、時系列で見ると以下の5回です。

(1) 席の配置を変えてもらう
(2) 自分のつくったクイズに対する意見をもとめる
(3) 一緒にATMへ行く
(4) 転職の相談
(5) ○○したと報告する

2者間におけるコミュニケーションなので、話しかけた内容をインプット/アウトプットで考えてみると以下のように分類できます。

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およそ5時間のミニフューチャーシティの中で5回だけと思うかもしれませんが、この5回があったからこそ、最終的に店長を担うことになったり、周りの人たちに寄付をするという行為につながっていると考えることもできます。

後半の「みらいゲーム」における行動を見るかぎり、Tさんは自ら考えて行動し、他者とコミュニケーションする力があります。それでも困るときはあり、その瞬間をどう乗り越えることができるかが課題になります。

実は他の子どもにも同じようなことが起きていました。ミニフューチャーシティの最中に、通話・メールアプリLINEを使って、家に居る母親に「つまんない」とメッセージを送り、母親も心配になって会場までかけてつけてきたけれど、結局は楽しめていたというエピソードがあります。

私たちが家族や趣味の仲間たちに相談するように、同じ空間にいなくとも外にむかって「つまらない」と言える選択肢があり、「つまらないと表出できたこと」が「ミニフューチャーシティへの自立的な参加」につながっているとも考えられます。

そう考えると、ミニフューチャーシティの根底に存在する不安やとまどいは「インプット/アウトプットしたいことを表出できる環境がない」と仮説が立ちます。

このときに「インプット/アウトプットしたい内容は何か」を突きとめたくなりますが、それよりも先んじて「インプット/アウトプットしたいことを表出できる環境は何か」を考えることが、ミニフューチャーシティの今後にとって必要だと感じています。

③ミニフューチャーシティとして今後どのような場が必要か

では、具体的に何をするかというと「ATMの機能として、今の感情や状況を選択する画面を作成する」ことを提案します。

ミニフューチャーシティの目的をあらためて考えると「子どもたちが街の運営を通して、社会や環境がどのように変化しようとも、子どもたちがたくましく自分たちで人生を切り開いていくことができるようになること」です。

このときに自立的な行動が求められる中で、自立が孤立につながらないような場が必要になってきます。

顔なじみの支援者が近くにいることはTさんの精神的な安定になっていましたが、参加していた他の子どもたちにはその環境はなく、結果的に「つまらない」と母親にSOSを出す子どももいたことは理解できます。

一方で「そこを自分1人で乗り越えることが大事」という考えも理解できます。

ただ、少し話がそれるかもしれませんが、エリック・シュミット(Google元CEO)、アル・ゴア(元アメリカ副大統領)、ディック・コストロ(Twitter元CEO)、彼らにビル・キャンベルというコーチがいたように、子どもであろうと大人であろうと、人それぞれに、しかも瞬間瞬間に異なるサポートが必要なときがあります。

そのサポートをどうするかを考えたときに、最初に思いついたのは「保健室みたいな場所があるのはどうか」です。ミニフューチャーシティの空間のなかにいつでも相談にきてもいい場所を準備しておくことで、子どもたちのアイデアや困りごとを聴くような場所です。

しかしながら、過去のミニフューチャーシティでそのような「なんでも相談」のようなお店が立ちあがったことがあったけれど、あまり子どもたちは集まってこなかったようです。

なぜかと言うと「多くの子どもたちはミニ・フューチャーシティで夢中で楽しんでいる」「何を相談したらいいかわからない(けど困っている)」「お店を抜け出して、そこに行くことがある種の引け目になる」といくつか原因は考えられます。

では次の手段として「外から見ている大人が、子どもたちの表情や言動や行動から察して声かけするのはどうか」を考えましたが、属人的になってしまい、さらには介入しすぎてしまうことも考えられます。

ではテクノロジーを使って何かできないかと考えたとき、たとえば「ATMやハローワークに来たときにカメラで表情を取って感情を読み取る」「各店舗の音声をひろって、発話量やこどものテンションを計測してみる」「コミュニケーションロボットが定期的に疲れてないか聞いてくる」といったことは技術的には考えられます。

ただ、ミニフューチャーシティの目的を達成するには、自らの感情や気持ちを能動的に表出できる環境があるとよりよいと考えています。そこで「ATMの機能として、今の感情や状況を選択する画面」を提案します。

ミニフューチャーシティの空間の中で、ATMの場所が、唯一子どもたちが1人になれる場所です。

あ、そうだ、細かい話を思い出しましたが、ATMを使っているときに後ろに並んでいる人からも画面が丸見えなので、箱か保護フィルムで隠したほうがよさそうと思いました。

何の話でしたっけ。そうです、ミニフューチャーシティの空間の中で、ATMの場所が、唯一子どもたちが1人になれる場所です。保健室や相談室を設けるのではなく、自分の感情や気持ちを選択して、現状を振り返ることができる機会をタブレットの中に設けます。

選択できるのは「楽しい」「悲しい」「怒っている」「聴きたいことがある」「教えてほしい」「困っている」「つまらない」「眠い」など。感情については絵文字やスタンプでもいいかもしれません。

たとえば「聴きたいことがある」を選択した子どもに対して、周りの大人たちがサポートするようなイメージです。もしかすると大人でなくてもいいのかもしれません。

今回のミニフューチャーシティの最後に子どもたちに感想を聴いているなかで「看護師のお店をやってみたい」という子どもがいました。ピアカウンセリングのような形で子どもたち同士が「医療や福祉の仕事」をミニフューチャーシティのなかで生みだしていくことも楽しそうです。

この「ATMで自分の感情を表出するシステム」ですが、想定できる課題がいくつかあります。

●子どもが自分の感情を偽ること: 困っているにも関わらず「自分は元気だ」と偽る子どもがでてくるかもしれません。

●過剰に手をさしのべること: 子どもが自らの力で乗り越えることができそうなことも介入することで自律性を損なうかもしれません。

●数で測れないこと: 「悲しいが3回続いたら、声かけしよう」といった判断はできません。その最初の1回目が一番しんどいかもしれません。

●信頼関係が構築できていないこと: 大人やピアカウンセリング的な子どもたちが「頼ってもいいよ」というスタンスを取ったとしても、やはり「初めて会う他人」に対してすぐにオープンマインドになることは難しいかもしれません。

これらは医療や看護、介護や介助、教育など、誰かを気づかうケアの現場にとっては必ず出てくる課題です。

それでもまず「インプット/アウトプットしたいことを表出できる環境」があり、「それを気にかけてくれる人がいる環境」は、ミニフューチャーシティにとって必要なことだと考え提案したいと思います。

最後に余談ですが、ミニフューチャーシティで起こることは社会の縮図であり、ミニフューチャーシティで生まれてくる活動や考えつくアイデアは未来だと感じています。

だとすると、今回の提案が社会に実装されたときにどうなるかを想像してみたいと思います。実社会のATMで「いまの気分はどうですか?」と尋ねられたら「なんで教えなアカンねん」と少なくとも筆者は感じてしまいます。

ただ、すでにFacebookやTwitterを開いて何かを書こうとすると「今なにしてる?」「いまどうしてる?」と尋ねられます。既存のSNSも、自分の感情や気持ちを表出する場であり、それに対して気にかけることは「いいね」「シェア」「リプライ」「コメント」で表しているとも考えられます。

これらのやりとりが自分と他人の比較ばかりに目が向いてしまうと「焦燥感」や「嫉妬」など悪影響になることは周知の事実かもしれません。最近ではInstagramが「いいね」の数を表示することを廃止し、

単に投稿の『いいね!』の数に注目するのではなく、フォローしている相手のコンテンツそのものに注意を払うよう期待している。

と表出するコンテンツに重きを置いたことも記憶に新しくあります。

「なんだ、もう実装されてるじゃないですか」

と思われるかもしれませんが、ミニフューチャーシティの中に「ATMで自分の感情を表出するシステム」ができた場合に、明確に異なる状況があります。

それは「気にかけてくれる人が、目の前に居るという身体的な体験」だと考えています。

誰かを気づかい、誰かに気づかわれるという人類がつちかってきた生きぬく術と、現代の技術を組みあわせて、人と人の新しい関係性や、新しい仕事やケアが生まれることを期待してしまうミニフューチャーシティでした。

[参考]
・ミニフューチャーシティー https://mini-future.city/
・『Positive Computing(和訳:ウェルビーイングの設計論)』

(text:一般財団法人たんぽぽの家 小林 大祐)

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最後に、重ねがさねになりますが、記事をご一読いただきありがとうございました。

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