【鏡の実践】の基本のき①
🪞相手や、出来事に対して自分が感じることは、全て、自分の内面=無意識を映し出している。
🪞相手や、出来事に対して言いたいことは、自分が自分に言いたいこと。
これが【鏡の実践】の基本のき、になります。
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例えば、自分が、夫やパートナー、会社の上司から【モラハラ・パワハラ】を受けていたとします。
こんなことをされたら、当然『どうして、こんな酷い仕打ちをされなきゃいけないの!』と、相手を責めたくなると思います。
でも、どんなに酷い状況であったとしても。
『自分の内面が反映されていること』として、【鏡の実践】をしていきます。
①自分が自分に【モラハラ・パワハラ】をしている
心のなかで『私は役立たず、何の価値もない人間だ』と、いつも自分のことを見下している。
本当は疲れているのに、カラダを労わってあげていない。
本当は辞めたいと思っているのに、合わない仕事を無理して続けている。
自分の声を無視して、蔑ろにしている。
そうやって自分のことを大切にしていないと、もう一人の自分=ハイヤーセルフが、
『どうして、こんな酷い仕打ちをされなきゃいけないの!』と言いたくなるような相手、出来事を通して、そのことを伝えようとしてくれるのです。
②自分も誰かに【モラハラ・パワハラ】をしている
『相手からされること』=『自分が自分にしていること』は必ずありますが、『自分も誰かにしていること』もないかどうか、確認します。
すぐに思い浮かぶときと、思い浮かばないときがあるかもしれません。
ゆっくり自分の胸に手を当てて、問いかけてみます。
例えば、職場や友人の前では『従順な自分』であっても、自分の親や兄弟姉妹に対しては、『バカ』『役立たず』など酷いことを言ってきた/言っているかもしれません。
家族が頑張っていることを認めずに、過小評価しているのかもしれません。
(直接、声に出して、相手に伝えていなかったとしても)
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『自分も誰かに、酷いことをしている』ということを受け入れるのは、最初はなかなか難しいかもしれません。
特に、いつも良い行いをしようと心がけている人や、まわりの人からも優しい人と言われているような人ほど、
酷いことをしてしまった自分を受け入れることが、とっても苦しく感じてしまうかもしれません。
でも、酷いことをした自分に対して『なんて酷いことをしてしまったんだろう?』と、責める必要は全くありません。
どんなに酷い自分であったとしても、ジャッジすることなく、ただ、そんな自分のことを認めて、受け入れます。
家族や誰かに酷いことをしてしまった、傷つけてしまった。
そういうことって、誰にでもあるものですし、そのときは、そうせざるを得なかったという背景があると思います。
なので、『あのときは、あぁするしかなかったんだよね』と、酷いことをしてしまった自分のことを優しく包み込んで、赦してあげてください。
自分が自分の味方になって、どんな自分のことも丸ごと愛せば愛するほど、現実にも、それが反映されていきます。
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