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連載小説【正義屋グティ】   第10話・沸点

10.沸点

心臓の鼓動が聞こえ、グティは梯子にかけていた自分の手をとっさに離してしまった。ドスンと四階の古びた廊下に鈍い音が響き渡る。
「正夢…」
グティは昔、パターソンが教えてくれたそんな言葉を思い出す。その言葉は夢で見たことが現実で起きるという意味だ。今自分がその不思議な現象に巻き込まれていると考えると、手の震えが止まらなくなってきた。
「上ではパターソンが僕の助けを待っている。」
グティは目をつむり一回大きく息を吸ってゆっくり吐いた。その吐息には13歳のものとは思えないくらい複雑なものが詰まっていた。
「よし!」
グティは少し大きめな声で喝を入れると、高く腕を伸ばし、錆びれた梯子に手と足をかけ、たくましく登り始める。梯子が途切れ、屋上に続く扉の前に到着した。その扉の鍵穴は壊されて少しゆがんでいるようだ。
カイーーン
扉は屋上の床に強く叩きつけられ、グティは昨日と正反対の気持ち良いほどの青空からの光が差し込む屋上に到着した。屋上は普段誰も来ることがないためか柵も何もなく、まさに一面コンクリートで敷き詰められたとても大きい空島のようだった。色鮮やかな鳥の群れが飛んでいく先には、馴染みのある養成所の校舎が一棟から四棟まで列を作り連なっている。そしてその後ろには左足から血を流し倒れているパターソンとそれに銃を突きつけ笑い転げているニコルの姿があった。
「グティ!これを見てどう思う?お前の大親友が鉛玉の餌食になって、わんわん嘆いているんだぞ。」
「ニコル...。なんで?僕が君に何をしたんだ?」
正気を完全に失ったニコルに、グティはそう尋ねる。
「お前がいけないんだ!お前が怒らないから!」
「は?!」
グティはニコルの言っている意味が全く分からなかった。困惑の色に染まり、硬直して動かないグティを睨み、ニコルはまたパターソンに銃を構えた。
「パターソン。お前の親友はお前の惨劇が見足りないらしいぞ。次は右足だ!」
「やめろ!」
バーーーン
グティが叫んだ頃にはニコルの拳銃から灰色の煙が噴き出ていた。
「ああああああああ。」
パターソンは自分の細い右の太ももを両手で抑え嘆いている。それを見たニコルはまた盛大に笑っていたが何故か目から涙があふれ出ていた。
「グティ。お前はほんとに薄情な奴だな!親友の変わり果てた姿を見ても何も思わないのか?」
「お前の目的が全然わからないよ!お前は僕に何を求めているんだ!」
グティはそう言い放つとニコルに向かって勢いよく走り始めた。するとパターソンが荒く激しい呼吸を何とか抑え、細々とした声で叫んだ。
「グティ...怒らないで。」
その声にぴたりと足を止めたグティはパターソンをじっと見つめた。
「もうこれ以上、大切なものを失いたくないんだ。」
グティは変わり果てた親友の姿を自身の目に焼き付けると、再びニコルの方に走り始めた。
「ニコル!僕はお前を許さない!」
次の瞬間、グティは大きな雄叫びを上げると、グティの体全身からなんと青い毛皮が急激に生え始め、手足の先には長く鋭い爪、さらには口から二本ほどきれいな曲線を描いた鋭い牙が飛び出ていた。極めつけは悪魔のような目だ。その怒りに燃えたぎる険しい目を向け、四足歩行でニコルの元に向かっていた。その姿は『狼』そのものだった。
「グ、グティ!やはりお前は!」
ニコルは握りしめていた拳銃をグティに向けるも手が震え、標準が定まらない。その隙にグティは自分の左手をニコルに振りかざし、爪で思いっきり引っ搔いた。
「ぎゃぁああああああああ」
その攻撃はニコルの顔に命中し、ニコルの右目からは大量の血が流れ出た。グティはそんなことはお構いなしで、続けざまに大きく口を開けると、鋭い牙でニコルを狙いに行く。だがニコルも負けじと拳銃を荒れ狂う狼に突きつけ、引き金に手をかけた。
バンッ
短く乾いた銃声が養成所にこだました。
「あ、あ、あ…」
狼は何が起きたのか分からず、あたりを見渡す。すると狼の足元にさっきまで死ぬほど憎んでいたはずの男、ニコルが頭から血を出し横たわっていた。
「どういうことだ?」
狼はその言葉を残すと、地面に吸い込まれていき消えてしまった。
「おい、ニコル。俺と話をしないか?」
声の主は屋上のドアから顔を出し、ニコルを撃った張本人であるデューン・アレグロだった。アレグロはニコルの髪を力ずくで引っ張りパターソン達の視野に入らない屋上の角に連れていき座り込んだ。そしてそのすぐ後にデューンと同じグループのスミスとチュイが血だらけのパターソンの元に行き、止血などの応急処置を行った。
「なんで、ここがわかったの?」
意識を取り戻し始めたパターソンがスミスに尋ねる。
「朝、グティと君が話してるのが聞こえたらしくて。気になるから行くぞって連れてこられたら、このありさまってわけ」
「そうなんだ、ありがとう二人とも」
「そんなことよりも、さっきのどういう事?グティって狼だったの?」
チュイはパターソンンに巻き付けた包帯を固く締め終わると、狼が消えたところを見つめて呟いた。
「僕も詳しくはわからないんだ。詳しくは…」
パターソンの曖昧な返事にチュイは天を仰ぐ。その間パターソンは、三年前にグティの父親と交わした小さな誓いを思い出していた。そして誓いの意味が何となく分かった気がした。

数分後
応急処置が終わり、パターソン達三人がきれいな青空にポツンと浮いている雲を見つめながら正義屋の救急隊員を待っている時だった。突然、制服を着た人間の姿のグティが屋上の床から飛び出てきた。
「きゃあああ」
スミスは驚きのあまり屋上から転げ落ちそうになった。が、チュイがとっさにスミスを支えて事なきを得た。
「気絶してるね」
パターソンは心配そうにグティを見つめていると、後ろからチュイが無言で優しく背中をさすってくれた。謎はたくさん残ってものの、ひとまず一件落着だと思い一息ついていると、アレグロたちのいる所から銃声が何発も何発も聞こえてきた。
「どうしたの!」
パターソン達が素早く振り返るとそこにはニコルの返り血を浴びて、朱色に染まりきったデューンの姿があった。
「何があったんだよ?!」
スミスが目を丸くするとデューンはとても焦った口調で、
「まずいことになった。急いでニコルを校舎内に運ぶぞ!」
と言い放った。
状況を全く呑み込めていない二人は、言われるがままにニコルを運ぼうと、血だらけで何の抵抗もないニコルの体に手を掛けた。二人がニコルを持ち上げたと同時に、真上から黒色のヘリコプターが音を立てて近づいてきた。
「きゃーーー」
スミスの叫び声に驚きチュイは思わずニコルから手を放して、転がっているパターソンとグティを屋上の隅へと避難させた。
ブロロロロ
だんだんとヘリコプターの音が近くなっていき、ついにヘリコプターは屋上に着陸した。
「裏切り者は渡さんぞ!」
デューンは黒く磨かれた鉄の塊にハンドガンで対抗したが、びくともしなかった。結局その後ニコルはヘリコプターから出てきたアームによって連れていかれた。
「何が起こってんだよ!全然意味わかんないよ!」
パターソンは恐らく呆然としているデューンに訴えかけたが、返ってきた答えは期待していたものとは全く異なっていった。
「グティは病気で怒りを制御できなくなることがあり、そうなると何故か狼に変貌する。このことをお前らは知ってしまった。少しでも口外すれば殺す。いいな!」

      To be continued...  第11話・若きコンプレックス
ついに第二章開幕! 2022年6月5日(日)午後8時投稿予定!お楽しみに!

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