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連載小説【正義屋グティ】   第8話・優等生

8.優等生

五年前 シフォン州中央総合分校

「ねぇ、スミス!今回のテスト学年30番だったんだ!」
赤と黄色のかわいらしいワンピースを着た少女は、厚紙に細かい数字がぎっしりと印刷された成績個票を勿体ぶって両手で持ち、得意げな顔でスミスの席へ小走りで向かう。
「30番?冗談はやめてよ」
スミスは先ほどまで黙々と解いていた算数の計算の手をピタッと止め、少女に体を向けると、あろうことか罵倒を始めた。
「そんな低い数字よく人に見せれるわね。面白い子!」
てっきりほめてくれるかと思った少女は目に涙をためる。
「なんでそんなこと言うの!そういうスミスは何番なのよ?!」
「聞きたい?」
スミスは少女の潤んだ目をあざ笑うように微笑むと、机の中から同じような厚紙を自分の向きに丁寧に取り出し少女にサラリと言った。
「一位よ」
そう聞いたとたん、
「スミスなんて大嫌い!」
と、少女は個票を見ることなく大声で泣きながら走り去った。これは当時のスミスにとっては、自分の努力を実感するとともに、優越感に浸れる嬉しい出来事だった。そのときまでは、自分が『勉強ができるため頭がよく、頭がいいから偉いのだ』とずっと思いこんでいた。だがその直後のナタリーとの出会いによって、八歳のスミスは自分の浅はかさを思い知ることになる。
「あ!」
スミスの後ろの席から風に乗って同じような厚紙が飛んできた。氏名欄には【ベイカー・ナタリー】と記されてあった。さっきの少女にしたようにまた順位を見てあざ笑ってやろうと、スミスはそれを拾い上げ、チラっと中を見た。
【総合順位 学年1位】
今度の個票にはそう書かれてあった。ずっと周りに学年一位を豪語していたスミスだが実はそれは真っ赤な嘘で、本当はまだ学年二位より高い順位を一度もとったことがなかった。さっきの少女に一位と言ったのも、個票を開かずごまかせると思ったからだ。一位の差くらいサバを読んだって罰は当たらない。そんな風にスミスは噓をつくたびに自分に言い聞かせていた。スミスがナタリーの成績を躊躇なくガン見し固まっていると、後ろからナタリーが優しく声をかけてきた。
「拾ってくれてありがとう。あなた、名前は?」
「え?」
スミスは予期せぬ反応に戸惑うとともに、先ほどの少女との会話を真後ろで見られていたと思うと急に顔が熱くなり、恥ずかしさのあまり涙がこぼれた。これほどの恥と屈辱を感じたのは生まれて初めてのことだった。突然の涙に困惑しているナタリーの様子に気づいたスミスは、必死で即席の笑顔を作り、努めて元気に答えた。
「ディア・スミス。珍しいけどスミスが下の名前なんだ」
 
これが二人の出会いだった。この日を機に、二人はどんどん互いの友情を深めていくようになった。
 
それから二年後
10歳になったスミスはすっかり一人ぼっちになっていた。休み時間になるとコソコソと女子が固まって話している。もちろん声なんて聞こえっこないのに、まるで自分の陰口をしているのではないかといつも不安になり机に突っ伏している。
「どうしたの?スミス。最近元気がないよ」
「うん。まぁね」
スミスは頭の上から聞こえる声に反応し顔を上げ、その優しく丸みを帯びた声のほうをじっと見つめた。
「ナタリー。私から離れて」
「え?なんで?」
ナタリーは昨日買ったばかりの丸眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げると、不思議そうにスミスの顔をしゃがんで覗き込む。すると、いつも以上に騒々しい教室に背中を押されスミスは思いっきり椅子を引いて立ち上がった。
「あなたが私の近くにいると、あなたまで悪く言われちゃう!」
先ほどまでのにぎやかな教室が一気に凍り付いた。が、その途端に緊張がはじけ教室は笑いの渦へと変貌した。
「なぁに言ってるんだか!」
「へんなの~、急に立ち上がるとかウケるんだけど!」
「皆やめようぜ!ナタリーが可哀そうだぞ~」
クラス中の視線が自分に集中し、馬鹿にされている自分を三人称視点で俯瞰したスミスは自分の哀れさを悔やみ、ゆっくりと椅子に腰かけた。
「ごめんね。あなたまで道連れにしてしまって」
笑いの渦に飲み込まれそうになったナタリーの耳には確かにそう聞こえた。だがナタリーは一切の言葉も出さずにスミスにギュッと抱きついた。人の目など気にせず、ただスミスを守りたい一心でその行動を続けた。それがスミスにとって一番の救いだった。
 
さらに二年後 公園
 
「ナタリー、医師の養成所試験受かったんでしょ。おめでとう。」
スミスとナタリーは同じ進路に進もうと、同じ医師の養成所を受験したが、合格したのはナタリーだけだった。夜のそよ風と共に揺られれているブランコに乗るナタリーにゆっくり近づきスミスは続ける。
「私もお医者さんになりたかったけどダメだったわ。でも、だからといって皆がするような滑り止めの職業の養成所の試験を受けるのは私は嫌だったんだ。めっちゃ勧められたけど。自分の夢を諦めて妥協して自分の求めていない仕事に就くくらいなら、いっそ正義屋になって色んなお仕事する方がいいなって思ったんだ。」
語り終えた時にはスミスはナタリーの隣のブランコに腰かけていた。だんだんと温かくなっていくこの季節の二人きりの公園に何だかしんみりとしていた。スミスを呼び出した張本人であるナタリーは膝を使い上手にブランコをこぎ始める。
「あのね、スミス。私もスミスと同じ正義屋養成所に入ることにしたんだ。」
ナタリーは自慢のロングヘアをゆさゆさと心地よい風に揺らしながら、照れくさそうにスミスに言った。
「はぁ?そんな冗談騙されると思った?」
スミスがむすっと頬を膨らませると、ナタリーは漕いでいたブランコをかかとで止め、スミスに正義屋養成所の制服のバッチを手渡した。
「本当だよ」
ナタリーが微笑むと、スミスは目を丸くしてその場で飛び上がった。
「マジじゃん!でもなんで?医師の道に進めば将来は安泰なんだよ」
「わかってる。でも、こんなに仲良くしてくれたのはスミスくらいだったからさ、お別れなんて嫌なんだ」
ナタリーは少し照れている様子だった。そしてそんなナタリーの肩を組んでスミスは大きく泣いた。ナタリーに
「泣き虫」
と、罵られたがそんなものスミスにはお構いなしだった。そんな二人を紫がかった夜の空がじっくりと眺めていた。
 
 
          To be continued… 【第9話・冤枉】
 
        2022年5月8日(日)投稿予定!お楽しみに!!
 
 


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