見出し画像

私と、煙草

 今回の話は、私たち夫婦と禁煙についての話です。

 前回の話で腎移植の話がなんとか一歩進んだこともあり、私たち夫婦はとうとう禁煙する覚悟を決めました。今は電子煙草に変えましたが、二人とも年季の入ったヘビースモーカーで、私に至ってはチェーンスモーカー(吸い終わるとまたすぐに煙草をつける流れが鎖のように続いていく人)です。

 小さい頃、私は母の吸う煙草が大嫌いでした。
 臭いのはもちろんのこと、幼心に体に悪いのがわかっていたからです。
 その頃の私はまだ母のことが好きだったので、「こんなのやめなよ!体に悪いよ!」と開けたばかりの煙草を丸々一箱奪い取って水に沈めてしまったこともあります。

 まさか自分が、その数年後に煙草を覚えてしまうなんて全く思いもしませんでした。

 中学生の頃のことです。
 私はいじめの加害者という冤罪をかけられました。

 その頃私には仲の良い友達が四人いました。
 そのうちの一人が、ある日風邪で学校を休んだのです。
 自然とお見舞いに行こう!という流れになりました。
 そして担任の先生に住所を聞き、授業のプリントを持ってみんなでぞろぞろとその子の家に向かったのです。
 山の中にあったその子の家は、なんというか、オブラートに包まず言ってしまうとボロボロでした。そういえば誰かのお下がりなのか、彼女は服もいつもどこか古びたものを着ていたような気がします。
 私たちは一瞬呆気に取られましたが、でも、関係ありません。その子は大切な友達です。
 玄関まで行き、お見舞いに来たことを告げました。
 しかし彼女が出てくることは、とうとうありませんでした。
 そしてそのまま彼女は不登校になってしまったのです。

 彼女の姉が、上級生を三十人ほど引き連れて私たち三人の元へやってきたのはすぐでした。

『妹はお前らのせいでショックを受けて不登校になった。お前らがどうせ家を見て笑ったり、悪口を言ったりしたんだろう。妹がかわいそうだ。どうしてくれるんだ』 

 とんでもない誤解です。家を見て悪口を言うどころか、あの日私たちはその子に会ってもいないのですから。
 私たちは必死にそう訴えましたが、彼女の姉は聞く耳を持ってくれませんでした。何か言おうとすると遮られ、何人もの上級生から一斉に罵倒が飛んできます。やがて先生が事態を収集するためにやってきましたが、喧嘩両成敗で片付けられてしまいました。

 落ち込みました。私たちは何も悪いことなんてしていないのに、彼女が不登校になってしまったということでこんなにも一方的に責められてしまうのか。

 ……なら、私たちも学校なんて行かなければいいんだ。

 私たち三人は学校に行くのをやめました。そして一緒に家出をしたりと、少しずつ悪い方向に向かっていってしまったのです。

 ある日、友達が言いました。

「お酒、一緒に飲まないかって男の人に誘われたんだけど行かない?」

 他の二人がどうだったかは知りませんが、私は薄々わかっていました。中学生にお酒を飲ませようなんて男、きっとろくな男じゃない。でも、他の二人のことが心配です。私は結局着いていくことにしました。
 大学生くらいの男性二人は、「本当に中学生?小学生じゃなくて?やべえ〜!」などと言いながら私たちを迎え、ゲームを仕掛けてきました。負けるとお酒を飲むゲームです。イカサマをしなくても、大学生の頭なら中学生を負かすことなど簡単だったでしょうし、きっとお酒も飲み慣れていたでしょう。
 いつの間にか酩酊した私の上には、男性が一人覆い被さっていました。そこで私は最低なことをしました。怖くなり、友達を置いて逃げ出したのです。男性は特に追ってきませんでした。残った友達は二人。男性も二人。それで事足りたのでしょう。
 いつの間にか外されていたブラジャーのホックを付け直しながら、千鳥足でふらふらと道を歩く私を、大人たちは怪訝そうに見ていましたが声はかけられませんでした。声をかけられたのは、電車に乗り込んでからです。

「あれ?きみ、酔っ払ってるね?まだ子どもなのに、いーけないんだあ」

 友達を見捨てて逃げてきた罰が当たったのでしょう。ニヤニヤ笑いながら声をかけてきたのは、先程の男性二人よりもっとずっとやばそうな人たちでした。
 それきり連絡が途絶えた友達二人の代わりに、私はその人たちと付き合うようになりました。
 殺人、放火、誘拐、覚醒剤……夜になる度に家を抜け出し、これら以外の悪事は一通りやったと思います。
 14歳の頃でした。
 その頃住んでいたのは四国の片田舎でしたが、今でいうトー横キッズみたいなものでしょうか。どこにでも弱者を狙って搾取しようとしたり、悪い道に引きずり込んだりする輩はいるものです。煙草はその頃からやめられていません。 

 今でも紙巻きたばこの匂いを嗅ぐと、その頃のことを思い出して私は強いノスタルジーに襲われます。 
 同じような境遇の人たちとともに路地裏にたむろし、いつもお酒の空き缶を灰皿代わりに煙草を吸っていました。

 何度も禁煙にチャレンジしました。
 たばこ税が上がる度に、仕事をやめる度に、今日は吸いすぎてしまったと反省する度に、何度も何度もやめようとしました。
 でも、できませんでした。
 15年以上も吸ってきたのです。
 喫煙者に厳しいご時世ですが、何しろ夫より長く何度も熱い口付けを交わしてきた相手なのです。
 簡単にやめられたら苦労はしません。
 友達が、「煙草なんてもう流行らないし〜」とあっさり禁煙していくのを見て、羨ましくてたまりませんでした。

 インターネットの禁煙外来のスクリーニングでは、予想通りというか満点でした。
 禁煙外来がいつの間にか保険診療適応になっていたことも、先日初めて知りました。

 慢性腎不全の夫は腎機能が悪いため飲める薬に制限があります。
 うつ病の私はニコチン依存症からの離脱症状で、症状が悪化してしまうこともあるそうです。
 べイプ(タール・ニコチンが入っていない水蒸気を吸う製品)なども試してみたのですが、体質に合わなかったのか咳が止まらなくなってやめました。

 禁煙外来の先生に取っては厄介な患者がいきなり二人も増えて、さぞかし頭が痛くなることでしょう。

 けれど近いうちに夫のかかりつけ医や私の主治医に相談して、禁煙外来には必ず行くつもりです。
 良かったら、スキで応援してくれると嬉しいです!😊✨

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?