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美しいものは遠いからこそ、とはよく言ったものでした。

彼は、孤独な人だ。
周りに人がいても、愛されていると知っていても、笑っていても。埋めることのできない穴を、心の中に飼い閉じ込めているように見えた。
飼い慣らされることのないその怪物は、彼を酷く傷付ける。本人も気が付いているかわからないくらいに、静かに、それでも確かに。

──なんて哀しい人なのか!

目の前の人を愛しても、必要としても、守ろうとしても、その手からすり抜けてしまう。
それは彼の業であり、理不尽な罰。
どんなに周りが彼を悪く言おうと、憎むことは、まして嫌うことは、僕にはできない。それは、どうしたって彼の"孤独"が僕を惹き付けて、愛情をかき立ててやまないからだ。
冷酷で、合理的で、自信に満ちて、威厳に覆われて、愛情深くて、強く美しくて、儚くて……"現実世界"に馴染まない。
僕は、液晶の向こうで必死に生きる、情け容赦なく生きる彼に恋をしたのか?
……少し違う気がする。
その孤独に、共鳴したのだろう。抱いた愛情は、"親愛"と呼ばれるものに程近い。例えるなら、忌憚なく腹の中を晒け出せる親友を目の前に見付けた喜ばしさのような。
ほらね、同じこと考えてるじゃないか、と。なんか似てるよね、僕たちってさ、と。そんな親しみ。
いつだって、僕はそうだ。現実に傍にいる人に捧げるべき情というものを、液晶の向こうに明け渡したのはもう随分と昔の話になる。
小さな、時に大きな画面の奥こそ、僕が色や音を感じる世界だと思った。心を動かす強いものがあると思える世界だと思った。
だから。

──貴方は、画面の奥にいるからこそ美しいんだ。遠いから、僕は貴方を。

考えて、パソコンに目を向けた。
浮かんできた言葉の数々を、早いうちに書き留めておかないと忘れてしまいそうだ。

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『あの子がいいの

私でいいの

終わりを知らない花いちもんめ
決めた決めた、何に決めた?

おいてけぼりの私にも届くように、ほら
大きな声で言ってみて

羨ましい、妬ましい、愛おしい、腹立たしい

包み隠して繕う必要なんて失くしたでしょう
息苦しさは脱ぎ捨てて、身を任せていいよ
ここでは大切なモノなんてないんだから

決めた決めた、もう決めた?

あの子が欲しい

私はひとり

残されたのは醜い子の私
甘い甘い孤独に酔うこの私』

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読み返して、少し語尾を弄って調整して。
ほぅ、と息を吐いた。
詩を書く時は、いつもこうだ。突然、何かの拍子に言葉が頭の中で弾けて暴れる。上手く捕らえて繋ぎ止めないと、機会を逃す。
感傷的な時は、詩が進みやすい。
仕事を終えたパソコンを閉じて、テレビ画面に目を移す。
彼の姿を、無性に見たくなった。
テレビの前へ移動し、リモコンをぽちぽちと操作する。思い通りに動く機械たちは、彼を連れてきてくれた。
刹那、やはり僕は彼に魅入られる。
光を閉ざしたような瞳に、憂いで色をつけたような横顔に、獰猛でいて壊れやすい背中に。

──この人は、こんなにもわかりやすく愛を交わすことを望んでいるのに。

胸が痛くなるような気がする。
誰かが頭の中で作り上げただけの、存在しない人間の人生を、こんなにも。そんな人間の人生だから、こんなにも。
彼の生き様は、あまりに残酷だから。

──あぁでも。愛というのは恐ろしいものなんだ。その言葉は、破壊をも許す魔法の言葉にさえなるんだから。呑まれたら終わりなんだ。

この忠告を、もし彼に伝えることができたら。彼は、選ぶ道を変えないだろうか。
破滅ではなく、色彩豊かな優しい人生へ、動き出そうとはしてくれないだろうか。
隣にいるべきは、別の人だったのにと嘆いて見せることができたら、どんなにいいだろう。……荒唐無稽、有り得ないことだけれど。本当の意味で、住む世界が違うのだから。
思わず鼻を鳴らして自嘲すると、室内に彼の声が静かに広がった。
それは、甘ったれた僕の後悔を戒めるようで、逆に宥めるようで。
全くもって、彼は仕方のない人だった。

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