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【エ序7】エクナ篇序章⑤

数刻前ーーーー。

<破滅の預言者>の旧アジトを目指し、山中を進むドントーとカシア。

そんなドントーの背中に、おもむろに話し掛けるカシア。

「……なあ爺さん。あんたの武器はどう云ったカラクリでその、マルホキアスの攻撃反転能力に対抗するんだ?」

するとドントー、カシアの質問を受け。

「お主らが<魔神封印の螺旋塔>で採って来てくれた魔鉱石があったろう? 大地と風の元素力が互いを打ち消し合っているがゆえ、消滅の魔力が生じている鉱石じゃ。あの消滅の力が、マルホキアスの攻撃反転の防御を消滅させ、無効化するのじゃよ」

「だけどよ、<塔>で聞いた話に依れば、魔鉱石の加工には魔力が必要なんだろ? けどその魔鉱石は加工のための魔力をも打ち消しちまうって話じゃねえか? お蔭で例の魔鉱石は<塔>じゃ屑石扱いだったんだぜ? あんた一体、どうやってその魔鉱石を加工したんだ?」

カシアの穿つ問い掛けに、ドントーは眼を細めると。

「そこで、お主らが<スター・アイテムズ>から借り受けて来てくれた<神の鳥>の羽の出番じゃ。件の羽は<神の鳥>本体の膨大な魔力量の象徴であるがゆえ、他の魔力を寄せ付けない。この羽を鍛冶道具に装着すれば、加工の際に魔鉱石の消滅の魔力を寄せ付けない、と云う訳じゃ。打ち消す、のではなく寄せ付けない。つまり、魔鉱石の魔力が損なわれることはない訳じゃ」

「なるほど。魔鉱石の消滅の魔力はそのままで、加工ができる訳か」

カシアの理解にドントーは頷くと。

「更に伝説の種族・龍人の鱗じゃ。これを刃の素材に組み込むことで、龍の持つ純然たる破壊の力を備えることができる。いかなる物理存在も斬ることが可能な、最強の武器の完成、と云う訳じゃな」

そう云って、誇らしげに胸を張る。

「凄えな爺さん。良く思い付いたもんだ」

感心するカシア。

「とは云え、いかな強力な武器も当たらなければ意味が無い。もしもマルホキアスにこの鉾槍の力を知られてしまえば、奴にこの刃を叩き込むことは至難になる。つまり初撃で確実に奴を葬る必要がある訳じゃ」

「初撃必中か……。爺さん、何か妙案はあるのか?」

「うむ、案ずるな。我に秘策あり、じゃ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

現在ーーーー。

胸部に致命傷を負ったドントーが膝を突き、ゆっくりと斃れる。そしてその眼前では。

まるで破れた血袋のように大量の血をぶち撒けて、マルホキアスが斃れる。

当然だ。上半身と下半身が両断されているのだから。

「先生ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

寡黙で冷静そうな印象を裏切り、ボロッシュが絶叫する。

一方でカシアもまた。

(爺さん!! 敵の攻撃距離に入ってから刺し違える、そんなのは秘策とは云わねえぜ!!)

ドントーの『秘策』の詳細を聞いておかなかったことを、後悔していた。

ーーーーと、そこへ。

アジトの広間の奥に設置された魔法装置が突如起動し、転移門(ポータル)が出現した。そして中から、1人の老人が門を潜って現れる。

この老人こそ誰あろう、<破滅の預言者>もう1人の幹部であり、マリアを拐った張本人。魔法技術者レモルファスその人であった。

どうやらマルホキアスとの事前の打ち合わせ通り、ベルリオースの新アジトの動力炉を起動し、転移門を開いてマルホキアスたちを迎えに来たようだ。

だが想定に反し、レモルファスの眼にした光景はーーーー。

「マルホキアス……!!!? これは一体、どう云う状況だ!!!?」

思わず取り乱して声に出してしまう。が、すぐに冷静な思考を取り戻すと。

レモルファスは《念動》の魔法でマルホキアスの上半身と下半身を自分、つまり転移門の方へ引き寄せる。一方で。

「ボロッシュ!! リーリュ!! マリアを確保しろ!!」

と、大きな声で2人に指示を出す。

ボロッシュとリーリュ、弾かれたようにマリアの元へ殺到する。と、カシアが。

「させるかよ!!!!」

と気勢を上げ、2人の行手を阻む。だが。

「うおおおおおお!!!!」

先刻までの冷静さは何処へやら、苦悶に貌を歪め、悲壮とも云える表情でボロッシュが我武者羅に攻撃を仕掛けてくる。

防御を棄て、怪力に任せ、手数を以て押してくるボロッシュの攻撃に、さすがのカシアも防戦一方になる。

「リーリュ!!!! マリアを連れて行け!!!!」

ボロッシュの叫び。彼がカシアを喰い止めている隙に、リーリュがマリアの元へ走る! カシア、ボロッシュの壁を突破できない。

「糞が!!!!」

カシアの悪態も空しく、リーリュがマリアの肩に手を掛けようとした、まさにその瞬間ーーーー。

突如リーリュが横ざまに吹き飛び、洞窟の壁に叩き付けられる!

一陣の疾風の如く戦場に飛び込んできた人物が、リーリュの左肩に刺突の一撃をお見舞いしたのだ。

その人物は、庇うようにマリアを背後にして立つ。

ーーーー術師であるマルホキアスが斃れたことで、マリアに施された精神支配の呪縛が消失しつつあった。

朦朧と、まるで悪夢の中に居るようであったマリアの意識が、徐々に鮮明さを取り戻す。

そうして意識を取り戻したマリアが最初に見た光景。それが、彼女自身を庇うように立つ、青年の背中だった。

アルフレッドの、背中だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

この時点でボロッシュは、マリアの確保を断念する決断をした。

そして、左肩に重傷を負い壁際に倒れたリーリュの元へ走り、彼女を抱き上げるとそのまま転移門へと飛び込んだ。レモルファスは既に、マルホキアスの上半身と下半身を回収し、転移門の向こうへと姿を消していた。

「逃がすかよ!!」

慌てて後を追うカシア。だが彼女の眼前で、開いていた筈の転移門が消滅する。

怖らく『向こう側』で転移門を閉鎖したのだろう。これでボロッシュたちを追うことはできなくなってしまった。

「逃がしたか……」

悔しげに呟くカシア。だがはっと自分たちの置かれた現状を再認識し。

「爺さん!!!!」

慌ててドントーの許へ戻るのだった。

一方で、洞窟の入口の方から。

「待ってくださいアルフ! まだ無茶はするなと、医者からも止められているでしょう!?」

息を切らせながら、アルフレッドを追ってバートが姿を現した。

が、当のアルフレッドは。

乱れた息を整えることもできず、その場でゆっくりと前のめりに倒れ込む。

「アルフ!!」

慌てて駆け寄ったバートが抱き起こす。アルフレッドの服の胸の部分に、血がゆっくりと滲み広がっていた。

「云わんこっちゃない。まだ完治した訳じゃないのに無理するから。傷口が開いたんスね」

そう云って服をはだけ、止血のための応急手当をしようとする。と、マリアが。

「その方は……アルフさん……と仰るんですか?」

と、バートに話し掛けてくる。

「ん? マリアちゃんっスね? この人はアルフレッド。オイラはバートっス」

「……何故、私の名前を?」

「ドントーさんの元に、君が悪い奴らに捕まったって連絡が入ったっス。で、助けに来たんスよ」

アルフレッドにバート、ドントー……。彼女の知らない名前が次々と出てくる。しかも彼らは、自分のことを知っているようだ。事情が、呑み込めない。

一方、ドントーの許へ駆け寄ったカシアは。

「爺さん……何だってあんな真似を……?」

ドントーを抱き起こしながら、相討ち覚悟の捨て身の攻撃について問い質す。

「……あの抜け目の無いマルホキアスを相手に……確実に攻撃を命中させる方法を他に思い付かなかったのじゃよ…………。そんなことより……奴はどうなった…………?」

ドントーがマルホキアスの生死を問う。

「マルホキアスか? 死んださ。あんたが上半身と下半身を真っ二つにしたんだぜ? 当然だろ?」

カシアがそう云って、マルホキアスが斃れていた場所を見やる。夥しい出血量だ。体内の殆どの血が流れ出ているように思える。あれほどの血を失って、生きていられる筈がない。絶対に。

「そうか…………」

ドントーが、安心したように微笑む。そして。

「マリアはどうなった……? 無事か……?」

今度はマリアの無事を確かめる。

「ああ。彼女も無事助け出した。驚くなよ。なんとアルフレッドとバートが駆け付けてくれたぜ」

「そうか……。2人の傷は無事癒えたのだな……。良かった……」

そしてドントーは、やおら真剣な表情になると。

「間もなくこの島にアザリーたちがやって来る筈じゃ……。もう到着しているかも知れん……。まずは彼女に逢え……。そしてこれまでのことを伝えろ……」

そう云うとドントー、大きく咳き込み出す。

「判った!! 判ったからもう喋るな!! 爺さん」

苦しげな息の下、ドントーは大きく深呼吸すると。

「どうやら儂は無事、役割を全うすることが出来たようじゃ……。あとのことは、託す…………」

そう云うと静かに眼を閉じ、息を引き取ったーーーー。

そして時を同じくして、ドントーの遺作たる鉾槍の刃にひびが入り、ぼろぼろと砕け崩れた。あたかも、主人の後を追うかのように。

「爺さん…………」

やがてカシアは、そっとドントーを地面に横たえると。

「そうだ! アルフレッドとバート」

2人の許へ歩み寄る。ちょうど、バートがアルフレッドの止血処置を終えたところだった。どうやらアルフレッドは、意識を失っているようだ。

「アルフレッドはどうしたんだ? 傷は、癒えたんじゃなかったのか?」

カシアが問うと。

「はい。あの後手配した医者が到着して、上級治癒術で内臓の損傷を修復し、傷を塞いでくれたっス。ただ傷口が完全にくっつくまで絶対安静って云われてたんスけど、意識を取り戻したアルフが皆を助けに行くって聞かなくて。ここまで走って来たんスよ」

「で、無茶をしたから傷口が開いたのか。全く……」

カシアは苦笑すると。

「だが、良いタイミングで駆け付けてくれた。正直助かったぜ」

「そいつは何よりっス。無理して駆け付けた甲斐がありました」

ニカリと笑うバート。

「さて……」

そう云うとカシアとバート、2人でマリアの方を見やる。

当のマリアは事情が全く呑み込めず、おどおどとしていた。

「あんた、アザリーの娘のマリア……で、間違いないよな?」

カシアが改めて問う。

「はい…………と思います」

「煮え切らない答だな? と思う……ってのはどう云う了見だ?」

カシアが首を傾げると。

「私を育ててくれた両親は、ベトルとエミリーと云います。アザリー……さんが実の母親だと聞かされたのは、私自身もつい先日のことなのです」

「なるほど……。あんたも何やら複雑な事情を抱えているようだな」

「それより……あなた方は、一体どなたなのですか……?」

マリアが意を決して問う。

バートとカシアは顔を見合わせると。

「改めて自己紹介っスね。オイラはバート。そっちの強そうな姐さんはカシア。で、ここで倒れている、マリアちゃんの危機を颯爽と救った優男がアルフレッドっス。いきなり信用しろと云われても難しいかも知れないスけど、オイラたちはマリアちゃんの味方っス。安心してください」

「何故、私の味方を……? どうして私のことを知っているの……?」

するとカシア、地面に横たわるドントーの遺体を指し示し。

「あそこで亡くなっているドントーは伝説級の武器職人でな。彼の武器製作を手伝ったのが縁で、知り合った」

「ドントーさんはアザリーさんの冒険仲間らしくて、昔から一緒に悪者たちと闘っていたそうっス」

「先日ドントーの許にアザリーから報せが入った。娘のマリアが悪党どもに拐われ、ベルリオースへ連れて行かれた、ってな。アザリーたちもベルリオースへやって来るらしいが、オレたちは一足早くあんたの救出にやって来た、って訳だ。元々ベルリオースに居たからな」

カシアとバートが交互に話し、マリアの置かれた現状を説明した。

「そうでしたか……。ありがとうございます……。何も知らないのは、私だけのようですね……」

そう云って、マリアが顔を伏せる。

「マリアちゃんは、アザリーさんが母親だと云うことも知らなかった、って云ってましたね?」

バートが問うと。

「はい……。両親から聞いた話では、アザリー……母さんの娘だと云うことが知られると、身柄や命を狙われ、私は平穏な人生を送れなくなると。それで親子関係を隠し、赤の他人ーー私を育ててくれた両親の親友、と云うことにしていたのだと」

「正解でしたね。現にこうして正体を知られた途端、身柄を狙われてますからね」

マリアの言に、バートが納得する。

「だがアザリーは、どうしてマリアの拉致をこんなに早く把握出来たんだ? まさかずっとマリアを見張っていたのか?」

カシアが首を傾げると。

「それは怖らく、アザリー……母さんが私の家を訪れたのだと思います。両親が襲われ、私が拉致されたのがちょうど私の15歳の誕生日の前夜でした。母さんは毎年私の誕生日を祝いに来てくれていましたから、今年も訪れて、そして異変を知ったのだと思います」

「なるほど……」

「姐御、積もる話はここを離れ、港街に戻ってからにしませんか? 街に待たせてる人も居るし、アザリーさん一行ももう到着している頃かも知れません。マリアちゃんも引き渡さないと」

バートが提案する。

「そうだな……」

そう云うと、カシアは壊れた鉾槍を背中に背負い、ドントーの遺体を抱き上げた。一方でバートは、アルフレッドを背負って立ち上がる。

「一緒に行きましょうマリアちゃん。アザリーさんが、待ってるっスよ」

「はい…………」

そうして一行は<破滅の預言者>のアジトを後にし、麓の港街アイゼムへ向け、歩み出すのだったーーーー。

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