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朝ごはんという幸せ

幼い頃、目を覚ました私が最初に考えるのは、決まって朝ごはんのことだった。

焼き立てのパン、サンドイッチ、コーンフレーク。ほかほかの白いご飯に、だし巻き卵、焼き魚。

今日のごはんはなんだろう。眠たくて布団から出たくない日でも、「早く朝ごはんを食べたい」という一心で、むりやり体を起こしていた。

台所からふわぁ〜んと漂ってくる、芳しい香り。

トースターから鳴る、チン!という軽快な音。

ゴリゴリ、と低い音を鳴らしながらコーヒー豆を挽く母の姿。

そして家族全員が食卓につき、食事を始める。テレビをつけるわけでもなく、何か話をするわけでもなく。ただ「朝ごはんを食べる」だけのその時間が、私はなんだか好きだった。

パンもご飯も好きだったのだが、私は特に、母の焼くパンが好きだった。

前日の夜から生地を丸めたり、何かを練り込んだり。子供だった私は、何の工程なのかも、どんなものが完成するのかもわからなかった。ただ、そんな母の姿を見た夜は、次の日が楽しみで仕方なく、わくわくしながら眠りについていた。パンのことを考えすぎて、パンの生地が延々と膨らみ続ける夢を見たこともある。

そして翌朝テーブルに並ぶ、焼き立てのパンたち。

昨日まではぺちゃんとした塊だったのに、風船のように膨らんで、「食べて食べてー!」と私に話しかけてくる。

その日のパンはテーブルロール。バターを塗ったパンの表面はぴかぴかに輝いていて、パンを半分に割ってみると、白い湯気が立ち上る。ああ、香ばしくって、なんていい匂いなんだろう。

母の作るパンからは、きまって幸せの匂いがした。


私は朝ごはんから毎日、パワーをもらっていた。愛情のこもった朝ごはんを家族と食べることが毎日の幸せで、日々を生きる活力になっていたのだと思う。

一人暮らしになった今、朝ごはんを食べない日も多い。だけどたまには、母のしていたようにコーヒーを入れてみたり、ほかほかの白ごはんを用意してみたり。自分を幸せにする工夫をしてみるのも良いな、と改めて思った今日だった。







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