【凡人が自伝を書いたら 88.思わぬ飛び火】
経営陣から厳しい要求を受けたことで、僕の上司であるエリアマネジャーは、傍目に見ても、かなり追い詰められているようだった。
無理もない。同じエリアに所属する店舗10店舗の中で、「黒字経営」をしているのは僕の店だけだった。
そういう状況だったので、会社側から利益確保を強く求められているという話を聞いた時は、甘んじるわけではないが、「僕の店は利益も十分取れているから大丈夫だ。うちはうちで、この調子で、人を育て、いい営業をして、売上を取り戻していけばいい。」
そんなふうに考えていた。
会社からのメールにも書かれていたが、おそらく上司であるエリアマネジャーも、本来の職務から離れ、不採算店の営業に入り込むことになるのだろう。
「心中、御察しします。微力ながら、何かお手伝いできる事があれば、喜んでお手伝いします。」
それくらいに考えていた。
ある日、上司が僕の店を訪れ、なんだか言いにくそうな感じで、僕に話しかけてきた。
「どうかしましたか?」
「それがさあ。。この店の人件費をもう少し削りたいんだよ。。」
は?(どういうこと?)
これだった。
もちろん、そこまでバカではないので、言葉の意味はわかるが、何故、「よりによってうちの店なのか」、それが理解できなかった。
うちの「人件費」は、売上にしめる割合も見ても、至極「適正値」。
これは業態や経営方針によるのかもしれないが、うちの会社では30%を超えなければ良いよね。的な感じに言われていた。その中で、うちの店は25〜27%と言ったところだった。
売上が高いこと、スタッフ達の能力が高いことで、これが実現されていた。もちろん、無駄に人を置きすぎないように、時間別で分析して、適正な人員を配置できるように、勤務スケジュールも工夫していた。
それなのに、である。
素人の発想なのかもしれないが、利益を上げていきたいのなら、まずは赤字店舗をどうにかするべきだろう。
そういうふうに思って、納得がいかなかった。
「誰を勝たせようとしているのか」
これはあくまで持論でしかないが、僕は「部下を勝たせることで上へ上がれる。」そういうふうに考えていた。
僕の場合の部下は、チーフであり、アルバイトマネジャーであり、それ以外のアルバイトスタッフである。
人によって「勝ち」の概念は違うだろうが、
みんなで仲良く働けること。お客に喜んでもらうこと。成長すること。活躍すること。自分に自信が持てること。人と繋がりを持てること。楽しんで働けること。この店で働いて良かったと思えること。
他にもいろいろあるだろうが、部下それぞれが「勝つ」ことで、良い働きをして、成果が出る。僕自身も成長し、上へと上がれる。
そんなふうに思っていた。
いや、手っ取り早く、「上司」を勝たせれば良くね?なんて意見もあるだろうが、部下が勝つことで、僕が勝つ。僕が勝てば、それは上司の勝ちにつながる。
組織はそういうものだと思っていたし、そうしていかないと、下に行けばいくほど、負けやすくなるのだ。
「上」ばかりハッピーで、「下」は損をしている。
そんな組織は、人が離れていく組織で、衰退していく組織だ。それはいわゆる「搾取」である。
生意気にも、そういうふうに考えていた。
これは口には出さなかったが、一言聞きたい質問はあった。
「あなたは今、誰を勝たそうとしていますか?」
うちの店の「人件費」を無理矢理に削り取れば、「短期では」利益が取れるかもしれない。そうなれば、上司はある意味「勝つ」ことができる。短期では、僕も利益を上げられるわけだから、勝てるかもしれない。
ただ、人件費を削り、無理な営業をすれば、サービスも低下しやすくなる。お客に不満も与えやすくなる。そうなれば、いずれお客は徐々に離れていてしまう。
売上がなだらかに落ちている店なんて、大抵これが原因だ。
僕はそうはしたくなかった。
僕が来る以前、この店がそうだったからだ。
もちろん、人件費に無駄があるという指摘なら、僕も積極的に賛同するが、無駄がない、適正である。ということは、数字で証明されていた。
これ以上、人間を減らすなんて、「極限に人手不足の店がしょうがなくやる営業」のレベルになってしまう。
だから、今赤字の店舗ではもう利益は取れないから、唯一黒字のこの店で、利益を取ってやろう。
なんて主張には、全く賛同できなかったのだ。
なぜなら、短期では勝てるが、長期では勝てない。
何より、上司や僕は勝つかもしれないが、「部下が負ける」。
それが許せなかったからだ。
つづく
お金はエネルギーである。(うさんくさい)