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(掌編小説)たよりになる猫

「私、これ以上は無理です。無理ですよ!」
私は職場の給湯室で叫んだ。上司のMはなだめるように何かを言い続けていたが、私は彼の顔も見ずに給湯室を走って出ると、会社を早退した。

乗客のまばらな電車の中で、我慢しても流れてくる涙をハンカチで押さえながら、私は会社を辞めようかと考えていた。私は小さな印刷会社のデザイナー。32歳、女。もともとデザインのPC作業の他に、ちょっとした印刷ぐらいはやっていたが、それに加えて製本の仕事もやるように言われたのだ。デザインの部署のチーフとしての仕事で毎日追われているのに、もうこれ以上は無理だと思った。上司のMは「君はできる子だから」とへらへらしながら言うから、それは私だってキレるよ。

マンションに着いたのはまだ午後3時前、クロちゃんは不思議そうな顔をしながらゆっくりと私に近づいてきて、足元でミャアと鳴いた。私はクロちゃんを抱き上げて強く抱きしめた。黒猫のクロちゃんは嫌がりもしないで、されるがまま。甘えすぎかな私。ねえクロちゃん?

お腹もすかず、ボーっとしたまま午後7時を過ぎたところでLINEが来た。まじか。元カレからだった。

「ごめん!ちょっと頼みがあるんだよ。今から行く。待ってて」

待っててじゃねえよ。どうせお金の無心でしょ?いい加減にしてよ!どうしよう?クロちゃん連れて逃げようか。私はバタバタしながら身支度をし始めていると、玄関のチャイムが鳴った。

私はクロちゃんを抱っこしたままインターホンの画面を見ると、顔から血を流している元カレが一人で立っていた。
「何?どうしたの?ちょっと待ってて!」
私が慌ててドアを開けると、元カレの両脇から突然男が二人現れ、部屋に押し入ってきた。私は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。その瞬間、クロちゃんはパニックになって玄関から出て行ってしまった。私は動けないまま、顔から血の気が引いてゆくのがはっきりとわかった。

彼もその二人組に押し倒され、私の隣に倒れこんだ。
「ごめんA子。ごめん」
彼は口から血を流しながら、私に謝ってきた。私は頭の中が真っ白になりながらも、クロちゃんのことを心配していた。クロちゃん。クロちゃん。

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