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【短編】ビー・アフェクティング, ガール.

アイドル事務所の運営を行い、世界的にメガヒットするグループを育てる。
そんなコンセプトのゲームだった。
正社員で就いた仕事をやめて、告白という過程を踏まずに、ウェディングドレスのような肌色の広告デザイナーと共同生活をしている。
そんな私は彼に対して「いつか絶対、私の作品を売って、そのお金で新婚旅行に行こう」と伝えていた。
私は絵もそこそこで、DTMの扱いもそこそこで、文章力もそこら辺の人間と比べたらそこそこだ。もう少しで何かしら作れる気がしていた。
そんな私と相対して、彼は何も言わずに笑うだけだった。
彼が仕事にでかけていった後、私は「インスピレーション」と呼べるようなものに何かしら引っかけるため、読書をし、映画を見て、ユーチューブに飛んで、ティックトックを見漁り、その中で出てきた広告に捕まって、パソコンを立ち上げ、ゲームをダウンロードした。
私がアイドル事務所の社長になってから、ゲーム内の時間で2年が経過していた。
既に私の手がけたアイドルたちは、新曲を出すたびに平均300万再生を持ち帰ってくるようになっていた。
私はゲーム内の自分を男性に設定しており、グループ内の複数人と交際した。1~2人目までは週刊誌に金を出すことでスキャンダルを抑え込んでいたが、3人目になってからはスキャンダルによる痛手やイメージダウンが快感へと変わっていった。
人々が私個人の情動によって右往左往する様は愉快だった。
ゲームだからNPCは決まった反応をするし、実際に困惑なんてしていないのは分かる。
でもそんな理性は、アイドルと過ごす夜毎の密会(というゲーム内イベントのための挿絵)を見ていたら、どこかへ漂っていって消える。
私は、目と頭が耐えられないほど痛み出してきた所でゲームを中断した。外はすっかり暗くなっていた。
コピーライティングや下請けデザイナーとのやり取り、社内で笑顔をまき散らす等、彼は雑多な社会的活動を終えて、私というひとりの女のところへ帰ってくる。
わざとらしい程恵まれた顔面を備えた彼が、そんな日常を送りつつ、毎日私の頭を撫でる。
思い返して、もったいないやつだなと評する。
もったいないから、寄越せと言いたい。
私なら、お前の見た目を有効活用できると。それこそ、この画面上のアイドルみたいに、生活を豊かにしてやれる。
うまくやってやる。
そう言ったら、きっとまた、彼は笑って頭を撫でてくるのだ。


友達が結婚した。
その友達はFPSゲームのコミュニティ経由で知り合った女性で、配信者をしていた。
私も配信は偶にしていたが、100人前後の視聴者が傍観し、その中の3~4名がコメントを連投してくるという状況だった。
対して友達は有名配信者同士が集まるオフ会に偶々呼ばれ、そこで知り合ったタレント事務所の社長と付き合い始めた。
そして一瞬で結婚。彼女いわく「何も考えなかった」とのこと。
結婚。
カタンと音をたてて、私の胸の中に落ちた、その角ばった単語。
自分の中に空洞が広がっているようで、実際には鳴っていないはずのその音は、私の中で寂しく反響している。
結婚した後数か月間、私と彼女は変わらず通話をした。
ゲームを一緒にやることもあったが、その頻度はだんだん少なくなっていった。彼女が話す話題は、有名イケメン配信者やアニメについてばかりだったのに、いつの間にか料理や物件の話で溢れていった。
彼女の方は、「こちら」とよき友達で居続けたかったのかもしれない。
しかし私は、いつか母国に帰るという前提で仲良くなる留学生同士の友人関係に似た、生々しい割り切りを彼女との間に設け始めていた。


私はあらゆる「文化的」活動が手につかなくなって、
廊下、何もない洋室、自分の部屋、玄関、キッチンそれぞれを放浪する。
休日だった同居の彼は、鼻歌を歌いながら掃除機をかけた後、洗濯機をまわして、リビングのテレビをつけたまま料理を始めた。
ダイニングキッチンに熱を帯びたトマト臭が漂い、私の腹は鳴る。
彼の背中をじっと見つめながら、
ビーズクッションに全体重をのせていた。
とんとん、ジュー、シュー、ぐつぐつ、かちゃ、ぱたんと色々な音が鳴った後に、ダイニングテーブルへどんどん何かを運んでいくイケメン。
彼は何かを全て運び終えると、私の前にしゃがみ、両脇から腕を通してきて、赤ん坊を抱きあげるように私を起立させる。その後、介助レベルのサポート体制のもと、私を料理群の前に着席させた。
どれも「美味しそう」と言わざるを得ないものだった。
私の腹は鳴り、その音はどこか私の無力さを示すようだった。
彼を見ると、少し心配そうに目を細め、首をかしげている。
2秒ほど見つめ合い、彼が笑顔を浮かべる。
「どうぞ、冷めないうちに」
これが、私の今日聞いた、彼の最初の言葉。

喰った。喰らった。
泣きそうだった。
私はひたすら襲ってくる美味によって、自分の中に少しでも生まれそうな虚しさや申し訳なさを圧死させようと試みた。
だけど、私の赤ちゃんみたいな喉が、どうしてもその暴食にストッパーをかける。詰め込み過ぎて、むせる。
ごほゅ、ごひゅと曇った濁音が口の中で爆発する。
すぐに、背中に体温を感じる。彼の手のひらである。
私は、彼が恨めしくなった。
もう二度とそんな、なんというか、完成形みたいな接し方するなと、唾をまき散らして怒鳴ってもよかった。
でも、それもできない。私はいつの間にか、彼に抱き着いて泣いていた。

私は無力だ。愛される要素もなければ、嫌悪を向けられる行動もとれない。
そんな私の背中をさすり続ける彼。
彼はこの世で最も狡猾で悪趣味なサディストに違いないと思った。
それとも、それとも、この人は。
その先は言えない。言いたくない。
この人が、本当にそういう人なら、私はこの先も無力なまま生きる事になってしまうからだ


夜の公園で、スマートフォンを操作する。
しばらく彼の部屋に帰っていない。
ネカフェをはしごし、気分でヒトカラをして、
ナンパしてきた男性についていって、お酒を奢ってもらった。
男性はメンキャバを数店舗経営しており、
そこに至るまでの武勇伝や葛藤、苦悩をひたすら語ってきた。
私はひたすら笑い、驚き、飲んだ。
遥か昔には有り余るほどあったダンスのポテンシャル、
昨晩のクラブでどんなものかと確かめてみたら、
ひたすら体の節々が痛くなった、特に肩。
だから正直、スマホを支えるのも辛いのだ。
何も持たず腕を投げ出して、大の字になって寝そべりたい。
勿論、気持ちのいいベッドの上で。
私が転がり込んでから数週間で、彼は私用のシングルベッドを用意してくれた。私はそこで気兼ねなくダラダラ体を転がすことができたのだ。
彼には感謝の言葉を伝えた。しかし、なぜ私にこんなことまでしてくれるの、と聞くことはしなかった。
今更ながら、なんで聞かずに何夜もあのベッドを平気で使えたのかと思う。
そして本当に「ふと思った」ぐらいで、その疑問を放り投げてしまった。

疑問が、かたんと地べた転がる。
実際に音がした。
正面、私はベンチから数メートル離れたところに、
自分のスマートフォンを投げていた。
遠くから、黒い画面の上にはしる、
稲妻のような白い亀裂が見えた。

まただ、また泣く。
いやだ、いやだなぁ。なんで泣くの、私。
眼球が湿っていく。
主張の激しい都会の光たちに傷められ、
からからに乾いた目が、
最低最悪、最も醜い形で潤いを取り戻していく。
そして涙と一緒に、私の中に湧いて出た望み、
「スマホを割った私を、褒めてほしい」
「何夜もひとりでシャワーも浴びずに過ごした私を撫でてほしい」
「この世界にある自分含めた何かを壊そうと頑張って、彷徨った、私に
また晩御飯を作ってほしい」

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