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藤の季節

藤の季節がきた。

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薄紫の色も、自然の恵みを感じさせるぶどうの房のような形状も好きだが、何よりもあの甘く爽やかな香りに恍惚とする。


小学校に見事な藤棚があった。校庭の片隅で、そこだけ違う時間が流れているような不思議な空間。中に入るとフッと暗くなり、見上げると棚を埋め尽くした緑の葉から豊かな花の房がいくつもこぼれ落ちている。友だちがみんな家に帰っても、暗くなるまでぼーっと匂いを嗅いでいた。それがおそらく私にとって最も古い香りの記憶。


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欧州の各地でも、桜の葉の色が瑞々しい緑になって、青い小さなさくらんぼの実をつけるころ、藤が短い盛りを迎える。


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日本の藤よりも心持ち花びらが大きく、香りも微妙に異なる気がするが、見かけるたびに足を止めて匂いを嗅がずにはいられない。スマホで写真を撮っていると、「この香りは撮れないのが残念ね」と通りがかりの女性が声をかける。本当に、香りも撮れたらどんなにいいだろう。


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30年前、パリの専門店でパフューマーに香水を選んでもらった。好みを聞かれ、「藤の花の香に最も近いもの」と答えると、中年男性のパフューマーは私の腕に香水をふりかけ、手首から二の腕まで鼻をくっつけるようにして匂いを嗅いだ。とても恥ずかしくて赤面したのを覚えているが、彼が「これがあなたの香り」と断言した香水を、以来ずっと使い続けている。時々バラやバーベナに気移りしても、結局はこの香りに戻ってしまうのだ。


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いつも散歩する川沿いで黄色い藤のような花もよく見かける。「キングサリ」「キバナフジ」という花だそうだ。ほとんど香りはないが、これはこれで葉の緑や空の青に映えて美しい。


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散歩の途中、通ったことのない道に入ると、きれいな色が目に留まった。小学校の閉ざされたドアの内側に子供たちの絵が貼られている。虹を描いた絵に「大丈夫」「がんばろう」との文字が添えられ、ひっそりと人々を励ましていた。


もうじき藤の盛りは終わり、さくらんぼや梨、杏などの木の実やバラの季節になる。まだしばらく続きそうな自粛生活のささやかな楽しみだ。






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