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不安ばかりのド素人からちょっとだけ”患者家族”になった日【大学病院ER6日目】

大学病院に来て3日目には褥瘡や血栓を防ぐためにリハビリを開始していた父。「目標を見つけたい」と話す父に、リハビリの先生は「手のグーパーを何回できるかやってみましょう」など具体的に指導してくださった模様。できることを見つけた父は『今日は50回もできた』と私の目の前でもやって見せてくれるようになった。

思うように動かない身体

ただ足に関しては思うように動かないようで『このまま動かなくなるんじゃないか』と若干の焦りも出てきた様子だった。足全体を持ち上げて足首をかえしたりする動きを先生にやってもらっているそう。ふくらはぎの部分には入院患者が血栓防止に履く着圧ソックスではなく、ポンプで自動的に圧が送られるバンドが巻かれ定期的にギュッと締め付けてもらえる。

私はそれを「1日の終わりのパンパンの足にやったら気持ちよさそうだな」と、ちょっとうらめしげに見てるくらいにしてね。

また、腕にも力が入らないようだった。「できること」を増やしたい父は積極的にいろいろ挑戦したいらしく、看護師さんに『歯磨きを自分でやらせてほしい』とお願いしたそう。利き腕は点滴の抜管防止で重たい固定具が付いていてちっとも動かせない。『歯ブラシを左手に持ってやったんだけどやっぱりできなかったわ…』と。

そこで看護師さんに確認を取り、私が歯磨きをしてあげることにした。口を開けるとなんと酷かった口内炎がキレイに治っていた。あれだけ呂律が回らなかったのに、どうりで喋りが少し流暢だったわけだ。いや〜うがい薬の効果ハンパない。

3週間も寝たきりで全介助で過ごしてきた。筋力が落ち体が動かないのは誰でもそうなるはずだと頭ではわかっているけど、今まで当たり前にしてきたことができない、というのはやっぱり辛いよね。

あれは大学病院に来る前だったと思うけど、父に一度尋ねたことがあった『こんな状態がいつまで続くんだろう…とか思ったりしない?』と。すると父は『いや、そんなこたぁ考えない』と即答したんだよね。ハッとした。つらい症状から逃げたいのは父のはずなのに私の方が逃げてんじゃんって。

そんなことよりも「今、できること」を考えたい。

その時父の「病気と向き合う姿勢」というか、患者魂みたいなものを見た気がしたんだよね。症状は「こっちが良くなればあっちが悪くなる」一進一退ではあるけれど、それ以来できるだけ私も同じように考えようと心がけるようになった。今だってよくよく見れば、口内炎は治ってきたし、紫に変色していた足の指や唇の血色も良くなってきた感じ。

できないことを考えるよりも、できること・できていることを考えるのが健全な思考なのだ。普段だったらそう考えるはずなのにな…

患者会からの返信

転院6日目の深夜、入会申し込みをしたキャッスルマン病患者会から返信をいただいた。

送信日時にもびっくりだけど、予想していた「事務的な対応」なんかじゃなく、丁寧で温かく寄り添ってくれるような文面に私はすっかり感動してしまった。

事務局の方たちの中には、自身も病を患っている方もおられるし(まず代表がキャッスルマン病患者さん)法人ではないのでもしかするとほぼボランティアで活動されているのかもしれない。本当に頭が下がる思いだ。

湧き上がる新たな戸惑いと葛藤

入会するといただけるパスワードを使ってホームページを開く。パスワードは私が一番知りたかった「患者体験記」の鍵になっている。TAFRO症候群の体験はキャッスルマン病の体験に比べるとやっぱり少ない。ひとつひとつ開いてみるとほとんどの方が、薬の副作用による別のつらさ・慢性化するさまざまな症状・治療にかかる経済的な問題・再発・今の薬が効かなくなったら?・今後の治療はどうなる?などの不安を吐露されていた。

父にも【いずれ】降りかかってくる問題なのだろう、と思った。けれど正直、今の父の課題はそこですらない。まず「予断を許さない状況」を脱しなければ【いずれ】すらやってこないのだ。そう思ったらなんだか体験記を読み進める力がなくなり、私は全てを読むことができないままページを閉じた。

患者会の方は「気兼ねなくご相談ください」と温かく迎えてくださった。でもこの状況で私は一体何を相談すればいいのか、全然わからなかった。貴重な体験記を寄せてくださる方々と父の経緯は違うのかもしれない。もしかして、目に触れるのを避けている死亡症例に近いのかもしれない…

『いや、待て、待て〜ぃ』

脳内でもう1人の自分から思考のストップがかかった。

「できること」を考えるよう心がけてたはずじゃなかったのか?お前は父に何を教わったんだ?できないことを考えてどうする?最悪のケースを考え続けて何になる?

危うくドツボにハマるところだった。もう1人の自分、サンキュー。

閉じてしまったページを再び開いて、キャッスルマン病を含め全ての体験記を丁寧に読み直してみる。

アクテムラはここ数年で使えるようになった薬か…リツキサン?なるほど、スター先生がおっしゃっていた抗がん剤・免疫抑制剤のことか…難病指定?助成金?そういえば患者会からの返信メールに書いてあったっけ…診断まで数年?父の2週間ってもしかして早い方じゃないか…

ひとりひとりの症状が違うなんて当たり前だ。これだけ症例が少ないんだから治療法がピタッと定まっていないのもしょうがないこと。みんな再発や治療に関する不安を抱えながら「今」と「今後」を考えている。患者の今と今後を考えるために、そして先生方が研究を進められるように、患者会が支えてくれているのだ。

「ありがたい」そう思い直して、患者会の方が勧めてくださった「指定難病の認定」についてスター先生に話を聞くことに決めた。

患者家族にできること

「ただそばにいるだけでいい」親友からそうアドバイスされ、隣で見てきた3週間。自分にできることは本当に少ないと思っていたけど、Twitterでフォローさせていただいた同病の方々も家族の支えが力になったとおっしゃっていた。

だから、患者本人以上に消耗しているようじゃダメなのだ。

何より父本人が前向きに考え、今の自分の状況を受け入れようとしている。だとしたら私にできるのは「どうすれば前向きに考えられるのか?」をサポートすることなんだよね。間違っても最悪のケースを想定し続けることが家族のやるべきことなのではない。

「どんな状況も受け入れる」口で言うのは簡単だけど、めちゃくちゃ難しい。私なんてちょっと父の様子が辛そうなだけですぐ挫けそうになるくらいだからさ。

ある人は60万分の1、スター先生曰く100万人に1人。宝くじで高額当選するよりも低い確率でこの病気に罹ると言う。そうなったらもう運命としか言いようがないじゃん。どうせ逃げられない。だったら受け入れるしかない。

なんだか少し、”患者家族”になれたような気がする。ちょっとだけよ。


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