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《前編》長女さん、底意地の悪いオバさんと化す【大学病院ER19日目】

その日、私は怒っていた。

怒りとか、不安とか、焦りとか、そういう「人を嫌な気持ちにさせる感情」は基本的に【ネタに変えるまで人に話さない】ように心がけている。人に向けて吐き出した結果、はじめは小さかった感情が自分の中で大きく炎上し、人に「共感」を求めたくなるのが嫌だからだ。負の感情の連鎖は作りたくない。自分との小さな約束ではあるが、私なりの感情コントロール術だと思っている。

だが、それと「感情を感じない」こととは別だ。

イライラもするし、不安になるし、怒りの気持ちが湧いてくることはある。そして自分の中のそういう感情を制御できないことだってある。さらに悪いことに私はすぐに顔や口調に感情が表れてしまう、いわゆるわかりやすい人だったりする。

救命病棟の受付のお兄さんと、待合に迎えに来てくれた男性看護師さん。この2人に私はこの日、表情と口調で怒りの気持ちを表現した。ただそれは「抑えられなかったから」ではない。意図的に、だ。

面会受付してから2時間近く呼ばれなかったことに対してだった。私のこの怒りにはタイミングの悪すぎるいくつかの理由が絡んでいた。

それらを今日ここに「ネタとして」書き記そうと思う。

スター先生とのアポイント

2日前、父は先生と話がしたいと看護師さんに申し出た。

治療にかかる費用や、保険適用外になる場合には実施を相談できるのか?などを先生と話したいと思っていたらしいことを知った。

上の記事にも書いたけど、複雑な思いが交錯し、私は父の気持ちをまだ完全に受け止められていない部分はあった。それでも、ステロイドパルスの効果や持続透析からの離脱状況、腎機能の様子や血液数値など、私もスター先生にお聞きしたいことはたくさんあった。

そして、先生の外来診療が終わるこの日の18時から病室にて話をすることになっていた。

先生とのアポイントが入る前から、この日は仕事の都合で18時頃面会に行く予定だった。「なんとグッドタイミングじゃん」と父と話してたりして。仕事を終え、気持ち急いで病院に向かい17時45分に面会の受付を済ませ「間に合った」とホッとしながら待合の長椅子に座った。

待合でのさまざまな思惑

救命病棟の待合は救急外来と共用のため、いろんな人が集まる。同じく救命病棟に入院する家族との面会を待つ人、時間外の診療を受けに来た患者さん、救急搬送されたと連絡を受けて駆けつけたご家族、など。

待合ではさまざまな人間模様が繰り広げられていて、呼ばれるのを待っている私はいつも現実味のない時間を過ごしていた。座っている人たちの表情、(聞き耳を立てるつもりはなかったけど)聞こえてくる会話の端々に、生死にまつわるやりとりや葛藤などが感じられるこの空間は、もうすぐ3週間が経過するこの頃になっても全く慣れる気配がなかった。

そしてこの空間では私の頭の中でもさまざまな思惑が飛び交っている。

今日の父の様子は良さそうだろうか?また悪くなっていたりしないといいんだけど。昨日はこうだったけどあれからどうしたかな?呼びに来ないのは何か急変があったのではないか?検査をしているならば早く説明してほしい…

一般病棟との決定的な違いは「すぐに入れない」ことと「中の様子がわからない」ことだと思う。急性期ということもあって、ありとあらゆる”良くない”可能性が浮かんできてしまう。中にいる患者本人と携帯で連絡が取れる状況でもない。いろんな可能性を浮かべては打ち消し「いや、そんなはずない」と言い聞かせるような時間が、看護師さんが呼びにくるまで延々と続くのだ。

早い時には10分程度で呼ばれるんだけど、1時間くらい待つのもわりとザラだった。普段、待つことがあまり得意ではない私も面会の時だけは「呼ばれるまではじっと待て」という状況を少しは受け入れていたつもりだった。

だから、先生との約束時間である18時を過ぎても「何か処置をしているのだろう」「もしかして先生の外来が長引いているのかも」と比較的冷静に待つことができていた。

受付から1時間経過《疑惑》

さすがに「あれ?何かあったのか?」と疑念を抱くようになって来た。先生との約束の時間は30分以上過ぎている。急変?!…いや、何かあったらそれこそ呼びにくるはずだよな。

受付に来たことが中に伝わっていないのか?中に伝えているけど、医療スタッフが見ていないのか?

もしかして…伝達ミスじゃ?
ふと、先日妹が巻き込まれた【締め出し事件】が脳裏に浮かんだ。

介護用品を買いに病棟を出た妹が1時間近く締め出しをくらい再入室できなかった。病室入口にあるボードに「○時○分、ご家族が面会に来ています」と書かれた伝達を「すでに入室済み」と認識した担当看護師さんが、買い物で病棟を出た妹のことを忘れていたために起こった事件。

今となっては笑い話だけど、再びの伝達ミスだとしたら…

先生との約束の時間はどんどん過ぎていく。だけど中で何が起きているのかはわからない。このまま大人しく待っていても時間ばかりが過ぎるだけ。受付の人に「まだ呼ばれないのですが、何かありましたか?」と聞きに行こう、と腰を上げた瞬間、私の中で何かが弾けた。

(いや、なんで私が動かなきゃいけないの?)

このシンプルな疑問が、私のちょっとした負の感情を燃焼させる起爆剤になったように思う。

約束の15分前に受付を済ませた。忙しいのかもしれないと配慮して黙って呼ばれるのを待っている。時間が過ぎたからって私がアクションを起こすの、なんか違くない?誰が悪いのか知らないけど「どうせ」そっちのミスでしょ?

ドロドロしたものが少しずつ体の中を流れていくのがわかった。そして私はそのドロドロに身を任せ、抗おうとするのをやめた。

「間違いなく向こうのミスだ。呼ばれるまで絶対動くもんか」そう決め込んだのだ。

後編へつづく。

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