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Vol.2念願の診断確定は最重症…TAFRO症候群と言われた日【大学病院ER1日目】

TAFRO(タフロ)症候群。見るのは怖い気もしたがネットで事前に予習していた。まぁ調べたところで難しい用語ばかりでほとんど理解できていなかったが、複数の炎症反応が起こり、それが急激に悪化していく症例の少ない病気であることくらいはわかっていた。

【疾患概念】 TAFRO症候群は、明らかな原因なしに急性あるいは亜急性に、発熱、全身性浮腫(胸水・腹水貯留)、血小板減少を来し、腎障害、貧血、臓器腫大(肝脾腫、リンパ節腫大)などを伴う全身炎症性疾患である。既知の単一疾患に該当せず、2010年高井らによりThrombocytopenia(血小板減少症), Anasarca(全身浮腫、胸腹水), Fever(発熱、全身炎症), Reticulin fibrosis(骨髄の細網線維化、骨髄巨核球増多), Organomegaly(臓器腫大;肝脾腫、リンパ節腫大)よりTAFRO症候群(仮称)として報告され、その後に類似例の報告が相次いでいる。リンパ節生検の病理はCastleman病様の像を呈し、臨床像も一部は多中心性Castleman病に重なるが、本疾患特有の所見も多く、異同に関しては現時点で不明である。ステロイドやcyclosporin Aなどの免疫抑制剤、tocilizumab, rituximabなどの有効例が報告されるも、様々な治療に抵抗性の症例も存在し、全身症状の悪化が急速なため、迅速かつ的確な診断と治療が必要な疾患である。
引用-厚労省難治性疾患領域別調査研究「非癌、慢性炎症性リンパ節・骨髄異常を示すキャッスルマン病、TAFRO症候群その類縁疾患の診断基準、重症度分類の改正、診断・治療のガイドラインの策定に関する調査研究」班ホームページ

担当医は『今は救命に在籍していますが、もともと膠原病やリウマチなどを専門にしています』と自己紹介してくださった。グレイ先生よりはお若い感じの、どちらかといえば「研究者」とお呼びする方がしっくりくる雰囲気の先生で少し緊張したが、柔らかい物腰が私を安心させてくれた。今回の先生は…そうだな、スター先生とお呼びさせていただこうと思う。私にとって「病名を確定し、治療にあたってくださる」という意味で先生はスターのように思えるから。

『お父さんの状態は、以前の病院からコンサルをいただいた段階でじっくり検討をさせていただいています。様々な症例と照らし合わせましたが、TAFRO症候群と診断し、治療を開始するという方向性でいいと思います。僕も「ああ、やっぱり腹痛からなんだな」と思いましたが、他の症例も腹痛や下痢から始まることが多いと報告されています。現在お父さんの場合、血小板などの血液の数値、お腹や胸に溜まっている水、腎機能の低下、骨髄の繊維化などの症状がTAFRO症候群の診断基準に合致しています。お調べになっておわかりかと思いますが原因は今のところ不明です』

ネットで初めてTAFRO症候群の症例報告を見た時「これ、お父さんじゃん」と思ったのだが、スター先生から改めてそう説明され、安堵感と共にすぐさま「次は?どうなるの?」と先を急ぎたくなった。

『今日、こちらに来られてから改めて検査もさせていただいたんですが、残念ながらTAFRO症候群の重症度はほぼ満点でして、最重症と言わざるを得ない状態、依然として余談を許さない状況であることには変わりありません』

①体液貯留… 合計3点満点
画像上で明らかな胸水;1点
画像上で明らかな腹水;1点
身体所見上明らかな全身性浮腫(圧痕+);1点
②血小板減少… 3点満点
血小板数(最小値) 10万/μl 未満;1点
血小板数(最小値) 5万/μl 未満;2点
血小板数(最小値) 1万/μl 未満;3点
③原因不明の発熱/炎症反応高値… 3点満点
発熱37.5℃以上38.0℃未満 または CRP 2 mg/dl以上,10mg/dl未満;1点
発熱38.0℃以上39.0℃未満 または CRP10 mg/dl以上,20mg/dl未満;2点
発熱39.0℃以上 または CRP 20 mg/dl以上;3点
④腎障害… 3点満点
GFR 60ml/min/1.73m2 未満;1点
GFR 30ml/min/1.73m2 未満;2点
GFR 15ml/min/1.73m2 未満または血液透析を要する;3点
以上、①〜④で合計12点満点とし
0−4;軽症(grade 1)
5−6;中等症(grade 2)
7−8;やや重症(grade 3)
9−10;重症(grade 4)
11−12;最重症(grade 5)
引用-厚労省難治性疾患領域別調査研究「非癌、慢性炎症性リンパ節・骨髄異常を示すキャッスルマン病、TAFRO症候群その類縁疾患の診断基準、重症度分類の改正、診断・治療のガイドラインの策定に関する調査研究」班ホームページ

「最重症」という言葉がどんな重みを含んでいるのかはわからない。少なくともヘリ搬送に耐えられるとは考えにくい状態だということはスター先生が教えてくださった。だけど、救急搬送されてからずっと「最悪のケース」を想定させられていた私は、比較的素直に【そうだろうな】という感想が浮かんできた。むしろこれで「軽度や中等症です」と言われた方が釈然としなかったと思う。

スター先生は続ける。

『それでこの病気の場合、ステロイドの投与を第一選択とするのが一般的なのですが、お父さんの今の状態ですと、ステロイドの影響で、①今も紫に変色してしまっている足先の壊死に至る、②腸が腫れて腸壁が薄くなっているため穴が空いて腸閉塞を起こす、③腎機能が今以上に悪化し透析から離脱できなくなる、などが懸念されます。ネットでお調べになった時に見たことがおありかもしれませんが、私たちは「トシリズマブ(アクテムラ)」というお薬を第一選択として治療を進め、状態が落ち着いた時にはステロイドやリツキシマブ、血漿交換法という血液を入れ替える治療などを状況に応じて判断し、治療を進めていきたいと思っています』

お話の中身はその時はほとんど理解できていなかった。ほんとうにネット上で見たことがある言葉が並んだだけのように感じ全然頭に入ってこない。それはスター先生のご説明に何か悪い点があったとかじゃなく、私自身が別のことで頭がいっぱいだったから。

【やっと、治療できる】

脳内メーカーでこの時の私の頭を文字に起こしたら、この8文字で埋め尽くされたんじゃなかろうか。もちろん不安もいっぱいあった。スター先生も『大学病院の救命救急に来れば助けてくれる、とは言い切れない状況もあるんです』と畳み掛けていて「最悪のケース」を脱していないことだけは理解できていた。

それでも今までは、なすすべなく現状維持と原因究明だけの日々を過ごして来たのだ。どんなに可能性が小さくとも、たとえ症例が少なく「コレ」と言う治療がなくとも、【何か、打てる手がある】ということが救いだった。

救急搬送から診断が確定するまで17日。これでも短い方なのだという現実を後になって知った。それは(この時には絶対に見たくなかった)TAFRO症候群の症例の中にある診断を待たずに亡くなったケースの多さに表れている。

スター先生は「初めての症例だ」とおっしゃっていたが、先生方を含め医療スタッフの方々にご尽力いただいたおかげで診断が確定した。重症度が高く大変な状況に変わりはないけど私たちは本当に恵まれた。最後にすばらしい先生方に出会えたことに心からありがとうとお伝えしたい。

次の舞台、治療のステージに突入する。
まずは、急性期を脱するところからのスタートだった。

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