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バレンタイン特別短編 OLのお菓子



バレンタイン特別短編

このお話は2021年1月末から2月14日までの間Twitterで書いていた、チョコとアツのお話をリメイクしたものです。期間も短く、140文字ずつでしたが楽しかったです。



最近はオフイスレデイという言葉はあまり聞かなくなってきましたがここでは主人公の事をOLと言わせて頂きます。

だってOLの机の中にはお菓子と恋の秘密が詰まっていそうなので。





OLのお菓子





西口千洋子(にしぐちちよこ)は今日は久しぶりに目覚めが良かった。

千洋子は商社に勤めて7年目になる

最近は自分の仕事と中途採用で入ってきた後輩の早田敦(はやたあつし)の面倒を見ていて忙しくしている。それでも早田敦は仕事を覚えるのが早くて楽になってきた。

今は敦のミスを防ぐ為に陰ながら見守っているところ。

実家暮らしの千洋子はパン好きで、出勤時には昼食の為のパンを東南駅の近くのパン屋『パンロンド』で買っている。

今朝は店内の焼き菓子コーナーの前で悩んでいた。

*クロッカンは昨日渡したし、ジンジャークッキーはその前。今日は何にしようかな。

そう思ったがポルボローネとプレッツエルをトレーに乗せてレジに向かう。

お会計が済んだあと、パンロンドの奥さんは千洋子にチラシを渡しながら

「もうすぐバレンタインデーだから良かったらこれ」と笑顔で言った。

「はい」

千洋子は電車の中で貰ったチラシを見た。

『バレンタインメッセージ入りハートパンあなたの気持ちをメッセージに込めてみませんか?』と書いていて、真ん中にはハート型のパンの写真があって、「あいしてる」と書いてある。



申込書だったのね、、

メッセージをパンロンドの職人さんがパンに書いてくれるらしい。

「どうせ渡す人なんていないわ」

自分には関係ない、そう心の中で呟いてコートのポケットに入れた。



ーーーー



「はいコレあげるわよ」

昼時、パンを食べた後、千洋子は朝買ったポルボローネを敦に渡した。



「え? なんだよ俺にくれるの?ひょっとして俺のこと好きなの?」

敦は振り返って言った。

敦の後ろが千洋子のデスクなので敦はよく用もないのに話しかけていた。

「別に、、、 そんなんじゃないし」

と千洋子は冷静な感じで答えた。

「この軽いお菓子は何?クッキー?」

ポルボローネの軽さに驚きながら敦にそう聞かれて、千洋子は値札に書いてあった説明文を思い出しながら言った。
「ポルボローネってスペインの祝い菓子なんですって、口に入れて溶けるまでに『ポルボロン・ポルボロン・ポルボロン』と3回唱えると願いが叶うそうよ」

「へえ!やってみようよ」

敦は丸くて白い小さなポルボローネを口に入れて祈るポーズをしてみせた。

その後目を開けて千洋子の顔を覗き込みながら悪戯っぽく笑った。

「うま、これ」

「ここのパン屋さんはハズレがないの」

「へ〜」

そこで会話が途切れてしまった。

千洋子は敦にそっけないが、いつも敦がミスをしない様にさりげなくサポートしてくれる。

時々千洋子が敦の机に置いてくれているクッキーには付箋が貼ってある。会議は何時からとか何時にA社に電話する様にとかそんな事でも入社して間もなかった敦にはありがたい事だった。



ーーーー



俺は知っている 。

俺のデスクの後ろに座ってる西口さん。

振り向くといつも目が合うんだ。

だからわざと1日に何度か後ろを振り向いて見る。

俺は知りたいんだ

口調は冷静だけど 態度のやさしい彼女

いつも陰ながら仕事のミスを 防いで貰ってる

知りたいんだ どんな所から来て

どんな生活をしているんだろう。


「西口さん」

「はい」

「いつもお昼に食べてる パン美味そうだね。どこで買ってるの?」

「うちの近所のなの東南駅の近くにあるのよ。この前パンが好きって言ってたから今度買って来ようか?」

「え! マジ? 嬉しい!そう!俺パン好きなんだ」



ーーーー






千洋子は通勤の為にいつもの道を歩いていた。

家の前の道は人気がなく駅に向かって歩いてるうちにどんどん人が増えて来る。

他の人に紛れて個性なく歩くうちに諦めの様な気持ちが強まることがある。



朝起きて仕事して帰って また朝が来て


そうしてるうちに いつのまにか忘れていたけど

今朝はパン屋さんで

誰かの為にパンを買う

その人の顔が浮かんで 何が好きか考える

そんな気持ち また思い出した。





「以心伝心ってあるのかなあ!すごい西口さん!
何で俺の好きなもの全部分かったの?」

「だっていつも お惣菜のパン、ハード系のパン、甘いパンの順番で食べてるもの」


2人は食堂に移動してコーヒーとパンを食べながら話した。


「私のうちの近くには商店街があってその先には東南神社があるの。神社の裏の公園で 小さい頃よく遊んでた。このパンは朝、駅に行く途中の パン屋さんで買ったの」

「へ~ 今度俺も行きたいよ! 案内して!」

「いいけど」

「じゃあ今度の休みの日にね」



ーーーー



初めて外で会って 近所のパン屋さんへ


「私ここのパンをパンロンドが出来た時から 食べてるの」

「へぇ~ 良い匂いがするなぁ~!ここ絶対美味いでしょ!」

敦は店に入ってすぐに大きな声を出してパンの香りを嗅いだ。

パンロンドのベテラン販売員の風花が「ベーコンエピ焼きたてでございまーす」と言いながら敦に見える様にトレーを持って歩いて来た。

「うひゃ〜〜!これが良い!」

敦がトングでアツアツカリカリのベーコンエピをトレーにのせた。

その後出てきたショコラクロワッサンもトングで掴もうとしたので

「そっとね!」と慌てて言った。

「あ!そうそうソ〜っとね」と言いながらトングで触れる程度の力で薄い外側の部分を壊さない様に掴んだ。

その後あれもこれもトレーに乗せてしまい、千洋子が驚くほど買って店を出た。


「さっきのお店に座る所がなかったから家行っていい?そこでパン食べようよ」

「えっ?いきなりうちに来るの?ダメよ」

家の者が驚くというより自分自身が緊張する。

「近所の公園でいいじゃない」

「え〜じゃあまた今度行くね。今日は公園ね」


千洋子に断られて仕方なく公園に向かう。



お昼前、天気は良いが時々北風が吹く東南神社の裏にある公園に行き、端の方にいくつかあるテーブルまで近寄って行った。

木のテーブルを挟んでベンチが置いてある。

そこに向かい合わせで座って敦は早速パン屋の袋を開けた。

「うわ〜美味そう!」

「本当に美味しいのよ。はいこれ」

千洋子にウエットテイッシュを貰って手を拭きながら「今日は嬉しいな」

と子供の様に微笑んだ。

それを見て気後れする。

何年か前にいつの間にか置き去りにしてきた気持ちを自分の中に取り戻していいものかどうか迷う。



だけど



何気ない会話が楽しい



2人で食べたベーコンエピ

これって麦の穂の形なの

一つ一つを外しながら 分けあって

ブラックペパーが効いてて美味い!

尖ったところがパリパリね





私小さい頃 チョコって呼ばれてて

チョコデニッシュを食べる度に

その事を思いだすの


あまり人のいない公園

思い出話



「俺は小さい時アツって呼ばれてたよ。今度からチョコって 呼んでいい?」

「良いけど、恥ずかしいわ」

「チョコって呼ぶのが?」

「ええ」

「じゃあ俺の事はアツって呼んで良いよ」

「職場以外でね」




続いて敦は今度はジャンドゥーヤを袋から取り出した。

「ジャンドゥーヤってチョコとヘーゼルナッツの混合でね、これは上にジャンドゥーヤと※プラリネが乗ってるチョコデニッシュなの」



敦は千洋子の話をニコニコして聞いている。

会社と違って新鮮な気持ちがする。







パン屋さんの袋にの下の方に、またあのメッセージ入りハートパンの注文書が入れられていた。

「なになに?愛してるだって?」
敦がその紙をシゲシゲ見ている。

「これはパン屋さんで 配ってるもので2月の初めにお店に並ぶって書いてあるわね」

「へえ〜!見てみたい!2月の1回目の休みの日にまた行こうよ!」




ーーーー




敦はまた会う口実にあのパン屋に行く約束をした。

一人暮らしのワンルームマンションで、今日買ったハートのステンシルで模様をつけたカンパーニュを切ってみた。チーズを乗せてトースターに入れ、焼けるのをじっと見ながら考える。



チョコが俺の事を好きなんじゃないかって確かめるために

わざと「俺の事好きなんじゃないの?」 って 聞いたんだ。

そしたら「別に」 って 返事が来たんだ。

俺は知りたいんだ。




アツって呼んで良いのかしら


楽しかった

公園で食べたパンと

まさか子供の頃遊んだ公園で

あんな風に自分の話をして

キラキラした目で私の話を 聞く人がいるなんて







「西口さーん」

新入社員の中田が食堂で話しかけてきた。

はっきりとした顔立ちに綺麗な髪色が羨ましい。

「何? 中田さん」

「もうすぐバレンタインですね」

「そうね」

「昨日大量の友チョコを作りました〜」

「友チョコ、、、それはお疲れ様」

「今年はチョコクッキーの詰め合わせにしました。勿論西口さんの分も用意してありまーす」

「え?それはありがとう。私も用意しておくわね」

「本当ですか!楽しみにしていまーす。あ、でもぉ早田さんにはどうしようかなあ。。」

「え?あげればいいじゃない?」

「あの人軽くないですか?西口さんにも頼り切ってる感じだし」

「え」
アツがそんな風に思われてるなんて、、

千洋子は困って「あの人初めは要領がわからなかったみたいだけど最近は頑張ってるわよ。同じチームなんだし、ね」と、やや説得口調で言った。

「えー、、分かりました。おんなじチームなんだしですね」

そうよ。アツにだけ渡さないなんて気の毒な。
千洋子はアツの肩を持った。

アツは

軽いんじゃないのよ
私が明るいタイプではないから
場が暗くならない様にしてるだけ

頼ってるんじゃないの
私がついアツの事を考えてしまうから

だから差し入れだって付箋のメモだって
私がしてる事に応えてくれているだけ




2月の始めの金曜日


オフィスにて アツが後ろを振り返り

あのチラシをヒラヒラさせて 口パクで何か言ってきた

チョコ! 明日は休みだ

行こう あのパン屋さんへ

千洋子は誰にも気付かれない様に 小さく頷いた。







店に入るとすぐに メッセージが描かれたハートのパンが置いてある

THANK YOU
大好き
LOVE
感謝
ありがとう

アツは文字の書いてあるハート型のパンをじっと眺めた



これは

夢のようなパンだ

注文者の気持ちを端的に貰った相手に伝える事ができる

いつもこんな風に思ってくれてたんだ、そんな風に。



アツは

「チョコはどれをくれるのかな~」

と言ってみた

最大限わざとらしくなく

自然に

千洋子もじっとパンを見ていた

こんな時 テレパシーみたいなものが あればいいのに





メッセージが入れられる

あのパンの事は知ってたわ

どこかの誰かが誰かに渡すもので

自分には関係ないと思ってた

今日初めてまじまじ見た

もし自分がアツに渡すなら

どんな文字のものを選ぶの



2月になってバレンタイン前のパンロンドは大忙しだった。

由梨は可愛い文字が書けるのでハートパンにうまく文字を入れていった。

「由梨、上手いね、見やすくてスッキリしている」

「ありがとうございます」

藤岡に褒められてちょっと照れる由梨だった。



メッセージの内容は様々で、子供の名前や旦那さんや彼氏の名前。

お母さんと子供がパパにあげる言葉を選んでいる時は微笑ましくてほっこりする。

2人にしか分からない合言葉などもある。

「ねぇ藤岡さーん」
「なんだよ杉本」
「俺も風花に頼もうかなあ。大切な龍樹、あなただけが好きよ。とかどう?」
「そんなに文字が入れられるのか?」
「いけるよね?由梨ちゃん」
「はい、なんとか」由梨は苦笑いしながら答えた。
「それって風花がメッセージを考えるんじゃない?」藤岡にクールな表情で突っ込まれて「他にもいてるんじゃない?長セリフの人」と杉本がメッセージ一覧を覗きに来て驚いた。

え?

「ねえ藤岡さーん」

「何だよ」

「これ変わったメッセージですよね?」

「本当だ」

「短けー」

2人は由梨がチョコクリームで書いている注文のメッセージの中にあった、一際変わった言葉を見て色々推測した。一体この言葉にはどんなロマンチックな意味が込められているのか?



2月14日夕方
この日は平日だった。

チョコはアツとの約束通りパン屋さんでパンを受け取り近くの公園で渡す為にパンロンドにやって来た。

この間来た時よりもハートのメッセージパンは沢山並んでいて、前回はなかったメッセージのものも並んでいる。店内には注文した人達も受け取りに来てレジの前に列ができている。

千洋子もトレーを手に取りハートパンの前に立った。


たった5文字の言葉でも

こんなに意味を含んでるのね

もし私が ありがとう

を選んだら 同僚の1人に戻ってしまう

後ろの席に座って 同じ空間で仕事している人





LOVE なんて柄にない

中田さんなら 似合うかも

恥ずかしいな

大好き はどうなの

それは どうなの





その時 チョコの心の中に

自分を見つめる アツの顔が浮かんだ

真正面から向き合ってくれた

アツに自分も応えなきゃ

チョコはひとつのハートパンをトレーにのせた。


これ下さい。


ーーーー


「アツ」

約束の公園に立って、入り口から走って来たアツに合図した。

「チョコ、遅くなってごめん』

「私も少し前に来たところ、、それであの、これ」

アツにハート形のパンを渡した。

「2人で行った時は並んでなかった大きなハートのパンがあったの」

アツはパンに描かれた メッセージを見て 微笑んだ

今日は千洋子もアツの顔を 前から見て微笑んだ



愛してる


「ありがとう。俺からもあの後パン屋さんに戻って 頼んだ文字があるんだ。パン屋さんがビックリしてたけど」




2人はコレを見て笑いあった

やっと2人の心がピッタリ合った


「ポルボローネの願いが叶ったな」

そう敦は千洋子に言った。





おわり



アツはバレンタインデーの前の日にパンロンドに来て「俺も」と描いたハートパンが欲しいとお願いしました。
パンロンドは言われた文字は引き受ける!
おまかせください!

アツは考えました。俺と言う文字はなんというおしゃれさゼロの漢字、、、そこでカタカナの方がしっくりくるなと思ったのです。アツはチョコが義理っぽい文字を選んだらどうするつもりだったのでしょう? その時は丸めて口の中にほりこんで食べてしまうつもりでした。愛してるで良かった。ハッピーバレンタイン。

この話は2021年の2月にパン屋のグロワールのTwitterで発表したお話を小説に書き直したものです。あの時は2月14日にぴったり終わるように毎日140文字づつ書いていきました。そのお話の雰囲気を大切に考え、千洋子をチョコと、敦をアツと呼ばせて頂きます。

実はその後ホワイトデーラブストーリーを考えていて5年間帰ってこないお父さんについて考えているうちにマイスターに行き着いてその瞬間グワーーーっとパン職人の修造のお話ができました。それからずっと書き続けています。今後ともよろしくお願いします。
次回は修造が店をオープンするまでに悪戦苦闘しますが果たして?


※クロッカラン・クロッカン  ナッツなどを混ぜて焼いたメレンゲのお菓子。とても軽い食感。

※ローストナッツを煮詰めた砂糖に加えてキャメリゼしたもの。


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