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恋、
それははじめ氷塊のごとく
それからバラ色になり
燃える真紅になり
ついに完全な黒となり
永遠に結晶する
ひとつの出会い
滝口修造「余白に書く」より

すでに名を成していた詩人の前に
ユリは現れた。

それは小さな画廊での画家の個展。
画家の母親と二人
十八歳のユリ
影さえ無いような頼りなさ
細い手足
血筋さえ浮いているような白い肌
ユリは
薄いパラフィン紙にくるんだ
自作の版画を持参していた
版画をみた詩人は
自分の「言葉」ではどうしても届かない
深い海の底からわきあがってきたようなきらめき
可能性
無垢 その全てに心を奪われた
そして
ユリそのものに。

私はユリのまんなかに住みたい
血まみれのけもののように
私がたとえ屑ガラスに過ぎないとしても
君にとっては

足跡がこんなに澄んでいるとき
おんなの詩人よ
あなたが生命のこちらから
息を吹きかけている枯草のしたで
わたしは耳を傾けていたい
   火の波音に
     星は人の指ほどの一野中ユリに〜滝口修造「余白に書く」

詩人は自分のなかの消せない気持ちを
なにを書いてもなにを思っても消せない思いを
文学的にも詩的にも表現する 全ての言葉に
道徳も反道徳も
自分の中で裸になる
ユリ。

人間はもうひとつの言語をもっている。
眼、唇、手、掌、乳房、肩...いや身体
髪膚が声を発する。
セックスと愛とはなぜ重なり合ったり合わなかったりするのだろう
人間必死の努力にもかかわらず。
   滝口修造〜「余白に書く」

それはもう ずっと昔の
ものがたり 
誰も知らない
今も
忘れられたままの
恋の破片  

ある詩人の恋

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