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その女は背中に墨を背負っていた
暴れ龍が腰から登っていく
背負ったのはまだ二十歳のころ
羽化して間もない蝉が初めて空をみた
その時みたものが全て
聞き分けのいい子でいたかった
「君はまだなんだね」男は言った
羽を広げる羽ばたく瞬間は
こういうものだと思った

鈴の音が一瞬きこえた
私は私ではない 蝉だ そう思った
羽は畳んでおこう そう思っていたのにもう
こうこうと照っている満月
私は蝉

そういう時にはどんな顔をしているのだろう私は
妙にさめた私が腹ばいになってひっくりかえっていた
夏の日の蝉が足を上に向けもだえるように
ぼんやりとこのまま死んでいくんだ
本当は好きとかはなかったかもしれない
上がっているのか下がっているのかよくわからない

手放そう こんな私を
あの日 のみ屋で二の腕を噛んで
私 壊れてるって真顔で言ったのに
そうなんだと受け流された
私 壊れているのよ
貴方を木刀で殴り
痛い痛いという姿を冷笑しながら見るのよ

愛の中には黒猫の半分翳った顔があのあるの
行き場のない言葉は
古い城壁に埋められている
いつかの幸福にうなだれたふりをしながら
ほんとうはどきどきしながら
湿った匂いと叶わなかった約束

純愛は背中の墨の龍
人にはみせない
目尻のしわが深くなったから
笑ったように見える?
私 きっと誰かの幸せを
飲み込んでしまうきっと
誰にも言えないひみつ

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