「スイマセン。ミズ、ナニトコウカンスルカ?」
夏の太陽がギラギラと照りつける暑い日。外回りの仕事をしていた私は、自動販売機で水を買い、公園のベンチで小休憩しているところだった。
突然声をかけてきたのは、ひ弱そうな青年。肌は白を通り越して青い。健康そうではなかった。あまり外では遊ばず、家の中で済ますタイプなのだろうか。体の線も細い。活発という言葉の対極に存在しているような青年だった。
「水? 交換というか、君もそこの自動販売機で買えばいいじゃない」
「ジドウハンバイキ。ミズ、クレルカ?」
「いや、タダじゃないよもちろん。お金いれないとね」
「オカネ。オカネ、ナイ」
喋り口調からこの国の人ではないと分かった。とはいえ、水を買う程度のお金も持ち合わせていないのは妙だ。
「お金ないのか。少しも?」
「ナイ。ベツノモノ、ミズ、コウカンスル」
「物々交換ってことかい」
「ナニホシイ」
「うーん。君は何を持ってるの?」
「ナンデモ。ミズ、イチバンタイセツ」
彼はきっと、貧しい国の出身なのだなと思った。インフラが整っていない国では清潔な水は高値で取引されていると聞く。雨風を最低限しのぐため、草木で組んだ家。森に囲まれ、動植物と共に生きる集落。
都会のわたしたちから言わせれば「何もない」場所が、彼らにとっては「何でもある」楽園なのだろう。架空の彼の地元に想いを馳せると、なんだか救ってあげたい気持ちになってきた。
「分かった。水欲しいならあげるよ。まだ飲んでなかったし。新品」
「ホントカ。ココハ、ソノママミズクレルカ」
「うん、タダであげるよ」
「ナニモイラナイ?」
「そう。何もいらない」
「……。ソレハ、イケナイ。ナニホシイ」
なんて優しい心なのだ。大自然で育つとこんなにも他人に優しくなれるのだろうか。
「分かった。じゃあ君がたくさん持ちすぎていて、いらないものをちょうだい」
「タクサン、イラナイモノ」
「そう。たくさんあって邪魔なもの」
「イラナイモノ。ウシ。ウシ、フエスギタ。ダカラ、ミズナイ」
やはり私の妄想は合っていたようだ。きっと家畜のことを言っているのだろう。
「分かった。それでいいよ。交換成立だ」
「ウシトミズ。ワカッタ、アリガトウ」
そういうと青年はどこかへ行ってしまって、戻ってくることはなかった。差し出した水も持って行かなかった。
そういえば勢いで話を進めてしまったが、牛がいまここにいるわけがない。もしかして彼の村から飛行機で輸送する気ではないよな。いや、それには金がかかる。そんな余裕があれば自動販売機で水を買えばいいのでは。
不思議な時間だったが、結局なにも起こらず肩透かしを食っただけだった。夢だったのではという気もしてきた。ベンチでうたた寝してしまっただけかもしれない。疲れているのだな。今日は早めに寝ることにしよう。
*
朝、テレビをつけると全てのチャンネルで速報ニュースが流れていた。
「緊急事態、緊急事態。地球から水がなくなってしまいました。昨晩、海水が空に吸いこまれてしまう様子が世界中で確認されています。航空宇宙ステーションからの発表によると、地球に巨大タンクのような宇宙船が近づき、すべて吸いあげていったようです。他星の宇宙人のしわざとの見解が強まっています」
あまりに壮大で、普通は現実として受け入れるのにしばらく時間がかかりそうだったが、わずかに思い当たる節があるわたしにはそれほど時間は必要なかった。
「あっ、今また速報が入りました。別の宇宙船がやってきて、空から何かを放流しはじめたようです。水と交換のつもりでしょうか。なんて勝手なやつらなのでしょう。皆さん、今は危険ですから建物の中に……」
カーテンを開けて空を見ると、何かが大量に降ってきている。それがなんなのかわたしにはすぐに分かった。それらはモーモーとわめきながら落下してくる。こんな渡し方とは聞いていないぞ。
わたしはカーテンを閉め、テレビの電源を消した。そしてベッドに入って目を閉じる。早く寝よう。いや違う。早く目覚めてほしいのだ。頼む。どうか頼むから早くこの夢が終わって、昨日のベンチで目を覚ましたいのだが……。
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