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有限会社サイコパス

「1人、新しく社員を採用しようと思う」

 先月、突然社長がそう宣言した。

「ほー、珍しいですね。なんでまた」

「うちの会社に新しい風を吹き込んでもらう」

「なるほど。僕が入ってからまだ2年ちょっとですけど、たしかに僕以降1人も採ってないですもんね。いい人いたんですか?」

「いや、まだこれからだ」

「あ、じゃあとりあえずうちのサイトで募集かけときますね。バイトじゃなくて社員ですか。転職サイトとかにも出したほうがいいですよね」

「いや、いい」

「けっこうゆっくり採用活動する感じですか? うちのサイトに出すだけじゃほとんど応募ないと思いますけど」

「いや、違うんだ。おーい、すまんがみんなちょっと来てくれ」

 作業中だった社員たちが手を止めて立ち上がり、社長と僕のいるフロアの隅へ集まってくる。

「みんな仕事中にすまん。新しい社員を1人採用しようと思ってな。知っての通り、うちの会社は少数精鋭でずっとやってきた。たった10人の会社だ、1人採用するのだって大きな経営判断になってくる。君たちだって、私がじっくり見定めて、『君に幸あれ』を真に体現できる人材だと判断したから採ったんだ」

 「君に幸あれ」というのはうちの会社の社訓だ。よほど気に入っているらしく、社長は隙あらば社訓と絡めて話をしたがる。

「他の会社と同じような採用手法ではだめなんだ。転職サービスなんかに登録しているような人間は、何百とか何千とか社員のいる会社にとっては適した人材かもしれんが、うちからしたら話にならん。もっと、独自の視点で、唯一無二の思考ができる人材が必要なんだ」

「なるほど。話はわかりました。でもそんな人材どうやって見つけて、どうやって引っ張ってくるんですか」

  僕より先に先輩が質問した。

「そこは君たちが考えるんだろ、と言いたいところだが、久々の採用で私もちょっと気合が入っていてな。いろいろアイデアを考えていたんだ。例えばこんなのはどうだ? まず、ポケットティッシュを大量に用意する。あのほら、小さいチラシが挟めるやつな。よく駅前とかで配ってる。で、そこに挟むチラシは、11パターン用意する。この意味がわかるか?」

 社長は走り出したら止まらない。僕たちは黙って聞いていた。

「チラシの内容はなんでもいい。変に怪しまれたりするとよくないから、コンタクトレンズのチラシなんかを装うのがいいかもな。で、そのチラシの背景とかに、あまり違和感がないような形で1つ数字が入っている。しっかり見えるように大きくな。で、その数字とは別に右下に小さく通しナンバーを入れておく」

 みんな社長の考えを読み解こうとしている顔をしていたが、正解を導き出した者はいなかった。

「説明の順番を間違えたかもな。一番初めに、新しく携帯電話を契約するんだ。今回の採用活動専用の携帯電話だよ。さっき11パターンって言った意味がわかったか? チラシに入った数字を通しナンバー順に並べ替えると、その携帯の番号になるってわけ。つまり、その携帯を最初に鳴らした人間こそが、我々の新しい仲間になるんだ」

 社長は目を輝かせていた。

「そんなの無理だ、電話なんかかかってくるわけない、そもそもティッシュ配りで採用活動なんてあり得ない、11種類コンプリートするやつがいるかすら怪しい、なんてな、そう思うだろ? でもそのハードルを超えていかないとだめなんだ。これを突破してこそ、『君に幸あれ』が実践できるんだ。そうだろ?」

 僕たちは社長の音頭で「君に幸あれ」と復唱してから、準備に取りかかった。

「で、どうなったの? まさかほんとに電話なんかかかってこないよね? というか社長ってそんな頭おかしい人なの?」

 顔をしかめながら僕の話を聞いていた彼女が言った。

「いや、それがかかってきたんだ」

「嘘でしょ」

「かかってはきたんだけど、間違い電話だった」

「ああ、なるほど」

「青森にお住まいのお年寄りだった。僕が電話をとったんだけど、ワクチンの予約がどうのって言っててなんにも話が噛み合わなかったから完全に間違い電話だね。僕がそのことを教えてあげようとしてたら社長が電話を奪い取ってきてさ。で、あなたは素晴らしい、よくぞこの番号にたどり着いてくださいました、弊社にはあなたがどうしても必要だ、とかってなんかもうほとんど怒ってるみたいな勢いで熱心に語り出して」

「ねえ、その社長怖いよ。人間味があって面白い人なのかと思ってたけどなんかサイコパスっぽい」

「そのあと日を改めて話し合ったりしたみたいだけど、そこはさすが社長で、そのお年寄りをその気にさせて採用までこぎつけたんだ」

「ええ? 採用してどうするのよ。大事な経営判断だったんじゃないの? ねえ、その会社ほんとに大丈夫?」

「で、ようやくここから本題なんだけど、そのお年寄りが東京まで引っ越してくることはどうしてもできないらしくて、会社ごと青森に移転することになったんだ。だから別れてほしい」

「……え? どういうこと? え、わかんない。だって明後日式場の下見じゃん。なに言ってるの? ねえ、冗談だよね? ねえ! ねえって!」

 パニックになりつつある彼女が「なんでなにも言わないの?」と叫んだので、僕は彼女の目をみて「君に幸あれ」と言った。

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